表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/66

22.ブレアの実験



 監禁されてから、ほぼ丸一日が経った。


 今日も快晴らしく、窓から差し込む光の角度は昨日とほとんど変わらない。

 時計がなくても、おおよその時間は読めた。

 

 身代金受け渡し予定時刻まであと一日を切ってるはずだけど、焦っても意味はない。

 こういう時に頼るべきなのは、感情ではなく観察だ。


 私は一人きりの部屋で窓際に立ちながら、改めて室内を見渡した。


 窓は三つ。

 二つは鉄格子付き、残る一つも曇りガラスの羽目殺し窓で、私の力では割れそうにない。

 というか、試したけど割れなかった。

 ここは二階の端の部屋で、外へ直接飛び降りれば無事では済まない高さがある。


 扉は一つで、当然鍵がかかっていて、蹴り飛ばして開けるのは難しい。


 アインを除く見張りは四人。

 常に顔を布で隠している。

 中でも、拳で石板くらい割れると豪語していた大男が最も厄介そうだった。


 そしてアインの読み通り、私はまだ逃げていなかった。

 正確には、まだ逃げられない。

 少なくとも、今の時点では。


 だからといって何もしないつもりもなかった。

 

 一日かけて分かったのは、宵鴉の四人はアインには逆らえないこと。

 そして宵鴉たちの会話を拾った限り、犯人の狙いは私そのものではなく、やはりオーウェン絡みだ。


 ただし誰も犯人に繋がりそうな言葉は口にしないので、分かってるのはここまで。


 あとは――。


「よう、いい子にしてたか」


 食欲をそそる匂いのする紙袋を持ったアインが、部屋の中へと入ってくる。


 彼はテーブルの上に袋を置くと、中身を取り出す。


「昼飯はサンドイッチにしといた。中央広場の角曲がってすぐのとこな」

「それって昨日オープンしたばかりのとこじゃないですか!」


 目の前に並べられた魚のフライが挟まったパンや、柔らかそうな鶏肉のパンに、釘付けになる。


「わざわざ並んでまで買ってきたんだ。感謝しろよ」


 そう言って、アインは魚のフライのパンにかぶりつくと、頬を緩めた。


 そう、彼は新しいもの好きで、王都の新店はいつも必ずチェックしているらしい。

 あと、美味しいものが好きで、任務中だろうが他のメンバーみたいに味気のない非常食なんてごめんだと、変装して普通に買いに行っているのだ。


 ついでに私も食べたいと言ってみたら、しゃあねぇなぁと言いつつ一緒に買ってきてくれる。

 で、その流れで一緒に食事を取っている。


 アインと過ごす時間が長いせいで、嫌でも彼の情報ばかり増えていく。

 敵を知れるのはいいことだけど、そろそろ犯人につながる情報が欲しいものだ。


 が、アインは口を割らないし、とにかく今は隙を見て、外へ私の居場所を知らせることだろう。

 もしくは私自身が逃げ出す算段を立てるか。


 私はパンをもぐもぐと食べながら、鉄格子越しに外へ目を向ける。


 ミレガン家旧邸宅の二階の窓から見えるのは、荒れた庭と、その向こうを走る旧街道だった。

 道幅は広いけど、あまり使われなくなっているからか石畳は傷み、ところどころ雑草が顔を出している。

 廃墟ばかりが並ぶ道だけど、まだ住んでいる人もいる。

 ただ、この旧邸宅の周囲には誰もいなかったはずなので、周囲からの助けは望めない。


 けれど――全く何も通らないわけじゃない。


 私はこの部屋に入れられてから、ずっと外の様子を見ていた。


 この道はたまに馬車が通る。

 決まった時間に王都を回る郵便馬車だ。

 昨日の昼から数えて、すでに四回ここを通っている。


 それに、昨日の夜遅くから気になることがあった。

 夜通し外には注意を向けていたんだけど、旧街道を巡回しているのか、かなり短い間隔で騎馬の騎士が通るようになったのだ。


 多分この辺りまで捜索範囲を広げているんだと思う。

 オーウェンが指示したのだと考えたら、胸の奥がほんの少しだけ熱くなる。


「……なんか増えてんだよなぁ、騎士の巡回」


 私だけでなく、当然アインも気づいていたらしい。


「おそらくあんたの捜索だろう。かなり捜索範囲を絞ってる。まだ確証はないみたいだが」

「あれ、もしかして追い詰められてたりします? ここが見つかるのも時間の問題じゃないんですか?」


