5.現れた護衛候補
宵鴉壊滅の件は、王都で大きく報じられた。
情報提供者がアインだったこともあって注目は集まり、中心にいたオーウェンの評価もさらに上がっている。
来期の隊長昇格はほぼ確実らしい。
おかげで彼は相変わらず忙しい。
それでも数日に一度は、シャレン食堂で食事を取る時間くらいはできていた。
私の方も仕事漬けの日々だけど、未解決の問題が一つあった。
そう、護衛問題である。
が、アインに勝てるほどの人材なんて、そう簡単に見つかるわけもなく。
私は今日も今日とて、その現実から目を逸らしながら仕事をしていた。
ただ、なんとなく、妙な予感はあった。
オーウェンが言うには、アインは宵鴉壊滅に決定的な情報をもたらした功績が認められ、拘束はごく短期間で済んだらしい。
で、アインがそろそろ釈放されるとオーウェンから聞いた、その数日後。
馬車で屋敷の門をくぐろうとしたところで、門番がどこか困ったような顔で私を呼び止める。
「どうしましたか……」
窓からそう声をかけた瞬間だった。
「遅かったな」
聞き覚えのある声がした。
視線を向けると、門柱の影に寄りかかるようにして、一人の青年が立っていた。
色付きのメガネをかけて元の瞳の色は隠しているものの、一切変装はしていない。
肩に止まったカールもその存在に気づき、鋭い目を向けている。
「ブレア様の客人だと名乗っておりまして……」
門番が確認するように私を見つめる。
前回は不法侵入していたけど、まさか正面から堂々と乗り込むなんて。
かといって、現時点では罪を犯していない彼を騎士団に差し出すこともできないし、彼があの宵鴉のアインだと明かすと、騒ぎになるのは目に見えている。
結局、私の知り合いだと告げて、中へ通す。
我が家のリビングに通すと、アインは勝手知った顔でソファに腰を下ろした。
そして、当たり前のようにお皿の上のお菓子をつまむ。
もはや咎める気にもならず、前回と同じくコーヒーを二つ淹れてアインの前に一つ置く。
「サンキュー」
私は悪びれもせず肩をすくめた彼の正面に座る。
「それで今日は何の用ですか、宵鴉さん」
そう言うと、アインは明らかに不機嫌な表情になる。
「今の俺は違う。ちゃんと罪を償った、清廉潔白な一般人だ」
清廉潔白って……どの口が言ってるのか。
「短い期間牢に入っただけで、よくそこまで堂々と言えますね」
「償いは償いだろ」
ひどくあっさりした返事だった。
そしてアインは、ことんとカップを置く。
「で、本題だけど」
分かっていた。
この男が、世間話のためだけに正面から訪ねてくるはずがない。
「俺は罪を償った」
「まあ、そうなりますかね」
「だから今の俺なら、あんたの護衛として雇えるだろ?」
やっぱりその話か。
思わず深く息を吐く。
この男は、宵鴉の情報を売って減刑を得て、その上で本当にここへ来たのだ。
私の護衛になる――ただそれだけのために。
「……とんでもない人ですね」
素直な感想を口にすると、アインは楽しそうに笑っていた。
「俺は自分のやりたいようにやる。あんたの傍にいることが、俺の人生の退屈を紛らわせるほどに面白いことになると判断した」
呆れつつ、改めて目の前の男を見る。
条件だけを見れば、これ以上ない人材だった。
強さは申し分なく、変装もできる。
ムキムキ三人を連れ歩くより、よほど現実的だった。
合理的に考えれば、断る理由はもうほとんど存在しなかった。
だけど。
私はソーサーにカップを戻し、アインを見た。
「ただ、これは私一人では決められません。なので、一度オーウェンに確認します」
アインが片眉を上げる。
「あいつにか?」
「はい」
私はきっぱりと頷いた。
これが単なる商談や出張の同行者、一回限りの護衛役なら、私の判断だけでもいい。
でも今回は違う。
アインの存在は私の生活圏に入るわけだし、そうなるとオーウェンの暮らしにだって多少は関わることになるから。
アインはしばらく私を見ていたけど、やがて小さく息を吐いた。
「分かったよ。で、いつまで待てばいい。あいつ、ますます忙しいらしいじゃん」
「問題ありません。多分すぐにでも帰ってくる……」
そこまで言ったところで、玄関の扉が勢いよく開く音がした。
続けて、足音がまっすぐこちらへ向かってくる。
規則正しくもしっかりとした足取りは、間違いなくオーウェンのものだ。
それにしても、思っていたよりもかなり早い到着だ。
カールは、アインの姿を確認した時点ですぐに飛ばしてある。
万が一彼が現れたら知らせるようにと、前にオーウェンから言われていたからだ。
そして現れたのは、やっぱりオーウェンだった。
彼の視線がまっすぐアインへ向けられ、ほんの一瞬だけ室内の空気が張り詰めた。
けれど彼は剣に手をかけることもなく、ただ静かに私の隣まで歩いてきて、そのまま腰を下ろした。
その空気のさなか、アインは普段通りの軽さでオーウェンに声をかける。
「オーウェンじゃねぇか。随分と早い帰宅だな」
「要注意人物が現れたと知らせを受けたからな」
「だから、俺はもうただの一般人で……」
「お前をその枠に入れるつもりはない」
肌がひりつくピリピリしたものは感じるけど、それでも想像よりもかなり穏やかだ。
私を誘拐した張本人ってのもあるし、オーウェン的にはそう簡単に警戒は解かないだろうけど……。
かといって、まったく疑っているというわけでもなさそうだった。
少なくとも、この男が無意味に危害を加えるような相手ではないとは判断しているんだろう。
この様子なら、アインからの提案を伝えても問題ないかな。
そう判断して、私はオーウェンにアインがここに来た理由を話すと。
「やっぱりそうだったか」
低く漏らしたその声には、半ば予想していた響きがあった。
そしてオーウェンは、改めてアインを見る。
「――本気なのか」
固い声のオーウェンに対して、
「俺はもう罪を償った。今の俺なら問題ないだろ」
気楽な調子ながらも、本気で言っているのは伝わってきた。
「…………」
オーウェンはしばらく黙り、その視線だけでアインを測るように見つめる。
続けて彼は私に顔を向ける。
「それで、君はこの男を雇ってもいいと思っているんだろう?」
「当たりです。よく分かりましたね」
私に言葉に、オーウェンは苦笑いを浮かべる。
「君が断る理由がないからな。アインならすべての条件を満たしている。むしろ俺に確認を取ったことに驚いているくらいだ」
「一応結婚しているわけですし。オーウェンが嫌なら、別の人を探しますけど」
オーウェンはすぐには答えなかった。
だけどアインを一瞥し、それから小さく息を吐く。
「感情としては腑に落ちないが。……非常に不本意だが、この男なら君を任せられる」
その言葉が、オーウェンにとってどれだけ譲歩したものかは分かった。
だから私は、軽く受け流すのではなく、一つきちんと頷く。
――となれば、次にやることは一つ。
彼の了承も得た以上、あとは話を形にするだけだ。
「では契約書を作りましょう」
「はやっ……もう作るのか?」
「当然です」
私は机の引き出しから紙と筆記具を取り出し、さっそく内容をまとめ始める。
隣に座っていたオーウェンは、当然のような顔でその まま残って紙面に視線を滑らせる。
「っていうか、なんであんたもいるんだよ。俺の雇い主はブレアなんだけど」
「俺も同席はさせてもらう」
「そんなに心配しなくても、ブレアに不利になるような条件は出さないって」
「念のためだ」
「信用ねぇなぁ」
そう言いながらも、アインはそれ以上は何も言わず、肩をすくめただけだった。
「さて。まずは報酬と勤務形態からですね」
お父様からの命は、私が一人になる時間を作らないこと。
しかし護衛役がアイン一人しかいないとなると、彼の負担もそれなりだ。
が、ここでオーウェンが口を開く。
「俺が同行できる場面では、アインは外して構わないだろう」
