6.モーリス公爵家での夜会
予定通り、レストランがついに開店した。
候補はいくつか挙がったけど、最終的に名前は『ル・ラミエール』に決まった。
開店初日から店は大盛況で、料理の評判も上々だった。
「また来たい」という声も多く、早速二回目の予約も入っている。
ラリアンたち料理人も張り切っているし、従業員たちの動きも悪くない。
想像以上に、いいスタートだ。
二日目にはリーリア王女がやってきて、料理を食べ終えた直後、私を呼び出した彼女から例の高笑い付きでお褒めの言葉をいただいた。
「おっほほほ! なかなかやるじゃありませんことブレア! 高級なお店は王都にも山ほどありますけれど――ここはその中でも私が通うのにふさわしい最上級の部類に入りますわ! 光栄に思いなさい!」
もちろん彼女はその場で次の予約も入れて帰っていった。
この調子なら、いずれ『リーリア王女御用達』の看板を掲げる許可ももらえるかもしれない。
ぜひ欲しい。
王女の宣伝効果は絶大なのだ。
ちなみにローリーのことは相変わらず気に入っているらしく、二人の距離も少しずつ縮まっているらしい。
そんな感じで数日間は店に顔を出して様子を見ていたけれど、大きな問題は起きなかった。
自信はあったとはいえ、順調に軌道に乗りそうだと分かると、やはりほっとする。
そしてレストランの件が一段落した頃――私はオーウェンと共に、モーリス公爵邸を訪れていた。
社交界シーズンの王都では、大小さまざまな夜会が開かれている。
だけどモーリス公爵の夜会は、そのどれとも少し違う。
参加者は数名で、華やかな舞踏会というより、会話をメインに楽しむ食事会に近い。
「お久しぶりです、モーリス公爵」
公爵邸に招かれ、まず初めに彼の元へ足を運んでそう声をかける。
モーリス公爵は、前職が騎士だっただけあって、年齢の割に細身ながら締まった体つきをしていた。
痩せた指先でワイングラスを持ち、鷹のように鋭い目でこちらを値踏みしてくる。
貴族らしいといえばらしいけど、正直かなり嫌味なタイプだ。
「……ふん」
公爵は私の顔を見て、鼻で笑うように言った。
「レイバン家の娘か。随分と久しぶりだな」
その言い方は歓迎というより、品定めに近い。
「結婚式にはご招待しておりましたが、体調を崩されたと伺いました。その後お加減はいかがですか?」
「あんなものはただの風邪だ。とっくに治っている。もっとも、欠席した代わりに面白い噂は耳に入っているぞ」
そう言うと、彼の鋭い目がわずかに細くなる。
「お前の新しいレストラン。なかなか盛況だそうじゃないか」
「ありがとうございます。おかげさまで、順調な滑り出しです」
「私のワインも置いているそうだな」
「もちろんです。非常に好評ですよ。さすがはモーリス領のワインだと」
「小娘の商売にしては、悪くない目利きだ」
「モーリス公爵にそう言っていただき、嬉しく思います。若輩者ではありますが、今後とも末永くお付き合いいただければ幸いです」
笑顔でそう返したら、公爵はグラスを軽く揺らしながら続ける。
「やはりお前も、腐ってもレイバン家の血ということか。あそこの連中は皆、腹の中が読めん。化け狸ばかりだ」
「それは光栄なお言葉です。腹の中が読まれるようでは、商売人として三流ですから」
私は肩をすくめて笑った。
「それに、狸は可愛いですし。私は嫌いじゃありません」
私の言葉に、公爵は一瞬だけ口元を歪めた。
「……なるほど。確かにその図太さは、レイバン家の娘だ。嫌味を言われても眉一つ動かさんとは、気に食わんが気に入ったぞ」
そう言うと、グラスを軽く掲げる。
「お前の家の仕事ぶりは信用している。今夜は堅苦しい話は抜きだ。存分に楽しんでいけ」
「ええ、そうさせていただきます」
――よし。
少なくとも、素面の公爵との顔合わせは上々だ。
ここまでは予定通り。
続いて私は、隣に立つ人物へと視線を向けた。
