25.居場所の特定(オーウェン視点)
ガルフの執務室を出たオーウェンは、ハンカチを持ってすぐ第二小隊の詰め所へ戻った。
隊員たちへ状況を共有していたところへ、ベイクが駆け込んでくる。
「副隊長! 郵便馬車の経路、分かりました!」
「報告を」
ベイクは急いで机の上に地図を広げた。
そこには王都から旧街道へ続く道筋が細かく記されている。
「この便は旧街道を走ります。スタートは王都北門で、ここからこの道を通って第一中継所、そこから第二中継所まで行くルートっす」
第二小隊の騎士たちが見守る中、ベイクが指で道筋を示す。
オーウェンはその軌跡を追い、赤いペンで地図に線を引いた。
「馬車が第二中継所に到着したのは何時だ」
「夕方六時頃っす」
「途中の所要時間は」
「大体一時間半っすね」
オーウェンは地図の上に時間を書き込みながら、静かに言う。
「第一中継所ではハンカチは乗っていなかった。そして屋根の確認が行われたのは第二中継所だ。つまり――」
赤い線の途中を、ペン先で軽く叩く。
「第一と第二の間の区間で投げ込まれたことになる」
地図の上に、赤いペンでさらにいくつか印を付けていく。
オーウェンはその一帯を見つめたまま、指で距離を測るように地図を辿った。
「……この距離なら、投げ込める位置は限られるな」
第一と第二の中継所の間は広い。
だが、馬車の屋根に物を投げ込める場所となれば限られる。
道路沿いで、しかも二階以上の建物だ。
そして旧街道沿いには、放棄された貴族の邸宅が点在している。
M――ブレアが残した印だとすれば、邸宅名の頭文字を示している可能性が高い。
「誰か、昔の地図を持ってきてくれ。街道沿いにある邸宅の名前も全て載っている詳細なものだ」
「すぐに持ってきます!」
隊員の一人が急いで書架の方へ向かい、しばらく
して分厚い地図を抱えて戻ってきた。
そこには古い街道とその周辺の邸宅名が細かく記されている。
オーウェンは先ほど印を付けた区間を指でなぞった。
「一番あり得るのは、ブレアはМでつく邸宅に閉じ込められている、ということだろう」
さらに街道沿いに限れば、候補はかなり減る。
隊員たちが一斉に地図を覗き込む。
しばらくして、一人の騎士が言った。
「該当箇所で確認できるのは、モルディア家、マレスティン家、ミレガン家、それにマーディル家です」
「なら、そのどこかにブレアが監禁されている可能性が高い」
旧市街の外れは廃墟同然の屋敷も多く、人の出入りはほとんどない。
誰かを閉じ込めておくには、これ以上ない場所だった。
しかしオーウェンは地図を見つめたまま、すぐには命令を出さなかった。
確定してはいないとはいえ、候補が四つ見つかった。
場所はかなり絞れた。
だが、もし一つずつ調べて外れだった場合――宵鴉がその動きに気づく可能性がある。
大規模に騎士団を動かすのは危険だった。まして今動けるのは第二小隊だけ。
「……まずは偵察からだ。少人数で四つの屋敷を確認する」
動きを悟られないよう、慎重に確認する必要がある。
しかし全員を動かすと、ジェームズや他の騎士に気づかれる恐れがある。
「ベイク、お前だけ来い」
普段は調子のいい部下だが、こういう偵察任務にはもっとも向いている。
「了解っす!」
そしてオーウェンは自分とベイクのみを連れ、すぐに偵察へと向かう。
その途中、オーウェンはレイバン家へ立ち寄り、カールを受け取る。
決定的な証拠にはならないかもしれないが、窓越しにブレアの姿が見えれば、何らかの反応をするかもしれないと考えたからだ。
旧街道の端から回り、モルディア家とマレスティン家の周辺では何も見つけられなかった。
念のためベイクが屋敷の中を伺ったが、その二軒は完全な廃墟で、中には誰もいなかった。
だが、三つ目の邸宅――ミレガン家旧邸宅に辿り着いた時だった。
崩れかけた門の前で、ベイクが足を止める。
「……副隊長」
「どうした」
ベイクは無言で門の内側を指差す。
月明かりに照らされた土の地面――そこに、玄関へ向かって続くかすかな跡があった。
普通なら見落とすほど薄い。
だが、人が踏んだ形だ。
「まだ新しいっすね」
ベイクはしゃがみ込み、地面を指でなぞる。
「かなり浅いっすけど……靴底の形が残ってます。わざと跡を残さないように歩いてるっぽいっすね」
慎重に、それでも完全には消せなかった痕跡。
オーウェンは屋敷を見上げた。
灯りはなく、窓もすべて暗い。
外から見れば先の二軒と同じく、完全な廃墟だ。
けれど足跡は確かに屋敷へ向かって続いている。
オーウェンは肩に止まっているカールへ視線を向けた。
「……行け」
小さく言って腕を上げると、カールは羽を広げ、音もなく夜空へ飛び立った。
白く小さな影が屋敷の上を旋回する。
先ほどの二軒は、一度回っただけですぐにオーウェンの元へ戻ってきた。
だが今回、カールは屋敷を一周すると、建物の端にある二階の鉄格子付きの窓の前でぴたりと止まる。
窓枠の影に身を寄せるように止まり、部屋の中をじっと覗き込んでいた。
しばらくして、再びこちらへ戻ってきたカールは、そのままオーウェンの肩へ降りる。
念のため屋敷から少し離れた場所まで歩き、声が屋敷の中まで届かない距離まで下がったところで、
「ブレアはいたか?」
そう尋ねると、カールは肯定するように短く一声鳴いた。
カールはとても賢い鳥だ。
こちらの言葉も理解できている節がある。
断定はできないが、可能性は一気に跳ね上がった。
すると、今まで門の内側と屋敷周辺を調べていたベイクがオーウェンの元へやってきた。
彼は声を潜め、分かったことを報告する。
「副隊長、中に人の気配がありました。窓から俺が確認できただけでも一階に三人っす。布で顔を隠してて、肩に鴉の羽のマークがありました」
「宵鴉か」
「おそらく」
暗闇の中でも、ベイクは目が効く。彼でなければ灯りのない室内を覗いても、そこまで確認できなかっただろう。
ベイクはさらに声を落とす。
「あと、会話も少し聞こえました」
オーウェンの視線が鋭くなる。
「内容は」
「『上の嬢ちゃんは大人しくしてるか』って聞いてました。そしたらもう一人が『アインがそばで見てるから問題ない』って」
――やはりここにいた。
ブレアは二階にいる。
そして、その監視はアイン本人。
念の為、すぐ近くのマーディル家もベイクに見てきてもらったが、そちらにはやはり誰もいなかった。
これで、状況はほぼ確定だった。
ベイクが小さく呟く。
「突入しますか?」
オーウェンははやる気持ちを抑え、静かに首を横に振った。
相手は宵鴉。
しかも、アインはブレアと一緒にいる。
何の策もなく、少人数でただ突っ込めば、ブレアを危険に晒すことになる。
「戻って作戦を立てる。そして明朝――夜明け前に突入して、確実に奪還する」
夜風が旧街道を吹き抜け、肩の上でカールが静かに羽を震わせた。
オーウェンはもう一度だけ屋敷を見た。
闇に沈んだ窓は、何も語らない。
だが、その奥にブレアは確実にいる。
そう確信したままオーウェンは踵を返し、夜の旧街道を静かに後にした。




