4.判決
時間になり、私はレイバン家本邸の奥へと足を運んでいた。
本邸の一番奥にある応接室――通称、裁きの間。
レイバン家の人間が何かやらかした時、呼び出される部屋だ。
扉を開けると、すでにお父様が席に着いていた。
「来たか」
物物しい空気が部屋を支配していた。
窓から日は差し込んでいるはずなのに、私にはどこか薄暗く見える。
そんな中、挨拶も世間話もなく、お父様は時間が惜しいと言わんばかりに、いきなり本題に入った。
「今回のラリアン襲撃に対するお前への罰だが」
やっぱりそうだよね。
予想していたとはいえ、私は内心でため息をつく。
レイバン家では、失敗の責任は必ず取らされる。
それ自体は当たり前のことだ。
ただし――罰の内容が少し特殊だ。
レイバン家にとっての罰とは。
非生産。
非合理。
そして、無駄。
つまり――時間を浪費することだ。
お父様は淡々と続けた。
「モーリス公爵との契約の件は知っているな」
「ワインの件ですね」
モーリス公爵領は、高級ワインの生産地として有名だ。
甘みが強く保存性が高いそのワインは海外でも人気が高く、毎年あっという間に売り切れる。
その海外販売をレイバン家が任されている。
毎年契約更新が必要だけど、利益は大きく、この取引を他家に奪われるわけにはいかない。
「今年の契約も、ほぼまとまっている」
「それは朗報ですね」
「ああ。公爵もレイバン家を信用してくれているからな。だが、問題が一つある」
お父様は机の上の書類を軽く叩いた。
「成立条件だ」
ああ、どうしよう、ものすごく嫌な予感がする。
私は顔をしかめるけど、お父様は平然と言ってのけた。
「そういうわけでブレア、この件はお前に任せたい」
やっぱりそれだったか!
モーリス公爵は、性格的には少しいけ好かない壮年の男性だ。
とはいえ、特権階級である貴族は、だいたい気位が高くて偉そうなものだ。
王族のリーリアだって似たようなところがあったし、彼女はむしろ可愛い方だった。
モーリス公爵も、その典型的なタイプである。
ただ、仮に相手がどれだけ偉そうでも、多少態度が悪くても、利益が出る取引ならいくらでも我慢できる。
……問題は、そこではなくて。
お酒好きで有名な公爵だけど、もう一つ、非常に有名な癖がある。
酔うと、昔の武勇伝や若い頃の自慢話を、何度でも繰り返す。
一度や二度ではなく、延々と、だ。
そして毎年、契約成立の条件としてモーリス公爵が出してくるのが――『三日間、毎晩彼との社交に付き合うこと』なのだ。
彼との社交ではお酒は必須。
別に彼とお酒を酌み交わすこと自体はいいんだけど、さすがに三日間何度もずっと、延々と同じ話を聞かされ続けるのは、拷問と言ってもいい。
しかも、少しでも聞き流していると悟られれば機嫌を損ね、契約が危うくなる。
つまり、彼の話を聞きながら別のことを考えることすら許されない。
これが地獄でなくて何と言おうか。
お父様はここ数年で、同じ自慢話を百回は聞かされているそうだ。
お酒が入らなければそこまで面倒もないので、飲酒を阻止すべく、お父様もあの手この手と色んな策を繰り出したらしいけど、無理だったそうな。
それでもこの取引を続けるのは理由がある。
――あのワインは、それだけの価値があるからだ。
いや、それは分かるけど……。
「お父様。それ、私への罰にかこつけて、自分が嫌な役目を押し付けているだけでは?」
ズバリ尋ねたら、お父様は否定するどころか、むしろ開き直った。
「ふん、それの何が悪い! ただでさえ当主は自由が少ないんだ。たまには私も、当主としての面倒な責任から解放されたい!」
「正直すぎませんか」
「誰のせい、とは言わんが、ミリス商会の監督という面倒な仕事も増えたんだ。少しは私を労わってくれてもいいだろう」
それを言われたらぐうの音も出ない。
