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婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第二部

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10.騎士の悶絶(オーウェン視点)



 湯に肩まで沈みながら、オーウェンは深く息を吐いく。

 浴室には湯気が満ち、静かな水音だけが響いていた。

 

「…………」


 目を閉じた瞬間、昨夜の記憶が容赦なく蘇る。

 ブレアの服を掴んで離さなかったこと。

 服を脱がせてもらったこと。

 そして、ベッドに引き込み、抱きしめた挙げ句、その額に……。


「っ!」


 オーウェンがざぶんと湯の中に顔を沈めると、ぼこぼこと泡が浮かぶ。

 数秒後、ばしゃりと顔を上げる。


「……最悪だ」


 髪の先からポタポタと滴を垂らしながら、低く呟く。


 酔っていたとはいえ、騎士として昨夜の行為はあるまじき失態だ。


 そのうえ彼はあの状態の時に何をしたかを全部覚えている。

 思わずうめき声を上げながら、オーウェンは額を押さえた。

 

 自分が酔うとどうなるかは知っていた。

 気が緩むと一気に酔いが回る。

 だから外では常に気を張っていた。

 使用人の前でも、友人の前でも、他の騎士の前でも。

 

 あんな情けなくも恥ずかしい姿は絶対に見せなかった。

 見せたことがあるのは家族だけで、その翌日に向けられた生暖かい視線は今でも忘れられない。


 家に帰ればああなることは分かっていた。

 ブレアに先に寝ていてほしいと頼んだのは、少しだけ予感があったのだ。

 ――彼女の前だと気が緩むかもしれないと。 

 それは気のせいではなく、倒れた音を聞いて駆けつけたブレアの前で、あんな姿を晒してしまった。


 ……ふと、昨晩のブレアの顔を思い出す。

 困ったように眉を下げながら、それでもずっと、どこか優しく笑っていた。

 その表情が、妙に頭から離れない。


 だが問題は、それだけではなかった。

 今朝のブレアの言葉が、オーウェンの頭の中で再生される。


『オーウェン、もしまた添い寝してほしかったら言ってくださいね』


 オーウェンはゆっくりとお湯から顔を出すと、両手で顔を覆った。


「……何を頷きかけているんだ俺は」


 あの場は、そんなことは絶対に言うはずがない、と否定すべきところだったのに。

 それなのに、ブレアの言葉で昨夜の熱を思い出し、名残惜しいと感じたのか、彼女の手まで握って頷きかけた。

 だからこそ、混乱する自分を落ち着かせようと、逃げるように浴室へ来たのだ。


「……落ち着け」


 オーウェンは自分にそう言い聞かせる。


 これは違う。

 昨日の醜態の延長だ。

 酔いの名残のようなものだろう。

 それ以上の意味など――。


「…………」


 オーウェンは無言で天井を見上げる。


 腕の中で眠ったブレアのぬくもりが、思い出すまいとするほど鮮明によみがえり、オーウェンはそっと目を閉じた。



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