「公爵にはあらかじめお伝えしていましたが、今日は同行者を一人連れています」
オーウェンが一歩前へ出たタイミングで、私は彼の紹介をする。
「私の夫で、現在は中央騎士団第二小隊副隊長を務めている、オーウェンです」
「初めましてモーリス公爵。お目にかかれて嬉しく思います。以前からお名前は伺っていました」
公爵はグラスを口元に運びながら、じろりとオーウェンを見上げた。
「……中央騎士団だと?」
その声音には、明らかに値踏みの色が滲んでいる。
「近衛ではないのか」
「はい」
だけどオーウェンは、落ち着いた声で答える。
「中央騎士団所属です」
公爵は明らかに不快そうにふんと鼻を鳴らした。
「お前は確かハーヴェスト侯爵家の人間だろう。なのに近衛騎士になる話を蹴って中央配属を願い出た変わり者の騎士を、わざわざ夜会に連れてくるとはな。レイバン家の人間にしては、ずいぶんと礼儀に欠けているんじゃないか」
早速オーウェンに対する嫌味が飛んできた。
そういえば、そんなことをオーウェンは昔に言っていた気がする。
けれどオーウェンは、まったく気にした様子もなく答えた。
「本来なら、このような場にお招きいただける立場ではありません。ですが、私がブレアにぜひ連れて行ってほしいと頼んだんです」
ここでオーウェンは一度言葉を切ると、普段よりも熱を帯びた声で続ける。
「公爵はかつて、近衛騎士として国王陛下を身を挺して守られたと聞いています」
公爵の眉が、わずかに動いた。
「ほう、随分と昔の話を、よくお前のような若造が知っているな。しかも中央の人間が」
「その話は騎士団全体だけでなく、中央でも語り継がれています。あれは騎士としての英断だったと」
オーウェンは真っ直ぐ公爵を見て言う。
「よろしければ、その時の話をぜひ直接聞かせていただきたい」
沈黙が落ちる。
公爵は何も言わず、グラスを口元に運び、ゆっくりとワインを飲む。
そして――ふっと口元を緩めた。
「……なるほど。中央とはいえ、なかなか面白い若造がいるようだな。気に入らないがお前のことも気に入った」
そして椅子に深く腰掛けた公爵は、視線をまっすぐにオーウェンへと向けた。
「いいだろう。今夜はその話をしてやる。ただし――途中で退屈そうな顔をしたら追い出すぞ」
「そんなことはありえません」
オーウェンは静かに頭を下げた。
「騎士として、その話を聞けることを光栄に思います」
「ふん。口だけでないことを祈るぞ」
――どうやら、公爵の興味を引くことには成功したらしい。
やがて全員が席につき、夜会が始まった。
最初に出されたのは、もちろんモーリス領のワインだ。
深い琥珀色をした甘みの強いワインで、グラスを口に運ぶと、豊かな甘みと香りが広がった。
……やっぱり美味しいなぁ。
あ、そうだ、今度ローリーに、ここのワインを使ったデザート作りを依頼してもいいかもしれない。
それを来シーズンのうちのデザートメニューの目玉にして、いや、バリエス地方で出店予定のあの店でもそれを少しアレンジしたものを出したりなんかして……。
頭の中で無限に想像を膨らませていた私だったけど、そういえばオーウェンは大丈夫かなと思い、ちらりと横を確認する。
彼も同じようにワインを口にしていたけど、顔色も様子も普段と全然変わっていないように見える。
試しに感想を尋ねてみるも、
「美味いな」
と、落ち着いた声で答えるし。
まあ、オーウェンが大丈夫って言ってたんだから大丈夫だろう。
もしダメそうなら助けを求めてくると思うし。
そう考えて、私は存分にワインと料理を楽しむことにした。
そして一時間ほど経ったところで、例の時間が始まる。
モーリス公爵の、無限自慢大会だ。
近衛騎士時代の武勇伝に、若い頃から今に至るまでの自慢話。
同じ話が、延々と続く。
他の参加者たちは慣れているのか、適度に相槌を打ちながら話を聞いていた。
もちろん、私もだ。
