31.家族との再会
詰め所での事情聴取や諸々の確認が終わった頃には、すっかり夜も更けていた。
自宅へ戻る馬車の中で、私は肩の力を抜く。
「……さすがに疲れたなぁ」
口に出してみると、ようやく実感が追いついてくる。
体の重さはそれなりにあるけど、思考の方は妙に冴えていた。
あの後、騎士団の詰め所で怪我の確認を受け、少しだけ仮眠を取った。
起きてからは事情聴取だ。
誘拐されてから救出までの流れと、監禁中に掴んだアインの情報も一通り伝えてある。
何はともあれ、今回の件はひとまず収束した。
事情聴取を担当した騎士団の人から教えてもらったことによると。
まず、宵鴉の一部は捕縛された。
ミレガン家旧邸宅にいた、あの四人だ。
依頼人であるジェームズも確保された。
宵鴉に頼んだことはまだ認めていないようだけど、自白するのも時間の問題だと思われるらしい。
だけどアインは結局捕まらなかった。
宵鴉のアジトは今回も、もぬけの殻だったようだ。
それでも騎士団としては大きな成果になった。
オーウェンの評価は、間違いなく上がるはずだ。
あの状況で、私の残した痕跡を正確に辿ってあそこまで行き着いたんだから。
そんなオーウェンとは、まだ顔を合わせられていない。
今夜は事後処理があるから帰ってこられない、という連絡だけは受けた。
それも、ベイク伝手に。
――早朝馬車の中で見たオーウェンの顔を思い出す。
結構思いつめたような表情だったけど、本当に大丈夫かなと考えていたら、いつの間にか馬車はレイバン家の敷地内へ入っていた。
だけど今日はオーウェンと二人で住む別邸ではなく、本邸の方へ向かう。
そのまま玄関前で止まり、扉が開いた。
そして、馬車を降りた瞬間――。
「ブレア!」
先に飛び出してきたのはダスティお兄様だった。
そのまま勢いよく抱きしめられる。
「無事で、本当によかった……!」
「あれ、お兄様、今日から隣国に向かう予定だったんじゃ……」
いるはずのないお兄様の姿に首を傾げたら、私から離れたお兄様が、眉を吊り上げる。
「大事な妹の一大事だっていうのに、商談に行くはずがないでしょう? いくら仕事第一の僕でもさ」
そして、もう一度強く抱きしめた。
そんなお兄様の後ろから、お父様やお母様、ノーラお義姉様やモナ、リアン叔父様までもが現れる。
「ブレア……!」
お母様が駆け寄ってきて、私の手を取った。
その指先が、わずかに震えている。
「本当に、無事で……」
「はい。無事ですよ」
そう言って、軽く笑っていたら、足に何かがどんとぶつかる。
「ブレアお姉さまぁぁっ……!」
「モナ……」
可愛い姪っ子のモナが、泣きながら私にギュッとしがみついてた。
「大丈夫ですよ。私はちゃんと帰ってきましたから」
「もうっ、すごく心配したんだからぁぁっ」
なおも泣き続けるモナの髪の毛をそっと撫でていたら、ふわり、と白い影が視界の端を横切った。
「……カール!」
今や私の大切な家族の一人となったカール。
私が名前を呼ぶと、白い小さな体が肩に止まる。
カールにくちばしで軽く頬をつつかれて、私は思わず笑みを浮かべる。
「ただいま」
「カー!」
その返事がまるでおかえり、と言ってくれているようで、私は嬉しくて彼の頭を軽く撫でてあげる。
「カール、今回大活躍だったのよ。あなたがいなくなったのを知らせたのもそうだし、オーウェン君の作戦にも一役買ってたんだから」
ノーラお義姉様がそう言いながら近づいてくる。
そして、私の顔を見て、ほっと安堵したように胸を撫でおろす。
「よかったわ。怪我もしていないみたいで」
続けてリアン叔父様も、
「フィアもあなたの身を案じていましたよ。……なんともなくてよかったです」
そう言って安心したように笑った。
そしてお父様はというと、一歩後ろで腕を組んだままじっとこちらを見ていたけど、私の姿を見てわずかに表情を緩めた。
一通りのやり取りが落ち着いたところで、私は目を瞬かせながらぐるりと見渡す。
忙しいみんなが一堂に会すなんて珍しい。
そう思って改めて顔を見回し……ようやく気づいた。
ああ、そっか。
みんな、心配していたんだ。
私を助け出してくれた、憔悴していたように見えたオーウェンと、みんなの姿が重なる。
――考えてみれば当たり前のことだ。
私だって、もしも誰かに何かあったら、仕事は脇に置いて駆けつけると思う。
たとえ、自分には待つことしかできなくたって。
今更ながらそのことに気づいて、胸の奥が、じんわりと熱くなる。
そのまま少しだけ雑談のようなやり取りが続き――ふと、お母様の視線が私の髪に向く。
「ブレア、その髪……」
「ああ、これですか?」
短くなった毛先を軽く指で触れる。
「宵鴉の一人にばっさり切られちゃったんですけど、そのあと綺麗に整えてもらったので大丈夫ですよ」
あっさりと答えた瞬間、場の空気が一瞬だけ止まった。
……なんか、みんな言っている意味が分からない、みたいな顔になっているんだけど。
「……ねえ、ブレア、誰に整えてもらったの?」
「え? 同じ宵鴉のアインですけど」
お兄様の質問に答えたら、さらにみんなが不可解だと言わんばかりの表情になる。
なので、髪を切られる経緯とか諸々を説明したら。
「いや、そういう問題じゃないんだよ、ブレア……」
お兄様はこめかみを押さえ、その隣でノーラお義姉様も呆れたようにため息を吐く。
「ブレアらしいといえばらしいけど」
リアン叔父様は苦笑する。
「誘拐されている時間を有効活用して髪を切る、という発想は、あなたにしか出てこないと思いますよ」
モナはまだ目を潤ませながらも憤慨している。
「女の子の髪を切るなんて最低っ!」
お母様はまだ少し青い顔のままで、
「切られた、って……もう……なんであなたはそんなに平気なの……」
と小さく呟いている。
……そういえば、騎士団でこの話をした時も、今みたいな微妙な空気になったことを思い出す。
そんなにおかしいことかなと思っていたら、お父様と目が合った。
お父様は一度だけため息をつくと、
「……とりあえず、今日はこの家でゆっくり休め。細かい話は明日聞かせてくれ」
お父様の言葉に、私は素直に頷いた。
「はい。ではお言葉に甘えます」
そのままお風呂場へと直行し、湯船に体を沈める。
あったまった後はすぐに私の元自室へ直行する。
そこにあったのは、廃墟の床でも、古びた軋むベッドでもない。
最高だ。
ちゃんとした環境って大事だなと、改めて実感する。
そしてベッドに倒れ込んだ瞬間――。
やっぱり疲れていたんだろう、私はそのまま意識がぷつりと途切れ、泥のように眠った。




