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婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第二部

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32.変わらない日常、変わる関係  



 翌日。

 朝から応接室へと呼び出され、私はお父様たちに事情を説明する。

 特に毒針を自分で刺した話をした時は、みんな顔が固まっていた。


 最後まで話し終えたところで、お父様がゆっくりと口を開く。


「まず、脅迫状にあった五億ダルクと、四十八時間という条件。あれはお前が提示したということに間違いはないんだな」


 私はゆっくりと頷き、視線を逸らさずにそのまま続ける。


「レイバン家の資産を危険に晒したことについては、謝ります。申し訳ありません。ですが、時間を稼ぐ必要があると思いましたので」

「あれが最善だったと? 助けが来なかった時の勝算はあったのか」

「まあ、なくはなかったですかね……」

 

 いくらアインが最強だとはいっても、彼は屋敷を離れる時間も結構あった。

 狙うなら、アインが屋敷を離れている時だった。

 他の四人の実力はなんとなく把握していたし、隙をついて逃げる算段もあった。


 ただ、アインが戻るまでの時間との勝負にもなるし、武器を失った状態で四人を相手にする以上、無傷では済まなかったと思う。

 だからその方法は、最後の手段だった。


 それよりも私が信じていたのは――。


「ただ私は、オーウェンを信じていたので。必ず見つけてくれると」


 そう言うと、わずかに空気が動いた。

 お父様は何も言わず、ただ続きを促すように視線を向ける。


「実際、気づいてくれましたしね」


 最初にあの身代金の条件の意図に気づいたのも、お父様たちではなくオーウェンだったと聞いている。

 それに血文字付のハンカチを見れば、郵便馬車の経路から石が投げ込まれた大まかな場所は、彼なら特定できると思っていた。


 希望的観測に近い憶測を立てるのは普段の私ならまずありえない。

 けど、どうしてだかオーウェンなら絶対見つけてくれると、明確な根拠がなくてもそう信じたくなったのだ。


 ――それは多分、私が彼のことを心から信頼しているから。


 やがて、お父様が静かに口を開いた。


「……そうか。それが、お前の選んだ男か」


 私とオーウェンを結んでいるのは、愛でも恋でもなく、たった一枚の契約書。

 それでも――きっかけはなんにせよ、私の意志でオーウェンを選んだ。

 

 だから私は自信をもって、お父様に答えた。


「はい。私の夫は、頼りになるでしょう?」


 この答えに、お父様がふっと笑った。


「お前の見る目は確かなようだな」

「仮にもレイバン家の一員ですから。人を見る目には自信はありますよ」


 そう返すと、お父様は満足そうに一度だけ頷いた。


 と、ここでお父様は手をパンっと叩くと、応接室にいるみんなに宣言する。


「ではこの話はこれで終わりだ」


 その瞬間、緊張感が漂っていた空気が、きれいさっぱり霧散した。


 で、お父様は威厳たっぷりだった顔を崩すと、妙にわざとらしい笑顔を浮かべて私を見る。


「ところで、お前はさっき認めたな? 三億ダルクという金額を提案したのは自分だと」

「ええ、そうですけど……」


 認めかけて、嫌な予感がした。

 ヤバい、と思って口を押さえたけど、もう遅かった。

 お父様はさらに口元を緩めると、


「では明日の午後、裁きの間へ来るように」


 と、私にとっては耳が痛すぎる宣告をされてしまった。


 裁きの間へ呼ばれるのは、レイバン家に損失や危険をもたらした時だ。

 結果的に三億ダルクは失わずに済んだとはいえ……今回の提案がその範疇に入るのは間違いない。


 それもこれも相手がアインじゃなかったら、武器を奪われることも、あんな提案をすることもなかっただろうに……と若干アインへの恨み節を心の中で呟いていたところで。


「あ、そうだノーラお義姉様!」


 私たちは自衛のために、ノーラお義姉様の工房で作られている武器の仕込まれた靴や服を身に着けている。

 その、武器で思い出した。

 私はノーラお義姉様に向かって身を乗り出す。


「レイバン家の人間の靴に仕込んでいるナイフの件なんですけど。あれ、ちょっとした欠点がありました」

「あら、何かしら」


 そこで私はアインが言っていたことをそのまま伝える。


「靴の重さが武器が入っている分若干違っているせいで、歩いた時の音が左右で違うそうです。あと、ナイフをちゃんと固定していないと刀身が動いてその音も聞こえると」

「そうなの!? そんなの全然聞こえなかったけど」

「アイン曰く、常人は気づけないって言ってましたけど」


 そう言うと、ノーラお義姉様は顎に手を置いて考え込む。


「想定外だけど、それにも対応可能にしておかないといけないわね。なら両方の靴に武器を仕込んで、刀身も固定して……でもそれだといざという時に武器を取り出しにくいわね、だとすると他には……」


