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婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第三部

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1.明かりの灯る家



 その日、珍しく早めに帰宅した私は、自宅の窓からぽうっと明かりが漏れているのを目にする。

 外からそれが見え、あまりにも意外過ぎて思わず独り言が漏れる。


「え、珍しい……」


 私とオーウェンは同じ家に住んでいる。

 仕事が忙しく、一緒に過ごす時間が被らないことも多かったけど、それでも二日に一度は顔を合わせていた。


 ――それが大きく変わったのは、あの誘拐事件の後だ。

 理由は単純で、そもそもオーウェンがほとんど帰ってこないからだ。

 

 いや、正確に言うと、帰ってきている気配はある。

 私が眠りについた後帰ってきて、私が起きるよりも早く出て行く。


 その証拠に、朝起きると簡単な朝食だけは用意されている。

 あと、あの絶望的にまずい野菜ジュースも。


 ただ……この一カ月ほどは、オーウェンの顔をほとんど見られていない。


 オーウェンが実際に忙しいのは確かだと思う。

誘拐事件の後処理は、依頼人が騎士団内部の人間だったせいで、想像以上に長引いているみたいだから。

 その男――中央騎士団所属のジェームズ・ヒルスは、最終的には自分が宵鴉に依頼したことを認めたらしい。


 ただし、報じられている内容は事実と少し違う。

表向きは『身代金目的の犯行』になっているけれど、ジェームズの動機はきっとお金じゃない。

 だって身代金は、全て宵鴉に渡すことになっていたから。

 

 つまりジェームズの今回の行動の原因は、オーウェンへの嫉妬と、それによって生まれた私怨。

 彼を引きずり落とすために、オーウェンの弱みだと思われている私を利用した。


 ただ、それをそのまま公表するわけにはいかない。

 騎士団としては、この件を個人の逸脱として処理したかったんだろう。

 組織の問題ではなく、あくまで一人の騎士の暴走として。

 ……その方が、都合がいいから。


 で、世間ではそれが事実として受け入れられ、オーウェンの人気はますます加速している。


 誘拐事件は、『愛する妻を救い出した英雄譚』として綺麗にまとめられていた。

 溺愛する妻のために奔走した騎士と、その帰りを信じて待った妻。

 結果、二人の愛の強さが証明された、と。


 まあ、溺愛とか愛の強さの部分以外は、間違ってはいないんだけど。

 ただその美談とは対照的に、私たちの距離は確実に開いている。


 オーウェンだけじゃなくて、私もかなり忙しかった。

 視察で一週間ほど家を離れたり、裁きの間でお兄様と同じ修道院で三日間過ごせと命じられてそちらへ出向いたり。

 それでもここまで顔を合わせられないのは……もしかすると、少し距離を置かれているのかもしれない。


 頭に浮かぶのは、助け出されてから一緒に乗った、馬車の中でのオーウェンの表情だ。

 多分だけど彼は、自分のせいで私を危険に晒したと、責めていた感じだった。

 

 そんなことはないですと伝えたくとも、まともに会えない以上どうしようもない。

 カールを使って手紙で送るのもなんか違う気がするし、騎士団に押しかけて仕事の邪魔になるのもなぁ。


 オーウェンの性格を考えると、きっとまだ一人で抱え込んでいる。

 しかも激務続きだ。


 だから私は、せめて少しでも元気が出るようにと、食べ物を山ほど買ってきた。

 オーウェンの大好物のシャレン食堂の鶏南蛮に、ローリーのお店のお菓子の詰め合わせ、その他私セレクションの食べ物を多数……。


 今日も今日とて会えない可能性は高いけど、テーブルの上に置いておけば食べるだろう。

 それで少しでも元気が出ればと、そういう作戦である。


 が、今日に限ってまさかのオーウェンの早い帰宅とは。

 リビングが明るいのがその証拠だ。

 足取りが自然と軽くなるのを感じる。

 カールも同居人の存在を察したのか、肩の上で嬉しそうに鳴き声を上げている。


 私はいそいそと鍵を開けると、自宅の中へと入る。


「ただいまっ」

「カーカー」

 

 カールと同時に声をかけながら、廊下を早足で進み、扉を開けると。


 ――ソファには、ここにいるはずのない、だけど見覚えのある人物が座っていた。

 彼は赤い瞳で私を視界に収めると、軽く手を上げる。


「よう、久しぶりだな」


 テーブルの上に置いていたローリーのお店のクッキーを勝手にくわえ、彼は上機嫌な声でそう言った。


「…………」


 私はそれには答えず、代わりにカールにあることを命じる。


「カール、攻撃してください」


 次の瞬間、カールが驚くべき速さで飛び出す。

 狙いは正確で、顔面一直線だ。


「は!? お、おい、ちょっ、待っ――!?」


 最近は伝書役以外にも、簡単な攻撃も覚えさせていた。

 優秀すぎるカールは、自慢のくちばしで、正確に顔を狙い続ける。

 尖った先が侵入者の頬をかすめそうになるけど、さすがガルフの攻撃を避け続けただけのことはある。

 間一髪でそのどれをもかわし続ける。

 だけど、反撃できる実力を持ちながらも、彼はそれをしない。

 

ということは、この男に今のところ敵意はない。


「カール、戻ってきてください」

「カー?」

「大丈夫です」


 そう言うと、渋々といった様子でカールが肩へ戻る。

 まだ警戒はしているらしい。その警戒心は大いに正しい。


 私は持っていた荷物をすべてテーブルに置き、カールにご褒美のドライフルーツをあげながら、ふんぞり返ってソファに座る男に声をかける。


「それで……何の用ですか」


 すると、宵鴉最強にして、あの誘拐事件の実行犯でありながら見事逃げ切ったアインが、にっと笑って見せた。



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