というか、私にはお父様の命を断れる立場にないのだ。
「……分かりました。やります。やればいいんですよね」
「うむ。ではよろしく頼むぞ」
お父様が、ここ最近で一番いい笑顔を見せる。
それこそ、先日の結婚式の時よりも。
私は重い息を吐きながら、裁きの間を出る。
裁きを言い渡される前と、ちっとも気分は変わらない。
足取り重く廊下を歩いていたら、正面から人影が近づいてきた。
「あれ、ブレア」
私とよく似た顔立ちをした、ダスティお兄様だった。
だけどお兄さまの顔は私とは反対に、清々しいほど爽やかなものだ。
「今裁きの間から出てきたでしょう。で、何を言われたの?」
「……モーリス公爵のお付き合いです」
「あははは、なかなかだね」
「そう言うならお兄様、変わってもらってもいいですけど」
「絶対に嫌だ。僕は去年それを痛感したよ」
確か去年、体調を崩したお父様の代わりに、ダスティお兄様が相手をしていた。
「公爵の話は耳にタコができるくらいまで聞かされたかな。その上しっかりと話を聞いていないといけないからね。だけど……この間僕に課せられたアレよりはマシな気はするけど」
ちなみにお兄様は、商談を一つ破談にした責任を取って、つい最近まで修道院に入れられていた。
五日間、朝から晩まで祈るだけ。
もちろん仕事は禁止で、書類一つ読めなかったそうだ。
「もうね、仕事がしたくてしたくてたまらなくて、頭が発狂しそうだったよ。そのうちに手が震え出して……あれってやっぱり禁断症状だったのかな」
お兄様が思い出したのか、遠い目をする。
よっぽど辛かったんだろうな。
気持ちはよく分かる。
「それにしても、お兄様にしては珍しいですよね。どんなに難しいと思われる相手との商談も、簡単に成立させてしまうのに」
笑顔を絶やさず、あっという間に相手の懐に入るのに長けているお兄様が失敗するなんて、私の知る限り初めてだった。
するとお兄様は、ばつが悪そうに頭を掻く。
「血が上っちゃってさ。ついうっかり相手の弱いところを責め立てて泣かせちゃったんだよね」
お兄様は切れると、笑顔で理詰めで責め立てるスタイルである。
一体何が原因でそんなに怒ることになったのか尋ねたら。
「だって僕の大事なノーラのことを、レイバン家の次期当主の妻にはふさわしくないんじゃないかって馬鹿にしてくるからさ」
とのことだった。
お兄様とノーラお義姉様は、どちらも仕事が忙しい関係であまり一緒にいるところは見ないけど、お兄様が彼女のことを大切にしていることは知っている。
誕生日にはどんなに忙しくても、必ずお義姉様の好きな花を持って時間を作って会いに行っているから。
なんとなくニヤニヤしてしまっていると、お兄様は少しだけ顔を赤くして、わざとらしく咳ばらいをした。
「とにかく、公爵の件は頑張ってね」
そしてお兄様は軽く激励の言葉を告げると私の肩を叩き、足早に去っていった。
お兄様の後ろ姿を見送っているうちに、自然と頬が緩んでいた。
だけど、しんとした廊下に取り残された私は、再び自分の罰について思い出され、渋い顔に戻る。
社交界シーズン真最中の今、モーリス公爵はこの王都にいる。
まずは彼と会う約束を取りつけて、それから予定を組んで……。
おそらく、モーリス邸で連日開かれている、私的な夜会に行くことになるだろう。
参加者は少数で、屋敷の主人である公爵と食事を共にし、酒を酌み交わしながら、延々と話を聞き続ける、という会である。
モーリス家の造ったワインを飲めるのは嬉しいけど、まったく気が抜けないっていうのがなぁ。
と、その時ふとあることを思い出す。
そういえば、モーリス公爵って確か、あの人――騎士団本部で人事を預かっている人物――の親戚筋だったはずだ。
これが一体どういう作用をもたらすか分からないけど、もしかしてこれ、使えるのでは……?