 ノーラお義姉様は完全に思考モードに移った。

 こうなると、もうこちらの声は聞こえない。

 とりあえずその件はお義姉様に任せるとして。


 他にも、指輪の毒はいい感じだったけど、毒を打ち込んでから動けなくなるまで猶予があったから、もっと即効性の物に入れ替えたいなと思っている。

 でもそっちの方もノーラお義姉様の担当だし、靴の件が終わってからでいいか。


 後は。


「ダスティお兄様、バリエスの件なんですけど。誘拐の件で打ち合わせが流れてしまったので、改めて時間をいただきたいんですが」

「そうだったね。ちょっと待って予定確認する。……来週の昼からなら大丈夫だよ」

「分かりました。ではその日でお願いします」

「んじゃ、僕はこれから隣の国に行ってくるね。戻りは三日後だから」


 この事件はもう終わった。

 私も無事に戻ってきた。


 つまり――レイバン家の日常が戻ってきたということ。


 ダスティお兄様が立ち上がると、それを合図にするように、みんなもそれぞれの仕事へ戻っていく。


「私はカレラ公爵夫人とこれから昼食会なの。新作の化粧水をぜひ使っていただきたいのよね。あの方の発言力は絶大だもの」


 それじゃあごきげんようとお母様が去ると、モナも立ち上がる。


「そうだ! 今日はマリーたちに新作ドレスを披露する予定なの! 急いで準備しないと。じゃあねブレアお姉様!」


 八歳の彼女だって立派な広報担当である。

モナが手を振って、軽やかな足音を立てながら姿を消す。


 お父様は商談を兼ねた食事会に、ノーラお義姉様は何かいい案を思いついたのか駆け足でそれぞれ出て行ったところで、最後に残ったリアン叔父様が立ち上がる。


「さて、僕も商会の仕事が溜まっていますので、行きますね」


 そして柔らかい視線を私に向け、気遣うような声で言った。


「ブレアはどうしますか? あなたはもう少し休んでいてもいいと思いますけど」

「うーん……」


 って言われても、休んだところで正直することがない。

 むしろしっかり眠って体力は有り余っているし、私だって二日も監禁されたせいでやるべき仕事が山盛りだ。


 というか、休むくらいなら仕事をしたい。

 バリエスの件も、打ち合わせの日程が延びた分もう少し自分の中で考えを詰めておきたいし、ル・ラミエールにも顔を出さないと。

 ローリーに頼んでいる、モーリス領のワインで作るスイーツの件もあるし、他にも諸々と……。


 消えてしまったアインのことは気がかりではある。

 彼は私とオーウェンが偽装結婚であることを知っているのみならず、契約書の原本も持っている。

 だけど、あれを使ってどうこうする気はないように思えた。


 それに彼のことを気にしたところで、私にはどうすることもできない。

 騎士団にすら捕まえられないほどに強く、おまけに変装の達人なんだから。


 ということで。


「いえ、私も一緒に行きます」


 私も立ち上がると、リアン叔父様と一緒に商会に戻って仕事に励むことにした。

 叔父様は私の頭を撫でると、


「そう言うと思っていましたよ」


 と微笑みかける。


「もう、だからもう私は子供じゃないから、頭を撫でないでって言ってるじゃないですか」

「すみません、でもあなたの頭は撫でやすいいい位置にありますので」

「それ、私が暗に小さいって言っていますか?」

「言ってませんよ」


 そんなやりとりをしていると、いつの間にかカールが私の肩に乗っていた。


「カー」


 さっきまで窓辺でお昼寝をしていたはずなのに、私たちの移動の気配を察して起きたようだ。


「カールも来る?」

「カー!」


 尋ねると、まるで当然だと言わんばかりに軽く鳴いた。


「じゃあ、一緒に行きましょうか」

「カー」


 そうして私は、リアン叔父様とカールと共に、レイバン邸を後にした。




 一見、戻ってきたように思えた日常。

だけど、本当の意味で、全てが元通りになったわけじゃなかった。


 私があの時オーウェンに感じた、かすかな違和感。

 それは現実のものとなる。


 なぜなら――あの日を境に、オーウェンと顔を合わせることがほとんどなくなってしまったのだから。



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