表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/71

28.決断(オーウェン視点)



 砕けたガラスの音が、夜明け前の静寂を裂く。


 ――その数時間前。


 第二小隊の詰め所で、オーウェンはミレガン家旧邸宅の図面を広げていた。

 かなり古い図面で、文字はところどころかすれているが、部屋の配置は把握できる。


 その時机の上に広げられた図面の端に、白い羽が一枚ひらりと落ちた。

 直後、小さな影が音もなくオーウェンの前に降り立つと、帰還を知らせるように小さく鳴いた。


「カー」


 オーウェンはカールの頭を軽く撫で、その足に括りつけられていた小さな紙片を外し、折りたたまれた紙を開く。


 そこにあったのは、簡潔に書かれた報告。

 あの屋敷の監視を任せているベイクの字で書かれたそれに、オーウェンは素早く目を通す。


 ――宵鴉計五人。

 ――一階右端の部屋に三人。

 ――二階左端に人質とアイン、扉前に一人。

 ――アイン朝まで人質と同室予定。

 ――拘束なし。人質、夕方急な高熱で倒れる。


 そこまで読んで、オーウェンの視線がわずかに止まる。


 ただの体調不良か、それとも指輪に仕込んだ毒のせいか。

 ブレアから、あの毒は風邪を引いたような症状が出るとは聞かされていた。


 どちらが原因かは分からない。

 だが、紙を握る指にわずかに力がこもる。


 やはり無茶をしたせいなのかもしれないという苛立ちと、彼女の体調への不安が、胸の奥で静かに混ざる。


 その時、紙の隅に極小の文字があることに気づき、オーウェンは目を凝らす。


『安心してください。奥さん、今は持ち直してるみたいっす! 高熱でも夕飯に肉の串焼き食べてたらしいんで、たぶん大丈夫っすよ!』


 ベイクらしい、軽い調子の一文。

 そして、そんな状態でも食事をしているブレアの姿が浮かび、思わず口元がわずかに緩みかけた。


 ――彼女は無事だ。

 それが分かっただけでも十分だった。


 最後まで読み終えたオーウェンは紙を折り畳むと、わずかに息を吐き、表情を引き締めて顔を上げる。 

 

 周囲には第二小隊の面々。

 そして中央に、腕を組んで立つガルフの姿。


 オーウェンは一人一人を見据えると、図面に手を置いた。


「位置は確定した」


 まずは、指で一階をなぞる。


「右端の部屋に三人」


 次に、二階の左端の一室を叩く。


「ここにブレア。アインも同室、扉前に一人。宵鴉は計五人だ」


 短く告げると、周囲の空気が引き締まる。


「目的は殲滅ではない。ブレアの確保を最優先とする」

「作戦はどうする」


 ガルフの問いかけに、オーウェンはかすかに眉をひそめる。


 もっとも警戒すべきはアインだ。

 見回りに出ていないのは幸いだが、部屋にいる以上、突入を察知されれば真っ先に動く。

 ブレアを押さえられる前に、動きを封じる必要がある。

 

 ならば、答えは一つだ。

 気づかれる前に、動きを封じる。


「一階は静かに制圧します。同時に――」


 視線を上げ、ガルフを見る。


「小隊長には、二階へ直行してもらいたいです」


 その一言だけで、ガルフはオーウェンの意図を理解したようだった。


「アインの足止めか」

「はい」


 オーウェンは頷く。


「突入を察知されれば、最初に動くのは間違いなくアインです。彼に人質を押さえられる前に、動きを封じる必要があります」

「その間に、他が動くか」

「はい」 


 オーウェンはそのまま続ける。


「ガルフ隊長と共に二階へ上がるのは三人。隊長がアインを引き付けている間に、残る二人で扉前の一人を排除し、もう一人がブレアを確保する」


 そして、三人に目を向けた。


「マシュー、ハリス、フレッド。頼む」

「了解!」


 三人は胸に手を当て、揃って応じた。

 それを確認し、オーウェンは残る隊員に指示を飛ばす。


「一階は予定通り静音で制圧。一班と二班が同時に当たれ。三班は万が一を考え屋敷の外を見張れ。万が一敵が外に出た場合は即座に拘束。四班はベイクと合流しろ。その他の人間は――」


 一つ一つ、無駄なく指示を落としていき、最後にオーウェンは言った。


「俺は屋敷の外で待機し、全体の指揮をとる。何かあればすぐに報告をしろ」


 すると、黙って聞いていたガルフが、ふと口を開いた。


「……いいのか、お前が行かなくて。助けに行くのも、そのガキを叩き潰すのも、本当はお前がやりたいんじゃあないのか?」


 オーウェンは一瞬だけ沈黙し、かすかに目を伏せる。


「……行きたい気持ちはあります」


 それは、紛れもない本音だった。

 一刻も早く、この目でブレアの無事を確認したい。連れ去った張本人も、自分の手で捕らえたい。

 だが。


「アインと相対した時、それで失敗するわけにはいきません。……彼は強い。それは紛れもない事実です」


 だからこそ。


「俺の知る限り、あなた以上の適任はいません。勝率を上げるなら、俺よりも強いあなたです」

 

 それはガルフへの信頼の証でもあった。

 ガルフの目が、わずかに細くなる。

 さらにオーウェンは続ける。


「それに、隊長も俺も前線に入れば、全体の統制が崩れます。万が一、作戦が崩れた場合に対応できる者がいなくなる。指揮を取る俺が中に入ることはできません。俺は――」


 一拍置いて、迷いない瞳でガルフを見ると、オーウェンはまっすぐに言い切った。


「確実にブレアを助け出せる方法を取るだけです」


 だが、オーウェンが信頼しているのは、なにもガルフだけではない。

 オーウェンは静かに全体を見渡す。


「……俺は、第二小隊全員を信頼している」


 そう言い切ると、


「だから任せる」


 短く、それだけを告げる。

 誰も言葉を発さない。  

 だが、その場の空気が確かに変わった。


 ガルフはにやりと笑う。


「……みんないい顔をするじゃないか」


 そして、ここでガルフは視線を小隊全員へ向けると、


「お前たち――やれるな!」


 一瞬の静寂。

 次の瞬間。


「「「了解!!」」」


 オーウェンの信頼に応えるように、声が揃う。


 その声を一度だけ、静かに受け止め、オーウェンは指揮官として命じた。


「決行は夜明け前だ。各自準備を整えろ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