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婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第二部

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12.ブレアの充実した仕事の日々



 レイバン商会にある執務室で、私は帳簿を確認しながら思わず声を上げる。


「……よし」


 目の前にずらりと並ぶ数字の羅列を見ていると、自然と口元が緩む。

 これは、ル・ラミエールの、この二カ月の売上報告書だ。

 やっぱり数字は、私の心を潤わせてくれる。


「これだと半年後には……そう、そんな感じだから、ここにあれを足して……」


 お気に入りのそろばんを弾き、鼻歌交じりにこれから先の売り上げの見立てを計算し、出た結果に私は一人、うんうんと頷く。

 もちろん油断はできないけど、少なくとも当面は大きな問題はなさそうだ。


 となると。

 私は机の端に置いていた別の書類を手に取る。

 それは、バリエスに出店予定の宿泊施設の計画書だ。

 まだ構想段階だった計画も、少しずつ形になり始めている。


 が、私は書類をめくりながら、眉を寄せた。


「……ここは修正した方がいいかなぁ」


 コンセプトは決まっているけど、湖沿いの宿泊棟の配置や、テラス席の動線。

 料理の内容や、他にも考えることは山ほどある。

 だけど、新しいことを考えるのはいつだってワクワクする。


 ただ今回はダスティお兄様との共同なので、意見の擦り合わせは必要だ。


「これは一度、お兄様と打ち合わせした方がいいですね」


 この間一緒にまとめたばかりの計画書だけど、いくつか変更したい部分も出てきたので、日程を合わせて打ち合わせの時間を設けないと。

 私は窓の外を見る。


「今どこにいるかな」


 あの人も他のレイバン家の人間同様、仕事であちこち動き回っている。

 まして今は一緒に住んでいないから、お兄様の動向も以前より把握できていない。


 そこで私は、部屋の隅に視線を向けた。

 白い小さな影が、静かに止まっている。


「カール」


 呼ぶと、カールがぴょんと飛んできた。

 彼は私の机の上に降り立ち、小首を傾げ、カー、と小さく鳴く。


「ちょっとお願いがあります」


 私は簡単な手紙を書いて細く折り、カールの足に軽く括りつけた。


「お兄様のところへ届けてください」


 そう言って窓を開けると、カールは一瞬こちらを見て、ぱっと空へ飛び立った。

 白い小さな影は、あっという間に王都の空へ消えていく。


 オーウェンとの伝言のやり取りに成功して以降、最近はこうしてカールを外に出して、家族への伝書としても使うようになっていた。


 カールには、自宅や本邸、商会、オーウェンの詰め所など、いくつかの行き先を覚えさせてある。

 相手が見つからなければ戻ってくるし、いざという時はオーウェンのもとへ向かうようにも教えていた。

備えあれば憂いなし、というやつだ。


 そして私は席に戻ると、他の仕事に取り掛かった。

 しばらくして――。


「カー!」


 という元気な鳴き声が聞こえた。


「おかえりなさい」


 机から目を離した私は、窓から飛び込んできたカールを受け止める。


 足には新しい紙が括りつけられていたので、それを外して読む。

 間違いなくダスティお兄様の字だ。


「……明日の午後ですね。了解」


 私はカールの頭をよしよしと撫でる。


「よくできました」


 たくさん褒めてから、次に引き出しから、カールの大好物のドライレーズンを数粒取り出す。

 カールは嬉しそうにそれをくわえ、勢いよく食べ始めた。

 可愛くて賢くて頼りになるカールは、私の自慢の相棒だ。


 その時だった。

 コンコン、と扉が軽くノックされる。


「はい、どうぞ」


 私が声をかけると、扉がゆっくりと開いた。


「リアン叔父様」


 叔父様はいつも通り柔らかい笑みを浮かべながら、部屋の中を見回す。


「急にすみません。仕事中でしたか?」

「いえ、ちょうど一区切りついたところです」


 私は机の上の書類を軽く整えながら答えた。

 すると、叔父様は少し安心したように頷く。


「それならよかった。実はブレアに少し頼みたいことがありまして」

「頼みごとですか?」

「はい。いつもやっている王都の店の視察の件です。実は別件が入ってしまいまして、ブレアに頼めないかなと」


 ああ、あれか。

 レイバン商会が王都で運営しているレストランやカフェ、食堂の様子を確認して回る仕事だ。

 定期的にやっている仕事で、リアン叔父様が用事で行けない時は、私が代わりに行くこともあった。


 私は、これからやろうとしていた仕事の量と優先順位を考えるけど、明日以降に回しても支障がないものばかりだった。

 時計を見ると、まだ夕方には少し早い時間だ。

 叔父様に該当店舗を聞くと、今日は五件ほど。

 今から行けば、夜までには全部回れる。


