表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/65

7.堅物騎士の予想外の暴走



 お父様に契約成立の報告を済ませ、契約書を渡してから新居へ戻る。

 公爵との契約が早期に成立したことに、お父様も絶句していた。

 

 分かるよ、私も同じ気持ちだったから。

 しかしこれは私ではなく、オーウェンの功績だ。


「きちんと礼をしておくんだぞ」


 お父様にそう言われたけど、そのくらい分かっている。


 今度オーウェンには、彼が何か喜びそうなものをあげよう。

 新しい剣でも贈ろうかな。あるいは美味しいものとか。

 ……いや、激マズ野菜ジュースを改良したレシピでも作った方が喜ぶかもしれない。

 まあ、戻ってきたら何がいいか聞いてみよう。

 

 本邸から出て、歩くこと三分。 

 まだ住み始めて間もないけれど、だいぶ慣れてきた新居へ戻ると、今日もカールが出迎えてくれた。

 餌をやり、ひとしきり遊んでから、私は寝る準備を始める。

 お湯を貯めて浴槽に浸かり、疲れをしっかり取って温まった後、ふと時計を見ると、既に十一時半を過ぎている。


 普段ならもう彼は帰っている頃合いだ。

 心配にはなるけど、あれだけ強く待たないでと念押しされたのだ。


 なら、ここは大人しく寝ておくべきだろう。

 そう思ってベッドに入ったものの、どうにも落ち着かず、結局起き上がって腕を組む。

 いや、オーウェンは立派な大人だ。

 私が心配する必要なんてない。

 時計を見ると、ただ今十二時を少し回ったところ。


「……うーん」


 やっぱり起きて待つべきか。

 でも、あの念押しは本気だったしなぁ。

 そんな風に悶々としばらく悩んでいた、その時。


 玄関の方から、


 ばたん!!


 と、何かが倒れたような大きな音が響いた。


「!?」


 私は思わずベッドから飛び上がる。

 今の音、明らかに普通じゃない。


 もしかして泥棒?

 いや、そんなはずはない……と思いたい。

 私とオーウェンしかこの家には住んでいないとはいえ、ここはレイバン家の敷地内。

 外には結構な数の警備の人間がいて、敷地内を巡回している。

 だけど、音がしたのは事実だし、もしも本当に泥棒だったら、このまま放置しているのは問題だ。


 私は普段から持ち歩いている護身用の短剣を手にして、そっとドアを開け、音の方へとゆっくり足を進める。


 そして、そこで見たものは……。


「オーウェン!?」


 玄関の床に、大きな男が倒れていた。

 間違いない、泥棒じゃなくて、どう考えてもオーウェンだ。

 私は短剣を放り投げると、慌てて彼に駆け寄る。


「オーウェン! 大丈夫ですか!?」


 肩を掴んで揺する。

 だけど反応がない。


「え……オーウェン?」


 もう一度、さっきより強く揺すっても、彼はぴくりともしなかった。


「ちょ、ちょっと……」


 え、嘘、まさか。

 もしかしてもしかしなくとも……死んでる?


 いやいやいや、そんなわけない。

 普通に考えたら、お酒を飲みすぎてひっくり返ったってところだろう。

 でも、現実問題、オーウェンはピクリとも動かない。

 私は慌てて背中を叩く。


「ちょっと! オーウェン!」


 ばしばし、遠慮なく、全力で叩く。

 それでも反応はない。

 顔を見ようとするけど、彼は完全にうつ伏せだ。


 だから体をひっくり返そうとして――私はそこで絶望した。

 オーウェン、重すぎる問題。


「あ、これ……無理なやつ」


 私の力じゃ全然動かせず、びくともしない。

 どうしよう、外にいる警備の人間に助けを求めた方がいい。


 私は急いで立ち上がって、外へ向かおうとドアノブに手を伸ばす。


 その瞬間。


「……ん」


 背後から、低い声がした。

 振り向くと、さっきまで倒れていたオーウェンが、のそりと体を起こしているところだった。

 彼はゆっくりと座り込み、壁に背中を預ける。

 よかった、とりあえず生きてはいるみたいだ。


「オ、オーウェン……?」


 私は慎重に近づき、しゃがみ込んで顔を覗き込む。

 彼はぼんやりとした目でこちらを見ていた……いや、正確には、焦点が定まっていない。


「大丈夫ですか?」


 問いかけると、オーウェンは数秒ほど私の顔をじっと見つめ、それから、ゆっくりと口を開く。


「……ブレア?」

「はい」

「本当にブレア、なのか?」

「そうですよ」

「そうか、ブレアか」


 どこからどう見ても、私はブレア・レイバンだ。

 こんな分かり切ったことを聞くなんて、相当酔っている気がする。

 頬も心なしか赤いし、目も若干とろんとしている。口調もわずかに回っていないような。


 とりあえず水でも持ってくるかなと思い、立ち上がりかけた時だった。

 私の裾を、くいっとオーウェンが引く。


「……えっと、離してもらえませんか?」


 だけど彼の手の力は、いつまでたっても緩むことはない。

 私は無理やりえいっと引っ張ろうとしたけど、オーウェンの指はびくとも動かない。


「あの、オーウェン」

「なんだ?」

「いや、手を離してほしいんですけど」

「なぜだ?」

「なぜって……酔っぱらっているあなたにお水でも持ってこようかと」


 だからとりあえず離してくださいともう一度お願いしたら――。


 オーウェンは突然むっとした顔になったかと思うと、普段の彼からは絶対に出てこない言葉を口にした。


「……やだ」


 …………。

 聞き間違い、だろうか。

 あ、うん、きっとそうだ。

 私の耳が少しおかしいのだ。

 私もワインを飲みすぎたのかもしれない。

 自覚はないけれど。

 そう思ってぶんぶんと首を振っていたら、オーウェンはさらにむっとなり、なんなら頬を少し膨らませて、再度言った。


「やだ。どこにも行くな」

「…………」


 なんともおかしなことが起こっている。

 あの、少し真面目すぎて努力の方向性をたまに間違えることはあっても、どんな時でも頼れる中央騎士団第二小隊副隊長のオーウェンが、「やだ」なんて小さな子供みたいなことを言うなんて。

 しかもふくれっ面で。


 だけど……。


 ちらりとオーウェンの顔を確認すると、彼は未だに拗ねた子供のような顔のまま、唇を尖らせる。


 で、次の瞬間。

 ぐいっ、と、オーウェンが突然強く腕を引いた。


「え、ちょっ――」


 体勢を崩した私は、そのまま前に引き寄せられる。

 気付いた時には、オーウェンの腕の中だった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 完全に、ぎゅうっと抱きしめられている。

 しかも、かなり本気で。

 呼吸はかろうじてできているけど、逃げられる気がまったくしない。

 少し身をよじってみるけど、騎士の腕力に勝てるはずもなく、むしろ腕の力がさらに強くなった。


「オーウェン、ギ、ギブ、苦しいです!」

「……やだ」


 また言った。

 しかも今度は、さっきより小さな声で。

 それから彼は、私の肩に顔を埋めるようにして呟く。


「……寂しい」

「……え?」

「寂しいから……どこにも行くな」


 一瞬、思考が止まった。

 普段の低く落ち着いた声じゃない。

 溺愛の演技をしている時とも違う、どこか甘えるような声だった。


 私はゆっくりと瞬きして、もう一度、私を抱きしめるオーウェンを見る。

 その顔は完全に、普段のオーウェンからかけ離れたもので。


 ……つまり、夢でも幻でもなく、目の前にいるのは正真正銘、酔っぱらったオーウェンらしい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