 あえて挑発するように言ってみるも、アインは気にする様子もなくのんびりとパンをかじる。


「この旧街道沿いにどんだけ廃墟があると思ってんだ。依頼人が場所を漏らすか、うちの誰かがへましない限り、簡単には見つかんねぇよ」

「だけど、騎士が通ったタイミングで私が大声を出したら、こっちに気づいてくれるかもしれないですね」

「その前に俺たちが気づくぞ」

「そうなんですよね……」


 アインと同じく昼食に舌鼓を打ちながら、私は困ったように首を傾げる。


「私がここにいるって伝える、何かいい方法はないですか?」


 そう質問するとアインはふはっと笑った。


「おいおい、誘拐犯にそんな相談するなよ」

「私の髪を切ってくれたりクッキーくれたり、ご飯を買ってきてくれるあなたなら、もしかしたら助言をくれるんじゃないかなって」

「それとこれとは別だ」


 そして全てを平らげたアインは立ち上がると、


「まだなんも思いついてねぇようだが、まあ、時間はある。いい案思いついたら教えてくれよ」


 という言葉を残して部屋から消えた。

 扉の向こうの気配からして、今はアインが見張りに回っているらしい。


 ……さて、本当は、何も思いついていないわけじゃない。

 ただ、あの男に悟られないようにしていただけだ。


 私は窓際へ歩き、鉄格子の隙間から外を覗く。


 その時だった。

 遠くから、コトコトと車輪の音が聞こえてきた。

 ――来た。


 私が狙うのは騎士じゃない。

 郵便馬車だ。


 この部屋に、当然ながら刃物はない。

 だけど壁の足元には、崩れた漆喰の欠片が転がっている。廃墟らしく、壁があちこち剥がれ落ちているのだ。 

 私はその中から小さな塊を拾い上げた。

 

 やがてミレガン旧邸宅の前を、郵便馬車が通り過ぎる。


 その瞬間、鉄格子の隙間から、思いきり腕を振る。

 窓から旧街道まではそれほど遠くない。

 声を張れば届くかもしれない距離だ。

 

 ただし屋敷の庭には手入れされていない木々が生い茂り、道は枝葉の隙間からしか見えない。


 巡回の騎士から窓の人影が見えにくいので、私が助け を求めて手を振っても気づかれない。

 だからアインはあんなにも余裕なんだろう。

 

 けれど石は綺麗に葉っぱの間をすり抜け、ぽすん、と鈍い音を立てて、狙い通り馬車の屋根に落ちてくれた。

 布張りの屋根の中心は石の重みのせいでわずかにたわみ、そのまま馬車は走り去っていく。

 

 私は息を潜めてドアの外の気配を探る。

 アインがこの行動に気付いた様子はない。


 ――これは、ちょっとした実験である。


 王都を走るあの郵便馬車は、決まった時間に同じ道を通るようになっている。

 この旧街道も例外ではないらしい。


 観察した限り、郵便馬車は一日に四回、ほぼ同じ時間にここを通る。

 しかも使われているのは、どう見ても同じ車体だった。


 昨日の夕方に投げた石は今朝には消え、今朝の石もさっきの馬車には残っていなかった。

 布張りの屋根は中心が少したるんでいる。

 そこに落ちた石が、旧街道程度のガタガタ道で転がり落ちるとは考えにくい。


 つまり、少なくとも二度、屋根の異物はどこかで回収されている。

 実験結果としては十分だ。

  

 なら次は本番だ。

 昨日と同じだと仮定するなら、夕方にもう一度あの馬車が通る。

 そしてその時間はちょうど、アインが夕食を買うためにこの屋敷を離れている頃合いでもある。


 あのグルメなアインが、今日の夕食だけぱさぱさの非常食を口にするはずがない。

 あと、食べるならできたてがいいとも言っていたから、買い置きはまずしていないはず。

 

 私は小さく息を吐く。

 自分で勝ち取った48時間という制限時間の中で、逃げ出す方法は見つけていた。


 今の私に残る手は二つ。

 今回のように郵便馬車を使うか、自力で脱出するかだ。

 

 二つ目の方法は、あらかたどう動けばいいかの計算はできているとはいえ、最終手段である。

 一つ目の方法が失敗した時には、そちらの方法を取らざるを得ない。

 できれば一つ目の案でうまくいきますように。

 

 壁にもたれかかって座り込んだ私は、その場にじっととどまり、その時が来るのを待った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