「分かりました。行ってきます」

「助かります」


 叔父様はそう言って軽く手を振ると、そのまま部屋を出て行った。

 私は椅子から立ち上がり、上着を手に取る。


 さて、今日は店の視察だけだし、カールは先に家に戻っててもらおうかな。


「カール、おうちに帰ってお留守番をお願いしてもいいですか?」


 カールはこちらの言葉を完璧に読み取ったようにカー、と元気な声で返事をして、自宅の方へ一目散に飛んで行った。

 そして私も、カールに倣うように部屋を出て、商会の廊下を歩きながら、今日回る店を頭の中で整理する。


 まずは五番街のル・ヴァンテールから回って、そこから動線のいい順に回って、最後はシャレン食堂か。


 最近忙しかったこともあって、シャレン食堂にもなかなか顔を出せていない。

 時期的に新メニューを出している頃合いだから、去年出していた春野菜のフリットがあればそれを食べてもいいかも。

 いや、でも、新じゃがと鶏そぼろの甘辛シチューも美味しかったから捨てがたい。

 もしくは他の新作があるかもしれないし。

 うーん、悩ましい……。


 そんなことを考えながら、私はレイバン商会の建物を出た。


 私が大通りを進むと、まるで空気のように、後ろから護衛が距離を取ってついてくる。

 これがお母様の場合だと、分かりやすく体の大きな護衛が数人横についているんだけど。

 護衛は、これくらいの距離感がちょうどいい。


 そして、予定よりもかなり早い時刻に二番目のカフェを出たところで、見覚えのある姿が目に入った。


「あ」


 通りの向こうから歩いてきたのは、中央騎士団の制服を着た人たちだ。

 その先頭にいるのは――。


「オーウェン」


 私が声をかけると、彼はすぐにこちらに気づいてくれた。


 オーウェンの後ろには、見覚えのある騎士が何人か並んでいる。

 その中にいた、私も何度も顔を合わせたことのあるベイクが、にやにやしながら言った。


「あっ、副隊長。愛する奥さんとばったり会えて、よかったっすね! 顔もめっちゃにやついてますし。俺らにもたまにはそんな顔見せてくださいよ!」


 次の瞬間、オーウェンが無言で彼を睨んで、空気が一瞬で冷える。


 すると横にいた騎士が慌ててベイクの肩を掴む。


「余計なこと言うなって!」

「いやでも事実じゃないっすか。任務中じゃない時は、笑顔一つ見せない副隊長と同一とは思えないくらい、でろでろした顔で奥さんのこと見てて、先輩たちもあれはやべぇわって言って……」

「お前本当に黙れっ!!」

「この間冷気漂わせる副隊長に無言の圧かけられたの、もう忘れたのか!」


 そして仲間たちはそのままベイクの腕をぐいっと引っ張ると、


「副隊長、俺たち先に戻ってるんで!」

「どうぞごゆっくり!」

「行くぞベイク!」

「え、ちょ、待――」


 ベイクはずるずると引きずられながら、通りの向こうへ消えていった。


「まったく、あいつはいつも騒がしい……」


 オーウェンが額に手を当て、苦々しい表情で息を吐く。


「いつも元気な人ですよね」


 それだけ、私たちの関係は周囲にも自然に見えているんだろう。

 今みたいに、彼の仕事中はさすがに控えてるけど、それでも多少は私もオーウェンも、演じてはいるし。


「ところでオーウェンは巡回中ですか?」

「ああ。君は?」

「店の視察です。さっき二件目を出たところで」

「そうか」


 一瞬の沈黙の後、私はふと思いついた。


「そうだ。夜までには終わるので、いつもの時間に、久しぶりにシャレン食堂で夕食でもどうですか?」


 けれど、オーウェンは少しだけ申し訳なさそうな顔をした。


「……すまない。夕方から別の任務が入っている。今日は帰れないかもしれない」

「そうですか」


 オーウェンの騎士団での仕事のスケジュールはなんとなく把握しているけど、彼はこんな風に急に任務が入ることも珍しくない。

 それに夜勤だってある。


 一方で私の方も、今日みたいに夜に帰ってくることもあれば、王都以外の場所に視察に行って数日戻らないことも多い。

 同じ家に住んでいても、毎日顔を合わせるわけでもないのだ。


「気にしないでください。仕事ですし」


 少し残念だけど、騎士団の仕事なら仕方ない。

 私だって仕事で帰らない日もあるんだから、お互い様だ。


「じゃあ私は行きますね」

「ああ。気をつけて」

「それはあなたもですよ」


 そう言って、私たちはその場で別れる。


 次のお店へと足を進めながら、仕事でお疲れに違いないオーウェンに、何か甘い物でも買って帰ろうかと考えていると、ちょうど目の前にローリーの店が見えた。


「そうだ、ついでにあれもお願いしようかな」


 モーリス領の甘いワインを使ったデザートの監修。

 ローリーならきっと、何かいい案を考えつくに違いない。


 私はそのまま彼の店へと方向転換すると、木製の扉を開けて中に入った。



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