9.騎士の謝罪方法
なんとなく、寒い気がして目が覚める。
まだ完全に朝というほどではないらしく、カーテンの隙間から差し込む光は、いつもより少しだけ淡い。
カーテンの色が私の部屋のものと違う気がするなと思いながら、寝ぼけた頭のまま上半身を起こす。
で、ベッドの横から圧を感じ、そちらに目を向けると。
「…………」
――私は、視線の先をしばらく無言で見つめた。
そこにいたのは、床に座り込み、深く頭を下げている男。
両手は床につき、背筋は妙にまっすぐ。
まるで何かに祈りを捧げているかのような姿勢で。
……これ、確か、東の方で見られる、土下座と呼ばれる謝罪の姿勢だったはずだ。
どうしてオーウェンがそんなものを知っているのかは、とりあえず置いておくとして。
「オーウェン、何してるんですか?」
私がおそるおそる声をかけると、床に額をつけたまま、オーウェンが低い声で答えた。
「……すまない」
とても低く、静かな声だった。
冗談の気配はまったくない。
オーウェンはそのまま言葉を続ける。
「昨日、俺は酔っ払って、君にとんでもない醜態を晒してしまった」
その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中に昨日の出来事がゆっくりと蘇ってきた。
「あー……」
思わず小さく声が漏れる。
そういえば、そんなこともあった。
「その、別に気にしなくて大丈夫ですよ」
私はとりあえずそう言ってみる。
けれどオーウェンは、ぴくりとも動かなかった。
むしろ、さらに深く頭を下げている気がする。
「ちなみに、昨日のことって覚えてはいるんですか?」
私が少しだけ首を傾げて尋ねると、部屋の中に沈黙が続いた。
本当に長い、長い沈黙。
壁にかかった時計の秒針の音だけが、静寂な部屋に響く。
しばらくして。
「……覚えている」
ぽつりと、低く絞り出すような声が聞こえる。
なるほど。
「それって全部ですか?」
「ああ。……家に入った途端、倒れたところからも、全部だ」
「つまり」
私はゆっくりと言葉を続けた。
「昨日、やだって言いながら私の服を掴んで離れなかったことも」
ぴくっとオーウェンの体が跳ねる。
「水をだらだらこぼしたことも」
びくり。
「ボタン外せないって言ったので、私が服を脱がせたことも、それに私の額に唇を寄せて……」
「っ、あ、あれは……その、酔って判断力が著しく低下していた状態で……!」
一瞬言葉を詰まらせてから、
「ブレアには迷惑をかけた。本当にすまない!」
オーウェンが声を上げ、もはや頭が床にめり込みそうなくらいに押し付ける。
髪の間から見える耳だけじゃなくて、首まで真っ赤に染まっている。
昨日の自分自身の行動が、相当恥ずかしいらしい。
でもまあ、あれだけ酔っ払っていたのに、全部覚えていることは分かった。
「小さい子供のような状態になった姿は、外では見せていないんですよね?」
念のため、昨晩と同じ質問を素面になったオーウェンにすると、彼は即座に肯定した。
「それはない。外では気を張っているから、なんとか自制できる。だが家に入ると……その、気が緩んで、一気に酔いが回るんだ」
だから私にあんなにも先に寝ててほしいと言っていたようだ。
そしてこの土下座は、昨日の自分の行動に対する、本気の謝罪みたいだ。
実際、小さい子供のような姿のオーウェンには驚いたし、どうしようかと天を仰いだことも何度かあった。
でも、私は別に怒っていない。
そう伝えてみるも、オーウェンは頑なに顔を上げない。
「このままでは君に申し訳が立たない。いっそ騎士団の牢に入って罪を償うしか」
いや、そこまで深刻な話ではない気がするんだけど。
私は腕を組みながら少し考える。
むしろあの状態を全部覚えているオーウェンの方が、今かなり辛いんじゃ……。
とはいえ、何か罰のようなものを用意しないと、彼は納得しない気がする。
色々と考えを巡らせた挙句、私は一つの案を思いついた。
「あ、それなら、今度一緒に野菜ジュースを美味しくする方法を考えましょう!」
初日以来、あまりのまずさに私は一度もアレを口にしていない。
「でも、味さえどうにかできれば結構いいと思うんですよね……」
私は腕を組んで、ぶつぶつと続ける。
「栄養はあるし、朝に一杯飲めば体調管理にもいいですし。騎士団の元気の源、とか名前をつけて売り出したら意外といけるかもしれませんし……」
もしくは、
「騎士団推奨とか書いたら説得力ありそうですよね。訓練前の一杯、とか。疲労回復とか書いてもいいかも……」
そこまで考えてから、私ははっとする。
「……あ、でもそれ全部、味がまともになってからの話ですね」
沈黙が続き、数秒後。
ゆっくりとオーウェンが顔を上げる。
「……それだけでいいのか?」
「はい」
私はにこっと笑う。
「それで美味しくなれば、私も得をしますから」
オーウェンはしばらくこちらを見つめていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……本当に、君は」
何か言いかけて、言葉を飲み込むとゆっくり立ち上がった。
まだ少し気まずそうにかすかに視線を逸らしている。
「昨日のことは、できれば忘れてくれ」
あんな強烈なオーウェンを記憶から抹消するのはなかなかに難しい話だ。
あれはあれでなんだか可愛かったんだけど、成人男性が幼児化する、なんて、本人がもっとも忘れたいことだろう。
私は心得た、とばかりに深く頷いておく。
そうしたらオーウェンは、ありがとうと小さく呟いてちょっとだけほっとしたように笑った。
私はそこで、ふと思う。
もしかすると、オーウェンは、案外寂しがり屋なのかもしれない。
酔うと、人は案外本音が出るものらしいから。
なので、
「オーウェン、もしまた添い寝してほしかったら言ってくださいね」
本心からそう告げたら、彼は一瞬で真っ赤になり……なぜか、私の手を軽く握る。
そして、こくんと小さく、頷きかける。
が。
「……いや、忘れてくれ!」
ぱっと手を離すと、そのまま背を向ける。
「湯浴みをしてくる!」
そう言い残し、ほとんど逃げるように部屋を出ていった。
私はしばらくその背中を見送ってから、ぽつりと呟く。
「まだ昨日のお酒、残ってそうですね」
そう思うと、なんだか可笑しくて、私は小さく笑った。




