16.騎士の食事
次に向かったのは、レイバン商会が経営している食堂だった。
昼の時間帯を少し過ぎていたこともあって、店内は比較的落ち着いている。
それでも、まだ活気は残っていた。
「どれも捨てがたいな……」
席に案内されて腰を下ろしたところで、オーウェンが悩まし気にメニューを眺める。
残念ながら、ここにはシャレン食堂での定番メニューである鶏南蛮はない。
そうなるとオーウェンは一体何を頼むのかと眺めていたら、彼が選んだのは焼肉定食だった。
私は、前回の視察の時にはなかった鮮魚のムニエルを頼んだ。
「オーウェンってお肉好きですよね」
店主に注文したところで私がそう言うと、オーウェンは至極真面目な顔で頷いた。
「手っ取り早くお腹が膨れるからな。それにこの仕事は体力が必要な仕事だ。その点でも肉は効率がいい」
「そういえば、騎士ってみんな肉系が好きなイメージですね」
「そうかもしれないな」
たまにオーウェンが夕食を作ってくれることもあるけど、ほとんどが肉料理だった。
美味しいからいいんだけど。
と、奥の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あれ……」
視線を向けると、そこにいたのはあのエルマーとトールだった。
「あ、オーウェン様!?」
すぐにこちらに気づいたエルマーが勢いよく立ち上がり、そのまま駆け寄ってくる。
「ま、まさかまたお会いできるとは思いませんでした!」
「休憩中か」
「はい! 交代の時間だったので。ここにはよく来るんです。美味いし安いしお腹いっぱいになるんで、地方騎士団の行きつけっていうか……」
勢いよく頷いたあと、エルマーははっとしたように姿勢を正した。
「先ほどはご協力ありがとうございました!」
「それはさっきも言ってくれただろう。気にするな。同じ騎士団の人間だ」
そう言ってから、少しだけ困ったように笑う。
「それと、様付けはやめてくれ。管轄は違っても同じ騎士団だ。そんなにかしこまられると落ち着かない」
一瞬きょとんとしていたエルマーだったけど、すぐに慌てて頷いた。
「わ、分かりました……オーウェン様……い、いえ、さん!」
言い慣れない呼び方なのか、どこかぎこちない。
と、エルマーの後ろからやってきたトールが苦笑する。
「緊張しすぎだぞ。普通に呼べよ、オーウェンさんって」
「し、仕方ないじゃないですか! オーウェン様……違った、オーウェンさんは、俺の憧れの人なんですから」
そう言い返しながらも、エルマーはどこか嬉しそうだった。
にしても、憧れの人か……。
感極まっている様子のエルマーを見るに、もはや信仰の域に達している気がする。
分かりやすすぎるくらいキラキラした瞳を向けられて、さすがのオーウェンもどう対応したものかと戸惑っているようだった。
そんなエルマーは、尊敬の眼差しでオーウェンを見つめながら、ある提案を口にした。
「あの! もしよろしければ、お、俺たちとご一緒しませんか!?」
だけどすかさずトールがそれを止める。
「待てよエルマー。王都から離れたこの町に奥さんと来てるってことは、どう考えても新婚旅行か何かだろう。空気読めよ!」
言われて、エルマーははっとしたようにこちらを見る。
そして、ぴったりと寄り添う溺愛夫婦仕様の私たちに気づいて、慌てて姿勢を正した。
「し、失礼しました! 俺、すっごい邪魔してますよね……。オーウェンさま……オーウェンさんが奥さんを溺愛してるのは有名な話なのに」
この町にもしっかりと、私たちが溺愛夫婦だという噂は広がっているみたいだ。
だけど、別に邪魔だなんて思わない。
ちらりと隣に目を向けると、オーウェンも同じことを考えているのが分かった。
なので分かりやすく肩を落とすエルマーに、私は言った。
「こちらは全然構いませんよ」