「……確かにそうですね」
それなら護衛の負担も分散できる。
対するアインはというと。
「別に俺は張り付きでも問題ないけどな。オーウェンも強いけど、二人いた方が安全だろうし。それに――」
そこで言葉を切り、楽しそうに続ける。
「事情を知ったうえで、あんたらのあの溺愛演技を横から見るのも結構面白かったり……」
「…………」
オーウェンが無言でアインへ視線を飛ばす。
「……冗談だって」
私の位置からオーウェンの表情は微妙に見えなかったけど、アインの口元がわずかに引きつっていたので、それなりに怖い顔をしてたんだろう。
このアインがああいう顔をするのは珍しい。
そんな風に思いながら、私は話を進める。
「えーと、では護衛の必要がある時間は不定期になりますけど、大丈夫ですか?」
「問題ない。あんたに全部任せる」
「分かりました」
それからアインとは話を詰め、まだ仮段階だけど、決まったことを次々と白い紙に落としていく。
――私の行動を妨げない範囲で護衛を行うこと。
――危険に関する情報はなるべく事前に共有すること。
――緊急時における危険の排除についてはアインの判断に委ねる。ただし事後報告を必須とする。
「つまり、あんたに確認取る暇がなけりゃ、危険そうな奴は俺の判断で排除していいってことだろ。その代わりあとでちゃんと報告しろって話だな?」
「その通りです」
そして私は続けて下に条文を追加する。
――敵の排除の際、可能な限り命を奪わないこと。
「殺さなくていいならその方が助かる。死体とか見たくねぇし」
「緊急時など、どうしようもない時もあるかもしれませんが……」
「何人に囲まれようが問題ない」
強者らしいお言葉だ。
私はさらに筆を走らせる。
――裏切る時は事前にブレアに報告すること。
その瞬間だった。
「……ブレア」
横から、静かな声が入る。
「その……裏切る時は、普通は言わないと思うんだが」
オーウェンが、わずかに目を瞬かせながらこちらを見ている。
だけど、これはとても重要なことなのだ。
こちらを裏切るのは別に構わないけど、先に報告してもらった方が助かる。後の対応もしやすいし。
そう言ったら、オーウェンの表情はますます混乱を極めていた。
そしてアインの方はというと。
「っ……ははっ……やばい、それ……ツ、ツボ入った……っ、あはははは!」
堪えきれない様子で肩を震わせながら笑っている。
「いや、いいなそれ。っ、裏切る前に報告しろって契約、くっくっ……初めて見たわ」
大爆笑である。目には涙までたまっている。
彼は私の前ではよく笑っていたけど、今までで一番笑っている気がする。
「……とりあえず、この条項は入れていても問題ないですか?」
「っ、い、入れていいぞ……あはははっ!」
ずっと笑っているけど、大丈夫らしい。
オーウェンはまだ混乱した表情で私とその条文を見比べていたけど、何も言わなかった。
その後もいくつか条項を足していき……。
「こんなものですかね」
出来上がった仮契約書を確認した後、オーウェンにも見てもらう。
「……いいんじゃないか」
裏切り条項のところに一瞬目を留めたものの、オーウェンは問題ないと言わんばかりに頷く。
「ちなみにアインは何か入れておきたいことはありますか?」
一応聞いてみると、アインは少しだけ考えるようにしてから言った。
「飯は美味い物がいい。まずいのは耐えられねぇ。俺からはそれだけだな」
いかにもアインらしい条件だ。
「分かりました。それはお約束します」
だけどオーウェンは、理解不能という顔でアインを見て、そして私に視線を動かし、はぁとため息を吐く。
「どうしましたかオーウェン。お疲れですね」
「いや。……君たちは、考え方というか、ずれ方の方向性が似ていると思っただけだ」
オーウェンは反対していないようだった。なら問題ないか。
そして一番最後にそれを書き終わったところで、私はペンを置いた。