話をきちんと聞いていないと公爵の機嫌を損ねるし、そうなると契約どころじゃなくなるから。
なんだけど……。
初めは私たち参加者全員に向けて話していたはずなのに、いつの間にか公爵の視線は、オーウェンただ一人に向けられていた。
「その時だ」
公爵はワイングラスを軽く掲げながら言った。
「暗殺者が柱の影から飛び出してきた。他の近衛の連中ですら反応が遅れたが、私は間に入った」
指先でテーブルを軽く叩く音が響く。
「王の前に立つ……それが近衛騎士だからな。剣を抜く暇はなかった。だから体で受けたんだ」
その声音には、さっきまでの嫌味とは違う、確かな誇りが混じっていた。
彼は自慢げに胸元を軽く叩く。
「ここだ。肋骨を二本やられたがな」
おおっと感嘆の声が上がる。
ちなみに私じゃない。
オーウェンだ。
彼は完全に身を乗り出し、真剣に話を聞いていた。
「その距離で間に入る判断をされたんですか」
「当たり前だ。考えている暇があるか。近衛は王の盾だ」
「それでも躊躇する騎士は多いと思います」
オーウェンは真摯な瞳で言った。
「命を預かる立場だからこそ、公爵の行動力は尊敬に値します。まさに騎士の鑑です。私も見習わなければ」
その声には、心からの尊敬がにじんでいる。
公爵はふん、と鼻を鳴らしていたけど、オーウェンの言葉にどこか満足そうだった。
……ちなみに。
この話、今日だけでもう五回目だ。
公爵の行動は本当にすごいと思うけど、他の参加者はみんな、心の中でため息をつきながら聞いている感じだ。
なのにオーウェンは、まるで初めて聞いたみたいな顔で、目を輝かせながら相槌を打っている。
彼の反応を見るに、これ、演技じゃない。
ある意味感心しながら一応は公爵の話に耳を傾けていた、その時。
公爵が突然テーブルを叩いた。
「よし! レイバンの娘よ、例の契約書を持ってきているだろう」
「はい、こちらに」
突然呼ばれて内心は驚きながらも、表面上は普通を装って公爵の前へ移動すると、契約書を手渡す。
すると公爵はすぐに近くにあったペンで、ささっと署名をしてしまった。
えーと、まだ初日なんだけど。
この行動にはさすがに驚いて、一瞬固まってしまっていたら、公爵はちらりとオーウェンを見て言った。
「なに、いい騎士を連れてきてくれた礼だ。これで契約は成立だ。例年通り頼んだぞ」
私としては、オーウェンをそういう意味で交渉の材料に使うつもりじゃなかったんだけど。
それでも結果的には、オーウェンのおかげで最短日数で契約を成立させてしまった。
でもいつまでも固まってる場合じゃない。
私はレイバン家の人間として居住まいを正すと、深く頭を下げた。
「ありがとうございます、モーリス公爵」
だけど公爵は首を横に振ると、
「今日はもう帰ってもらっていい。私はこのオーウェンともう少し飲ませてもらう。二人だけでな」
そう言って、邪魔者は早く立ち去れと言わんばかりに手でしっしっと追い払う動作を見せる。
どうやら本気でオーウェンのことを気に入ったらしい。
いや、私としては、ワインは十分堪能できたし、早く帰れる分には嬉しいことこの上ないんだけど。
……オーウェン、大丈夫かな。
公爵の相手を一人でさせることもそうだけど、私が把握している限り、彼はすでに四杯は空けている。
ちらりと見れば、顔色も呂律も今のところ変わらない。
「俺は大丈夫だ」
私の不安を見越したように、オーウェンは静かにそう言った。
「ブレアは先に帰って休んでくれ。待っている必要も、様子を見に来る必要もない」
「……分かりました」
どうやら「絶対に起きて待っていなくていい」ということを強調したいらしい。
一体どんな酔い方をするのか気になるところだけど、そこまで言われたら仕方がない。
本人がそう言うんだから、大丈夫だろう。
だから私は、オーウェンを置き去りにすると、そのまま公爵邸を後にした。