「本当ですか!?」
途端に体をばねのようにびょんと伸ばして満面の笑みを浮かべるエルマーに、トールが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「うちのエルマーが無理言ってすみません。邪魔だったらはっきり言ってくださいね。すぐにここから引きずっていくんで」
「いえ、大丈夫ですよ。私も地方騎士団の方の視点で、この町のことも色々聞いてみたいですし」
それに、彼らはうちの店を贔屓にしてくれているらしい。
どういうところを気に入っているのか、何が増えたら嬉しいのか。
そういう率直な声も、今後の参考にしたかった。
そう伝えたら、エルマーの表情がぱっと明るくなる。
「本当ですか! ありがとうございます!」
「言ってみるもんだな」
トールが苦笑しながら肩をすくめる。
そういうわけで、私たちはそのままエルマーたちの席に合流することになった。
席に着くとまず目に入ったのは、二人の前に並んでいる料理だった。
タレを絡めて焼いた肉がたっぷり盛られた大皿に、野菜と大きめの豚肉がごろごろ入った湯気立つ煮込み料理。
それに、切り分けられた山盛りのパン。
……見ているだけで私のお腹が鳴りそうだ。
エルマーはニコニコした顔でお肉のお皿を指さす。
「この食堂はどれも美味しいんですけど、俺の一押しはこの焼肉定食なんです! タレも甘辛くていい感じです、しかも肉も柔らかくて最高で……」
「そうか。なら俺の選択は正しかったようだな」
オーウェンがそう言った途端、エルマーの引きつったような叫び声が彼の口からこぼれる。
「えっ!? もしかして、オーウェンさんもこれにしたんですか!?」
「ああ」
するとエルマーは唇をわななかせ、喜びの声を上げる。
「っ、ま、まさか憧れのオーウェンさんが俺と同じメニューを選ぶなんて……ヤバい、嬉しすぎて今すぐ他の奴らに自慢しに行きたい……!」
と思ったら、今度は一転して絶望の滲んだ表情になる。
「っていうかどうしよう、俺もう今年の運使い切ったかも。……トールさん、俺、明日ぐらいに死ぬかもしれません。その時は俺が集めてるオーウェンさんの記事をスクラップしたノートの管理、お願いします」
「嬉しいのは分かるけど、物騒なこと言うなって。オーウェンさん、ちょっと引いてるぞ。あとお前の部屋にあるあのノート、量多すぎて部屋圧迫するから普通に断る」
トールの言う通り、オーウェンの口元がわずかに引きつっている。
そしてエルマーのオーウェンへの気持ちが、これまで彼に思いを寄せてきた女性たちとは別の意味で強火すぎる。
そこにあるのは純粋に慕う心だから、彼女たちよりはましだと思う。
まさかメニューが被っただけでここまで喜ぶなんて。
だけど、そんなエルマーに対して、トールはにやっと笑ってある事実を暴露する。
「ちなみにエルマーがいつも焼肉定食なのは、肉好きってのもありますけど、本当は野菜が嫌いだからって理由もあって……」
「あっ、もうトールさん! オーウェンさんの前で、それ言わないでくださいよ!」
慌てて抗議するエルマーの声に、思わず笑ってしまう。
なるほど、確かにエルマーのメニューの方には肉以外乗せられていない。
「……エルマー、俺も肉が好きだから気持ちは分かる。だが、栄養的には野菜もしっかり食べた方がいい」
オーウェンが真面目な顔でそう発言したら、エルマーはビシッと背筋を伸ばし、素直にそれに従う。
「了解であります!」
そう返事をしたかと思うと、店の奥に向かって叫んだ。
「すみませーんっ、野菜炒め大盛り追加で!」
「お前、俺がどんだけ食えって言っても聞かなかったのに」
トールが呆れた目でエルマーを見つめる。
ここまで見てくれば確信できる。
エルマーのオーウェンを慕う気持ちは、本物だと。




