5.リーリア王女との攻防戦
面会当日。
オーウェンとの待ち合わせ場所は、王城の正門前だった。
だけど、時間ぴったりに到着するも、姿はなかった。
彼は非常に生真面目な男なので、何の理由もなしに遅刻するとは思えなかった。
何かあったのかと首をかしげていると、道の向こうから騎士服の青年がこちらへ駆け寄ってきた。
「あのっ、レイバン家のブレアさんっすか!?」
「はい、そうですが……」
少しくせっ毛の赤茶色の髪をした騎士は、私を見ると人懐っこい笑顔を浮かべた。
「よかった、あってた。あ、えっと、俺、中央騎士団第二小隊のベイク・ジルベイルです! オーウェン副隊長の部下っす! 副隊長から伝言を預かってきました。『急な呼び出しが入って遅くなる。俺が行くまで少し待っててほしい』だそうです」
仕事なら仕方がない。
よほど緊急な案件なんだろう。
「わざわざありがとうございます」
「礼を言われるようなことじゃないっす!」
と、彼はここで小声になると、好奇心を押し殺した声で尋ねてくる。
「ところで……うちの副隊長とはどんな関係なんすか?」
オーウェンはまだ団員たちには話していないと言っていた。
ならここで私が口にするわけにはいかない。
どう答えようか悩んだけど、結局私は、曖昧に微笑み言葉を濁すことにした。
「ご想像にお任せします」
「っ、わ、分かりました!」
では俺はこれで! と爽やかにそう言って手を上げたベイクは、来た時と同じように駆け足で去っていった。
さて。
オーウェンの気遣いはありがたいけど、あのリーリア王女を待たせるのもまずい。
……ま、なんとかなるだろう。
ということで、私は予定通り王城へと足を踏み入れた。
◯◯◯◯
城の使用人に案内されて指定された一室に入ると、目の覚めるような美しい女性が私を出迎えた。
腰まで伸びた美しい銀髪と、神秘的で透明感のある深い海の色の瞳。
最高級のシルク生地が使われた贅の限りを尽くした真っ赤なドレスを身に着けたその女性こそが、リーリア王女である。
……それにしてもいい生地を使ってる。
多分、ビルマン領のシルクだろう。
しかも、ノーラお義姉様デザインの特注品とみた。
あれを完璧に着こなせるとは、いい意味でさすがはリーリア王女だと素直に感嘆の息が漏れる。
が、
「へぇ、あなたがあのオーウェンの恋人? あまりにも控えめすぎて、侍女かと思いましたわ」
そう言いながら上から下まで舐めるようにこちらを見下すように見つめる瞳といい、鼻で笑うところといい、悪い意味でさすがリーリア王女殿下と言ったところか。
「ところでオーウェンの姿が見えないけれど?」
「申し訳ありません。彼は所用で少し遅れるとのことです」
「あら、それは残念ね」
とは言いつつ、リーリア王女の顔は残念そうには見えない。
まるで、最初から彼が来ないと分かっていたかのような。
「…………」
私は無言でそっと室内を見渡す。
オーウェンが遅れると報告をしたばかりだというのに、テーブルの上には二人分のティーセットしか置かれていない。
そういうことか。
つまりこのタイミングでオーウェンが不在なのは偶然じゃないと。
だけど私は気にすることなく、口元に笑みを浮かべて挨拶を述べた。
「リーリア王女殿下。私はレイバン家の長女のブレアと申します。お会いできて光栄です」
すると、私の生家の名を聞いた途端、リーリア王女の顔色がわずかに変わる。
「レイバン家……まさか、縛られることを嫌って、貴族として叙位してあげるという私たち王家からの話を断り続ける、あのレイバン家?」
リーリア王女の言葉に、私はにっこりと笑って見せる。
「はい、王女殿下。そのレイバン家で間違いありません」
私が肯定したら、途端にリーリア王女が唇を噛みつつ、小さな声で何かを呟く。
この距離ではとてもじゃないけど聞き取れない小さな声。
しかしながら聴力には自信のある私には、
「レイバン家だなんて聞いていませんわ! 厄介ですわね……」
という彼女の言葉もしっかりと読み取れた。
だけど、レイバン家の名を知った程度で引く相手でもない。
彼女は気を取り直すようにコホンと咳払いをすると、余裕を見せつけるように扇を開く。
「……まあいいですわ。早くお茶会を始めますわよ」
そう彼女が言うやいなや、控えていた侍女たちがさっと動き、あっという間に円卓の上に香り高い紅茶と、宝石箱のように美しい焼き菓子やチョコレートが並ぶ。
