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婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第三部

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6.レイバン家の洗礼と覚悟



 アインとの雇用契約書は、あとは清書すれば正式に完成である。


 そうだ、お父様に護衛が決まったって報告もしておかないと。

 

 というわけで早速仮の契約書を手にして、アインとオーウェン二人を連れて本邸へ向かうと、ちょうどお父様は在宅中だった。

 あと、ダスティお兄様とモナも。


 ちょうどいい。

 お父様以外にも、護衛の紹介はしておかないと。


 談話室でまったりくつろいでいる風に見えてがっつり仕事の話をしていたお父様とダスティお兄様。

 そして近々招待されているお茶会の服について真剣に侍女と議論していたモナの前に立つと、私はすぐに本題に入る。


「護衛が決まりましたので、報告に来ました」

「ほう、見つけたのか」


 お父様の言葉にうなずき、私は後ろに立つ人物を示した。


「こちらが私の護衛になります。――元宵鴉の一番手、アインです」


 そう発した瞬間、空気がピタッと止まった。

 文字通り止まった。

 モナと彼女の侍女の声もなくなり、時間が一拍遅れたみたいに静かになる。


「……念のために聞くけど、本当に彼はアインなの?」


 お兄様の言葉に私は頷くと、腕を伸ばして彼の顔から眼鏡を取る。

 途端に特徴的な赤い瞳と、端正な顔立ちが露わになる。

 全員が私の言葉が真実だと分かり、はっと息をのむ。


 アインが呆気にとられたように私を見て、小声で呟く。


「……まさか俺の正体言うとは思わなかったぞ。一応変装してばれないようにしてたんだけど」


 むしろなぜ言わないと思ったのか分からない。

 名前を出しておいた方が、実力を示す必要なくて手っ取り早いし。


 私はお父様に、仮契約書も渡す。


「条件はこちらです」


 お父様はそれを手に取り、静かに読み始めつつ、横目でちらりとアインに視線を送る。

 その隣でダスティお兄様も書面の内容を確認しつつ、アインに目を向ける。

 モナもまた、アインをじっと見つめている。


 三人からの視線を受け、アインはばつが悪そうな表情で頬を掻くと。


「その……ブレア誘拐の件は、悪かった」


 彼なりの謝罪なのか、そう言って軽く頭を下げた。


 と、重苦しい空気が未だに立ち込める中、一通り仮契約書を読み終えたお父様が書類を置き、物々しい声で一言告げた。


「分かった」


 続いてお兄様も、


「……いいんじゃないかな。ブレアが決めたのなら異論はないよ」


 にこりと笑って同意する。


 アインの有能さは二人もよく分かっている。

 色々と経緯はあったものの、認めない、と言われることはないだろうなと思っていたけど、それでも予想通りの結果になってよかったとほっとする。


 満足げにうんうんと頷いていると、当のアインは、何とも微妙な表情をしていた。


「え、いいのか? こんなあっさり……?」

「そういう家なんだ」

「マジで? ドッキリとかじゃないよな」

「だから、レイバン家はそういう家なんだ」


 すぐ隣で、アインとオーウェンが小声でそんなやりとりをしている。

 我が家にやってきて結構な時間が経ったからか、オーウェンはレイバン家のあれこれを理解しつつある。

 そう、我が家はこういう家なのだ。


 が、モナだけはちょっと違った。


「お父様、抱っこ」


 モナがお兄様の元へ駆け寄る。

 抱き上げられ、アインと同じ高さになったその瞬間――ぺしん、と乾いた音が響いた。 


 何が起こったのか。

 モナが、アインの頬を打ったのだ。


 室内が再び緊張感で静まり返る中、モナが頬を膨らませて叫ぶ。


「いい!? これはね、お姉様を危ない目に遭わせた罰なんだから!」


 アインは無言で叩かれた頬に手をやる。


 子供の攻撃だし、痛くはなかったはずだ。

 それでもアインからはいつもの軽い雰囲気が消え、真面目な顔でモナを見つめると、まずは私に向かって頭を下げた。


「ブレア、本当に悪かった」


 その声はとても小さかったのに、広い部屋の中にまるで湖面に広がる一滴のように広がっていく。


 つぎにアインはオーウェンやお父様たちの顔を一人一人正面から見た後、もう一度、今度は全員に向かって深く頭を垂れた。


 ……これは、私が許すと言う流れなのだろうか。

 私としては全く気にはしていないんだけど。


 再び重い空気が流れる中、どうしようかと悩んでいると……。


