6.溺愛夫婦の誕生
結果として、リーリア王女の警戒心だけをいたずらに高めたまま、お茶会は次の段階へ進んだ。
リーリア王女は私とオーウェンを引き裂く糸口を探るように、矢継ぎ早に質問を投げてきた。
出会いはいつか。
どちらから声をかけたのか。
いつから恋人になったのか。
休日はどう過ごしているのか。
どこへ出かけたのか。
贈り物は何をもらったのか。
こうした質問を見越して、私たちはあらかじめ恋人設定をすり合わせていた。
出会いは四年前、恋人になったのは一年前。
人目を避けて仲を深め、最近は結婚の話も出ている――そんな筋書きである。
ほかも一通り決めてきたつもりだったんだけど。
……こっちの想像以上に、リーリア王女は細かいところまで尋ねてくる。
曖昧に答えれば容赦なく突っ込まれるし。
仕方なく私は、その場で理想の恋人像を盛りながら答えるしかなかった。
結果――私とオーウェンは、誰も割って入れないほど熱烈に愛し合う恋人同士という設定になっていた。
自分でも盛りすぎたとは思う。
だけどリーリア王女のような相手に付け入る隙を与えず、ついでに家族に契約結婚だと知られるわけにはいかないこちらの事情も隠せるなら、都合はいい。
が、話を聞き終わったリーリア王女は、紅茶のカップを持ったまま、どこか疑わしげな視線を向けてくる。
「ふぅん、熱烈な恋人同士、ね……。あの、オーウェンとあなたが」
「はい」
「具体的にはどのようなことをしているんですの?」
「……はい?」
「参考までに、恋人同士らしい振る舞いというのは、例えばどういうことをしているのか、聞かせてほしいと言っているんですわ」
一瞬、思考が止まる。
具体的に……具体的に、か。
私は何を隠そう、これまで恋人がいたことなど一度もない。
初恋すらまだだ。
最近胸が高鳴ったことといえば……。
東方から入った計算道具、そろばんを初めて見た時だろうか。
ぱちりと鳴る音、無駄のない構造、美しい配列。
あまりの完成度に、その場で最高級品を買ったほどである。
あとは、自分が立ち上げに関わった店舗の売上が前年比百五十パーセントを叩き出した数字を確認した瞬間とか?
――つまり、恋愛方面の参考にはまったくならない。
「…………」
生まれたのはほんの一瞬の沈黙。
でもどうにか私の隙を見つけたいリーリア王女は、そのわずかな間を見逃さなかった。
「もしかして、仲のいい恋人というのは、作り話ですの?」
リーリア王女の唇が楽しげに歪む。
まずい。
「いえ、そういうわけでは」
私は涼しい顔で、当然即座に否定する。
でもこのままだと説得力が足りない。
私は必死に、参考になりそうな恋人や夫婦像を頭の中で探す。
両親や兄夫婦など……仲はいいけどちょっと違う。
今必要なのは、もっと分かりやすく熱烈な例だ。
そこで思い出したのが、アルマイド伯爵夫妻だった。
彼らは他人が邪魔をする隙すらないほどに、仲睦まじすぎる二人として社交界中で有名だ。
彼らの濃すぎる夫婦生活を脳の奥から引っ張り出す。
……うん、だいぶ濃い。
だけど今はこれしかない。
それらを頭の中で瞬時に組み合わせて落とし込んだ私は、リーリア王女の疑惑を払拭すべくにこやかに微笑んだ。
「そうですね。例えば、手を繋ぐ時は必ず指までしっかり絡めますし、ものすごく密着していますし」
私の台詞に、リーリア王女の紅茶を飲む手が止まった。
「指を、絡めますの? それに密着……?」
よし、効果はありそうだ。
追撃すべく、私は言葉を続ける。
「他にも、二人きりの時のオーウェンは私をよく膝の上に乗せて、こちらが恥ずかしくなるような愛の言葉を、甘い笑顔付きで囁いてきます」
「膝の上に甘い笑顔……!?」
王女は目を真ん丸にして、かすかに震える手でカップを置いた。
いい感じだ。手応えを感じた私はさらに畳みかける。
「会話の時には高頻度で鼻先がくっつきそうなほどの距離感ですし」
「鼻先が、ですの!?」
「はい。あとは『あーん』も日常茶飯事ですし」
「『あーん』!? あのオーウェンが!?」
「髪に触れたり、体調確認だって言って額を合わせてくるのもよくあることですし、それから……」
とにかくあらゆる具体的な行動を列挙していたら、毎回反応していたリーリア王女はついに声すら上げられないようになり、最後はがくっと首をうなだれた。
「嘘、ですわ、私と……いえ、どんな人間相手でも表情一つ動かさないあのオーウェンが、そんな……」
「私の前にいるオーウェンはこんな感じですよ」
「し、信じられませんわ……」
私も内心、王女に同意するように頷く。
私も、甘く微笑みかけるところとか、恥ずかしい言葉を口にするオーウェンなんて見たことない。
だが今は、そういう設定なのだから仕方がない。
もっとも、私の前では多少なりとも表情は動いている。
仕事の話をしている時とか、シャレン食堂の鶏南蛮を食べている時だけは、確実に頬が緩んでいるし。
とりあえず、オーウェンがとんでもない溺愛行動をする男になってしまったけど、リーリア王女へ大ダメージを与えられてるから、結果オーライということで許してほしい。
王女の心がわずかに折れかけたのを感じ、このまま押し切れるかもしれない――そう思った時だった。
「遅れてすまない!」
低い声が私の思考に割って入る。
振り返ると、扉の前にオーウェンが立っていた。
オーウェンはわずかに息が上がり、顔も上気していた。
私のために急いで駆けつけてくれたんだろう。
緑の瞳が、心配そうにこちらを見つめている。
だけど私が声をかける前に、ねっとりとした蜜のような、喜色に滲むリーリア王女の声が響く。
「オーウェン!」
途端にリーリア王女の瞳がぱっと輝く。
だけど同時に、どこか疑うような視線も向けられる。
すぐに私は気づく。
……あ、これ、まずいかもしれない。
このままだと、今までの話が全部嘘だと露呈してしまう。
だけどこの場でオーウェンに事情を説明している時間はない。
それなら――判断は一瞬だった。
私はリーリア王女がオーウェンに近づこうと腰を浮かせるよりも早く椅子から立ち上がると、
そろばん。
売上百五十パーセント。
あの時の興奮と歓喜を思い出し、笑顔に変換し……。
「愛しのオーウェン! 待っていました!」
可能な限りの甘い声で彼の名前を呼び、とろける笑顔を浮かべて勢いよく彼に駆け寄って、思いっきりオーウェンに抱き着いた。
さすがは騎士である。
かなりの速さで突っ込んだにもかかわらず、鍛え上げられた体躯は全く揺れることはない。
しかし、唐突すぎるこの行動には驚いたのか、何も言えずに固まってしまった。
とはいえ、カチンコチンになっているのはリーリア王女も同様だった。
その隙に私は小声でオーウェンに囁いた。
「オーウェン、事情は後程説明するので、私に合わせて今すぐ甘い恋人を演じてください」
「……何?」
「甘い微笑みを。今私たちは熱烈に愛し合っている設定なので。あと、ちゃんと私の腰に手を当てて強く抱き寄せてください」
「待て、意味が分からな……」
「とにかく、抱き寄せて笑ってください」
オーウェンが混乱しているのも分かる。
しかし、このままでは確実に私の作った設定に矛盾が生じる。
そうなると面倒なことになるのは目に見えている。
彼の眉間に一瞬皺が寄ったが、それから数秒後。
ゆっくりと私の腰にオーウェンが手を伸ばすと、まるで壊れ物を扱うような弱い力で抱き寄せる。
同時に、口元を持ち上げて笑顔を作る。
「…………」
なんというか、笑顔の体をなしているけど、無理やり作った感が半端ない。
甘い、というより、これはただ引きつっているだけではという感想が素直に浮かぶ。
思わず真顔になってしまった私を見て、オーウェンが不安げに目だけで訴えかけてくる。
これで合っているか、と。
こんな付け焼刃でリーリア王女の目を欺けるかは分からないけど、とにかくここからなんとか挽回しようと彼女に目を向けたら、その反応は私の予想と違っていた。
てっきり、恋人らしくないとでも指摘されるかと思っていた。
だけど、リーリアはぱちりと大きく目を見開き、まるで信じられないものでも見たかのように、こちらを凝視している。
その視線の先は私ではなく、オーウェンだ。
彼女の唇が、かすかに震える。
「……う、嘘、オーウェンが、笑って……しかも、自分から抱き寄せて……私には、一度も見せなかったのに」
絞り出すような声でそう呟いた後、いつの間にか立ち上がっていたリーリアは一歩後ずさる。
だが次の瞬間、リーリア王女は、はっと我に返ったように顔を上げると、きっと顎を上げて私を睨みつけた。
「か、勘違いなさらないことですわ! その程度で勝った気にならないことですわよ! 覚えていなさい!」
つい最近もどこかで聞いたのと似たような言葉を半ば叫ぶよう言い捨てると、真っ赤なドレスの裾を翻し、早足で部屋を去ってしまった。
残された私たちは互いに顔を見合わせる。
オーウェンの顔に浮かぶのは、やっぱり困惑の一言に尽きる。
しかしこの場で説明するわけにもいかない。
部屋には数人の使用人が残っている。
とにかくここを出てから、とオーウェンに向かってかすかに唇を動かすと、彼は分かったと言わんばかりに首を小さく動かした。