「今日は特別に、一番質のいい茶葉を用意させましたの。花の蜜のような濃厚な香りが立ち上る、この国に入ってくるものの中でも最高級の輸入品ですわ」
「……確かに、いい香りですね」
私が思わず目を細めてほっと息を吐いたら、リーリア王女は自慢げに笑って続ける。
「それにこのお菓子も、王都で一番腕のいい職人のものですわ。『ローリー・アンダ』という名前……あなたご存知かしら。王都一美味しいお菓子を作れると評判のパティシエですわ。彼のお店は半月前に王都に店を構えて以来、大人気ですの」
王女は、銀のトングで焼き菓子を一つ摘まみ上げる。
まるで宝物でも見せびらかすみたいな仕草だ。
「私は、定期的に彼のお菓子を用意してもらっていますのよ。最上級の私には最上級の品が似合いますわよね? ……オーウェンも同じですわ」
要するに、オーウェンにふさわしいのは自分だと言いたいと。
実に分かりやすい。
だけど私は王女のその反応よりも、別のことに驚き、思わず頬を緩ませる。
「……何がおかしいのかしら」
突然ニマニマし始めた私を見て、リーリア王女がなんだか不気味なものでも見るかのような視線を向けてくる。
なので私は、正直に伝えることにした。
「いえ、実は王女殿下が今回用意していただいた物は全て、うちの商会が関わっていましたので」
リーリア王女の表情が、ほんの少しだけ固まった。
直後、口元をひくひくとさせながら、ゆっくりと彼女が唇を開ける。
「……あなた、今、何と言いましたの? 全て、レイバン商会が関わっている……?」
「はい」
茶葉はうちの商会が南方から仕入れた高級品で、お菓子の職人も私が見出して王都に店を出させた人物だった。
私の目に狂いはなかったと証明されたようなものだ。
こんなの嬉しくないわけがない。
今度お兄様に自慢しよう。
純粋な喜びから口元を緩めていたら、反対にリーリアの顔は見る見るうちに険しくなっていく。
彼女がカップを置く音が、やけに大きく響いた。
「……つまり、何ですの?」
リーリアは唇を尖らせ、私を睨む。
「あなたが言いたいのは、私の茶会は全部あなたの手のひらの上――そういうことですの?」
「いえ、そういうつもりでは……」
さすがに誤解は解いておこうと口を開く。
「ただ、王女殿下の審美眼と味覚は本物だと聞いていましたので。殿下に評価していただけるのは純粋に嬉しいんです」
するとリーリア王女は、ぴたりと固まったかと思うと、わずかに顔を赤らめる。
「ふ、ふん、そうですわ! 私の目と舌は本物ですもの!」
「あの、ちなみにこのカップやカトラリーを選ばれたのは」
「私ですけど……」
「やっぱり!」
私はカップを手に持つと、目の前でしげしげと眺める。
「このカップもカトラリーも、うちの商会の物ではありませんが見事です! 持ち手の細工も細かくて美しいですし、こんなの私も初めて見ました! カップは……ああ、もしかして最近目にする職人の初期の作品ではありませんか!? 今ではとても高くて手に入らないという」
「そのカップは、彼がまだ人気になる前に私が気に入って購入したものですわ。あなた、なかなか見る目がありますわね」
「レイバン家で鍛えられましたから」
「常日頃より美しいものや美味なものに触れるのは大事なことですわ」
「ええ、分かります! さすがは王女殿下です。殿下の審美眼には、前々から目を見張るものがありましたから、こうして実際に殿下の選んだものを手に取れて光栄です!」
「おーほっほっほ、もっと褒めてもよろしくてよ……」
私の言葉に、リーリア王女は気をよくしたように高笑いを浮かべ……なぜか途中でやめると、きっとした目で私を睨みつける。
「っ、危ないですわ。うっかりあなたの策略にのまれるところでしたわ……! 褒めて私をいい気持ちにさせつつオーウェンを諦めさせようという魂胆なんでしょうけど、こんなことで私を懐柔できると思わないことですわよ!」
「あ、いえ、そんなつもりは」
本当にそんなつもりじゃなかったんだけど。
むしろカトラリーの作者を教えて欲しいとか、あわよくば紅茶とお菓子には、王女御用達の文言を入れたいけどいいかなとか、そんなことしか考えていなかった。
なんなら私はオーウェンのことを、うっすら忘れそうになったくらいだ。
しかしリーリアが私の言葉を信じるはずがなく、ぷいっと顔を背けた。
「……この私の懐に入ろうだなんて。次は油断しませんわよ!」




