8.帰り道(オーウェン視点)
オーウェンが店を出たのは、迎えに来たレイバン家の馬車に乗ったブレアを見送った後だった。
辺りはすっかり暗くなり、シャレン食堂の灯りが背後で小さくなる中、石畳の通りを一人歩く。
王都の夜は静かだ。
昼間の喧騒が嘘のように、人影もまばらになる。
冷えた空気を肺いっぱいに吸い込み、オーウェンはゆっくりと吐き出す。
体の奥に残っていた緊張が、ようやくほどけていくようだった。
――今日は、妙に長い一日だった気がする。
ブレアとの待ち合わせの直前、オーウェンは上からの緊急の呼び出しを受け、やむなくベイクに伝言を頼んだ。
だが、緊急と言われた割には雑談が主な内容だったこともあり、上に問いただしたところ、リーリア王女に少しでも長く自分を引き留めておいてほしいという意向によるものだと分かった。
それから急いで待ち合わせ場所に向かったものの、ブレアは王女に一人で対面していると聞かされた。
驚きはしなかった。
オーウェンの知るブレアは、そういう人間だ。
しかしまさか王女との話の中で、オーウェンとブレアが熱烈な恋人に仕立て上げられているとは考えもしなかった。
これまで見たことのない笑顔を浮かべたブレアに抱き着かれ、思考が停止してしまうのも仕方がない。
今さらながら、よくもまああの短時間で状況を理解し、対応できたものだと自分でも思う。
いや、理解しきれてはいなかったかもしれない。
ただ、ブレアの言葉に従えば間違いはないだろうと判断しただけだ。
実際それでどうにかなったが、これから課題は山積みである。
……だが。
ふと、オーウェンは足を止める。
脳裏に浮かぶのは、今日一緒に過ごしたブレアの姿だ。
世間で言われるブレア・レイバンは、控えめな容貌に反して冷静で判断も早く、レイバン家に恥じない商才を持つ女だ。二つ下とは思えないほどしっかりしている。
だが笑顔を浮かべていても、それはどこか鎧めいており、決して他人に一線を越えさせない空気を纏っている。
それは彼女がレイバン家の人間として他人に足元を見られないように、というのが、深層にあるのだろう。
けれどオーウェンの前にいるブレアは、少し違う。
彼と一緒にいる時の彼女はかなり無防備だし、肩の力も抜けている。
全ての思考を仕事へと繋げ、冷静さは変わらないが、向けられる表情は年相応だ。
時々おかしなことも言う。
あれが取り繕う必要のない、本来のブレアなのだろう。
本人は、無自覚かもしれないが。
そんなブレアと笑顔を浮かべながら見つめ合うのは、何とも言えない気分だった。
不快ではない。
むしろ楽しいとすら思えた。
しかし、そんなことを考えていたオーウェンとは違い、ブレアはというと、見つめ合うことに飽きたからと人のまつ毛の本数を数えながら別のことを考えていた始末で。
それが新しい商品についてというのだから、どこまでもブレアらしい。
オーウェンへの興味のなさもここまでくると、いっそ清々しいくらいだ。
それにしても。
「飽きたってなんだ、飽きたって」
そろばんの下りで腹がよじれるほど笑ったのに、先ほどのやり取りを思い出したオーウェンの口元に、笑みが浮かぶ。
王女の件も、周囲の目も、これからの偽装恋人としての振る舞いも、結婚も、大変なことは山ほどある。
それでも――ブレアが相手なら悪くない。
そう思いながら、オーウェンは宿舎へ向かって再び足を進めた。




