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婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第二部

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1.新婚夫婦の朝



 目を覚ました瞬間、私はぼんやりと天井を見上げる。

 ……あれ、いつもの部屋じゃない。

 ここは、一体……。


 まだ覚醒していない頭でうつらうつらと考え、数秒ほどして、ようやく思い出す。


 そうだ、ここはレイバン家の敷地内にある別邸の一つで、今日から私とオーウェンが暮らす家だ。

 広い敷地の奥に点在する小邸宅の一つで、本邸から少し離れているぶん、二人で暮らすにはちょうどいい。

 レイバン家に婿入りしたオーウェンにとっても、この場所は都合がいいらしい。

 騎士団の本部まではそれほど遠くないし、何より警備の面で安心だからだ。

 うちの敷地内は常に警備の人間が巡回しているし、下手に外に家を構えるより安全なのは間違いない。


 あと、この別邸には使用人を置いていない。

 私たちの希望だ。

 家の中まで人目があると、仲睦まじい夫婦の演技を続けることになる。さすがにそれは気が休まらないから。


 私は軽くあくびをすると、ベッドの上で体を伸ばす。

 昨日はさすがに疲れた。

 慣れない服と靴での結婚式に、参列者への挨拶回り、それから移動してレストランでの祝宴まで、早朝から夜遅くまでずっと動きっぱなしだったのだ。  

 ……そのせいなのか、体が重い。

 今日の鍛錬は休もう。

 明日から再開すればいいか。


 そう決めると、私はベッドを降りて、軽く身支度を整える。

 結婚式用に伸ばした髪を、白いリボンで一つにくくりながら、鏡の中の自分を見て、私は少しだけ眉を寄せた。

 式のために伸ばしたけど、正直邪魔だ。

 式より前は髪は結ばなくてもいい長さだったから。

 時間があったら切りに行こうと思いながら、軽く身支度を整え、寝室を出た。


 そのまま廊下を歩き、キッチンへ向かう。


 すると、扉を開けた瞬間、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


「あ」


 思わず声が漏れる。

 キッチンにはすでに人がいた。

 私の最愛……ということになっている夫にして、昨日は数多の女性陣の視線をかっさらったオーウェンだ。

 どうやら彼はとっくに起きていたらしい。


「おはようございます、オーウェン」


 私が声をかけると、キッチンで何やら作業をしていたオーウェンが顔を上げた。


「ブレア。おはよう」

「……もしかして、早朝の鍛錬してたんですか?」


 髪の毛が少し湿っているので、さっき湯浴みをしてきたんだろうな。

 そう推測した私が尋ねたら、オーウェンは再び手元に視線を戻して答えた。


「ああ。いつも通りな」

「わぁ、騎士って本当に体力が底なしなんですね……」


 ここに帰ってきたのは、日付が変わってから。

 それなのに、いつも通り朝から鍛錬をしていたと。

 彼の体力というより、その勤勉さには感心するしかない。


 一人うんうんと頷きながら、私はダイニングの方へ向かうと、隅に置かれてある、開けっ放しの鳥籠に話しかけた。


「おはようカール」


 私の声で目が覚めたのか、手のひらサイズの白い鳥がゆっくりと目を開ける。

 彼は私を見ると、カーと可愛い声で鳴いて小首を傾げた。


 この子はつい数日前に購入した、テノリシロカラスと呼ばれる鳥だ。

 カラスの仲間だけど、その名の通り、色は真っ白で手のひらに乗せられるほどに小さい。


 そしてなんといっても可愛い。

 もちろん、知能指数が高いと言われるカラスと同様に、いや、もしかするとそれ以上に賢い。

 この子はまだうちに来て日が浅いけど、昨日だって、私が机の上に置いた干し果実をじっと見て、「待て」と言ったらちゃんと動かなかった。

 その代わり、許可を出した瞬間、ものすごい速さで食べたけど。


 私はカールと少しだけ遊んだ後、エサ箱にご飯を入れて、キッチンの中へ入る。


 キッチンも家の大きさ同様、十人以上働く本邸の厨房より狭くて、二人で中に入ると少し手狭に感じるけど、このくらいで十分だろう。


 私がポットに予め汲み置きしていた水を入れていたら、オーウェンから声がかかる。


「ちょうどよかった。今、朝食を作っているところだ。君も食べるか?」


 お腹は……空いている。

 私は即答した。


「食べたいです!」


 その言葉に、オーウェンは小さく頷く。


 彼の手元を覗き込んだら、フライパンの上で、こんがりと焼き色のついたパンがじゅう、と音を立てていた。


「この匂いは……フレンチトーストですか?」

「当たりだ。何枚食べるか教えてほしい」

「じゃあ二枚で」


 答えるや否や、オーウェンはさっと卵を割って砂糖と牛乳を加え、手慣れた様子でフレンチトースト用の液を作る。

 彼は騎士団の宿舎内でも、自分でも料理をしていたらしい。

 騎士というと豪快な食事のイメージがあるけれど、こうして朝から甘い匂いのする料理を作っている姿は、少しだけ新鮮だった。


 その間に私はお湯を沸かして飲み物の用意をする。


「オーウェンは何がいいですか?」


 棚には、新生活用に用意された茶葉やコーヒー豆がきちんと並んでいた。


「俺はコーヒーを頼む」

「了解」


 私も今日はコーヒーかなぁ。少しだけ眠気が残っているし。

 小さな布のフィルターに挽いた豆を入れ、ゆっくりと湯を注ぐと、途端に、香ばしいコーヒーの香りがキッチンいっぱいに広がった。 

 

 完成したコーヒーをテーブルに持っていったところで、ちょうどオーウェンの朝ごはんもできたらしい。


 短時間だったのに、お皿の上にはフレンチトーストの他に、カットされたオレンジとサラダも添えられている。


「オーウェンは砂糖入れますか?」

「一つほしい」


 彼のカップに角砂糖を落とし、混ぜてからオーウェンの前に置く。


「ありがとう。君はそのままか」

「はい。断然ブラック派です」

「意外だな」

「よく言われます」


 そう言って、私も椅子に腰を下ろす。


 向かいに座ったオーウェンと顔を合わせながら、ふと思う。

 時間がある時は、こうして二人で朝食を食べるのがこれからの日常になるのか。


 なんとも不思議な気分だ。

 でも……悪くない。


 そんな風に考えながら、温かいうちにと早速トーストを口に運ぶ。

 入れた瞬間、じんわり甘い香りが広がる。

 卵液がしっかり染みていて、表面はこんがり、中はふわふわだ。


「んっ、これ、すごく美味しいです! 本当に、お世辞抜きで」

「ならよかった」


 ほっとしたように息を吐くオーウェンを前に、私は続けてサラダに手を伸ばす。

 葉の張り具合や鮮やかな色からして、おそらくハーヴェスト領の物だろう。食べるとそれは確信に変わる。

 朝からこんなにいいものが食べられるなんて、最高だ。


 そういえばこの食材、昨日レストランで出した時もかなり評判がよかった。 

 他にもローリーのケーキとか諸々……。


 私はフォークを手に取りながら、何気なく口を開いた。


「……昨日は、色々ありましたね」


 そう言うと、オーウェンも小さく息を吐いた。

 

「ああ」


 そして私たちは自然と、昨日の騒がしくて、少しだけ特別だった一日を振り返り始めた。



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