 お兄様に降ろされた後のモナは、さっきまでと打って変わり、とてもすっきりした顔で笑った。


「いいわよ……これで許してあげる! だってお姉様が許してるみたいだから」


 その言葉で、空気が一気に霧散した。

 それがとてもモナらしいなと思った。


 私は、分かっていたつもりだった。

 だけどそこまでモナを含めたみんなに心配されていたんだと、改めて気づかされた。


 ふとモナに視線を向けると、もう気が済んだからと言わんばかりにピースサインをされた。

 ……後でもう一度ちゃんと、心配かけてごめんねってモナに謝っておこう。


 一方でお兄様は、困った子だと言いながら、地面に下ろしたモナの頭を撫でる。


「こら、モナ。暴力はいけないよ」

「ごめんなさい」


 そんな二人に目を向けながら、お父様も苦笑いを浮かべる。


「暴力は何も生まない。モナもレイバン家の一員ならば、もっと別の方法で報復しなさい」

「分かりましたおじい様!」


 ここでお兄様とお父様が同時にアインにぐるりと首を向ける。

 ……二人とも笑っているようで笑っていなかった。


「アインと言ったか。過去に宵鴉だったことは問題はない。禊も済ませているしな」


 お父様が静かに言うと、


「ただし――」


 ダスティお兄様が続けた。


「ブレアはその辺りを気にしない性格だけど、僕らとしては別問題だ。大事な妹を危険な目に遭わせたことはね」

「分かってるよ。俺にできる償いなら何でもする」

「何でも、ね。……ところで君は変装が得意なんだよね?」


 唐突にお兄様が話題を変える。


「まあな」

「性別も変えられる?」

「そこまでは無理だな。けど、同じ性別なら年齢問わず完璧にいける。身長も多少は合わせられる」

「なるほどね」


 お父様とお兄様が一瞬だけ視線を交わす。

 ……嫌な予感しかしない。


「ちなみに実在の人物にも変装できるのかな」

「できる」


 即答だった。


「なら決まりだな」


 そしてお父様がアインにあることを告げる。


「お前の時間が合った時でいい。私やダスティ、ノーラなど、レイバン家の人間の仕事の手伝いをしてもらいたい。それで帳消しにしよう」

「そんなことでいいのか?」


 お父様とお兄様は、大きく一つ頷いてみせる。

 ここで私は察した。


 ――ああ、多分自分たちに変装させて、退屈だけど断れない類の仕事を押し付ける気だ。

 リアン叔父様も似たような条件を出しそうだし、お母様やノーラお義姉様も、きっと容赦はしないだろう。

 ノーラお義姉様あたりだと、アインの作った服やボタンの技術やデザインにすごく興味を持っていたから、その辺のアイディアを全部吐き出しなさいとか言いそうだ。


 ちらりと後ろを見ると、オーウェンも同じことを考えていたらしく、目が合った。

 私たちは頷き、小さく笑い合う。


 そしてすぐに自分の家に戻ると正式な契約書を作り直し、最後に私とアインの署名を入れる。


「ところでアインって宵鴉での名前ですよね。あなたの本当の名前ってなんなんですか?」


 自分のサインを終え、ペンを手にしたアインに尋ねる。

 そうしたら彼は自分の場所に署名をしながら、さらりと答える。


「前の名前は捨てた。アインでいい」


 よく分からないけど、誘拐時に聞いた過去の話から、父親と思しき人物とうまくいっていなかったことは知っている。

 その辺りも関係しているのかもしれないけど、過去を詮索するつもりはない。

 彼がアインでいいというなら、それでいいか。


 アインがペンを置いたところで、私は彼から契約書をもらおうとする。


 が、なぜかアインは懐からナイフを取り出す。


 隣に座っていたオーウェンがすかさず私を後ろに庇い、アインを睨み付ける。


「おい、誤解すんなよ。別に攻撃しようってわけじゃねぇから」


 そう言うと、アインは躊躇うように刃先と自身の指を見比べ……いきなり刺した。


 私とオーウェンは彼のこの不可解な行動に、訳が分からず固まる。

 だけどその間にもアインは血の滲んだ人差し指を、自身の名前の横に押し付ける。


「何の真似ですか? あなた、血が嫌いなんじゃ」

 

 嫌そうにすぐさま指を拭うアインに尋ねたら、彼は赤い印のついた契約書を私に渡す。


「嫌いだよ」


 けど、とアインは笑う。


「これが俺なりの覚悟ってやつだ」


 契約書に残った赤い指紋が、その証だった。

 この契約は、彼にとって、私が思っていたよりずっと重い意味を持っているらしい。

 それだけは分かった。


 ――こうして紆余曲折はあったものの、アインは正式に私の護衛となったのだった。



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