39.結婚式での大失態
大聖堂の中へと足を踏み入れると、まず視界に飛び込んできたのは、祭壇へと続く長いバージンロードだった。
お母様たちとの約束通り、背筋を伸ばし、お父様の腕を取りながら、その中央通路をゆっくりと歩いていく。
左右には参列者が並び、王都の有力貴族や商人、騎士団関係者たちが居並んでいた。
私が歩くたび、参列席の女性たちの間から小さく息を呑む気配が広がる。
ノーラお義姉様がこの大聖堂のステンドガラスから入る光まで計算した、渾身の一着。
光を浴びて優しく、だけどキラキラ瞬くドレスは、女性陣の目を確実に釘づけにしている。
宣伝効果は上々だろう。
そんなことを考えながら歩いていると、前の方の席にリーリア王女の姿が見えた。
隣には、予想通りのローリー。
本当に彼がエスコートしているらしい。
ローリーの顔は相変わらず前髪でよく見えないけれど、リーリア王女は彼の腕にぴったりと寄り添っていた。
しかも彼女、見るからに楽しそうで、ちょっとはしゃいだ感じでこちらを眺めている。
リーリア王女はこういう煌びやかで新しいものが大好きだ。
もし彼女がこれを着れば、私以上の宣伝効果が出るだろう……彼女のもたらすレイバン家への経済効果を考えただけで、胸が高鳴る。
二人の少し先には、ハーヴェスト家の面々とレイバン家の親族たちが並んでいる。
お母様とノーラお義姉様は、私を見るなり小さく頷いた。
まずまず、といった感じか。
とりあえず後でこんこんとお説教されることはなさそうだ。
長かったような短かったような通路を進むと、一番奥には、本日のもう一人の主役であるオーウェンが立っていた。
髪はすべて後ろへと撫でつけられ、綺麗な形の額が露わになっている。
花婿らしい白の礼装の襟や袖口には、私のドレスと同じ輝く糸が使われていて、光を受けるたびに控えめにきらりと瞬く。
この姿は、衣装合わせの時に一度見ている。
その時も似合っていると思ったけど、今日は何だか別物だ。
一体どこの国の王子が現れたのかと思うほどだ。
もはや眩しすぎて視界がちかちかしてくる。
この姿で笑顔なんて作られたら、周囲が騒ぐのも無理はない。
そう思った直後、オーウェンが花嫁である私に向かって、全力の笑顔を向ける。
次の瞬間、参列席のあちこちから、小さな悲鳴が上がった。
あ、これまずい。
私は表向きは微笑んだまま、オーウェンへ視線を送り、いつもの無言の会話を試みた。
(オーウェン、もっと笑顔を抑えてください! 気絶者が出かねません)
(っ、分かった)
すぐにオーウェンは笑顔を修正する。
(これならどうだ)
(大丈夫です)
そんな無言の会話をしているうちに、祭壇の前へと辿り着いた。
そこでお父様が立ち止まると、私の腕をオーウェンへと預けた。
私は一歩前へ進み、オーウェンの隣に並ぶ。
祭壇の前に立っていた司祭が厳かな声で言った。
「これより、オーウェン・ハーヴェストとブレア・レイバンの婚礼の儀を執り行う」
大聖堂の中が、すっと静まり返る。
「病める時も、健やかなる時も。富める時も、貧しき時も。互いに支え合い、苦楽を共にし、生涯愛し続けることを誓いますか」
司祭はまずオーウェンを見た。
「誓います」
オーウェンは迷いなく答える。
続いて司祭が私を見る。
「誓います」
私も同じように答えた。
「では、指輪を」
傍にいた別の司祭が、小さな箱を差し出す。
箱の中には、昨日完成したばかりの指輪が収められていた。
お店で見せてもらったのと同じように、石も何もついていないシンプルなものだ。
だけど、中の細工は完璧。
オーウェンにも後で説明しておかないとなと思いながら、私たちはお互いの指に指輪をはめた。
それを見届けた司祭が、静かに口を開く。
「では。誓いの口づけを」
――私は一瞬固まった。
それとなくオーウェンを見ると、彼もまたこちらを見ていた。
その瞳には、明らかな動揺が見て取れる。
そう、私たちは今、同時に気づいた。
恋人らしい会話や、見つめ合ったり甘い笑顔を浮かべたり、手を取ったり繋いだり、彼の膝の上に座ったりと、様々な練習を試みてきたわけだけど……。
キスの練習だけは、まだしていなかった。
つまり、完全にぶっつけ本番。
「…………」
「…………」
無言で向き合った私たちの顔には、言葉にできない困惑が浮かんでいた。
だけどここで躊躇するわけにはいかない。
今や私たちは、王都でも有名な熱烈な恋人同士ということになっている。
それなのに、この場で戸惑ったり、躊躇ったりしたら、どう考えても怪しすぎる。
広まってしまった認識を今さら崩すわけにもいかない。
つまり……やるしかない。
私は小さく頷いた。
オーウェンも、同じように頷く。
緊張からか、ごくりと喉を鳴らしたオーウェンが私のベールを上げ、少し屈むと目を閉じる。
私も彼の行動に倣い、目を閉じたんだけど。
……ふと思う。
こういう時って、普通は息を止めるものなんだろうか。
あと、どれくらいの時間続ければ、周囲に熱烈な二人だと思ってもらえるのかも分からない。
こんなことならアルマイド伯爵夫人と接触して、色々と聞いておけばよかった。
だけど後悔したって今更どうにもならないので、とりあえず息を止めてみた。
そっとオーウェンの唇が触れる。
……なるほど、こんな感じらしい。
柔らかいとか甘いとか、そういう感想は特にない。
ただ、唇が触れているなぁと。
それよりも、気になったのは別のことだった。
オーウェンの唇が少しかさついている。
前に、乾燥する季節になると唇が割れて痛むことがあると言っていた。
無色で香り控えめのものを作れば、騎士団あたりに需要があるかもしれない――などと、どうでもいいことが頭をよぎる。
そう考えているうちに、体感では永遠のような時間が過ぎて……。
……。
…………。
………………長くない?
そろそろ息が苦しい。
それなのに今のオーウェンからは、離れる気配をまるで感じられない。
多分だけど、彼もどれくらいが適切な長さなのか、分からないんだと思う。
でも苦しい。
かなり苦しい。
私は、そっとオーウェンの袖を引っ張る。
もう離れてもいい、という合図のつもりだった。
なのに次の瞬間、オーウェンはもっと求められたとでも勘違いしたのか、ぐっと私の腰を引き寄せた。
さらに、強く唇を押し付けてくる始末で。
……って、違う、そうじゃない!
どうしていつもは問題なく意思疎通できるのに、こういう時だけ伝わらないのか!
オーウェンだって息が苦しいはずなのに。
それとも騎士団では息を止める練習をして肺でも鍛えているっていうのか。
私はもう一度、今度はさっきよりも強く袖を引っ張る。
だけどオーウェンはさらに密着してきた。
まったく伝わっていない!?
こうなったら力づくで離れるしかないと、私が彼を押しのけようとした、その時だった
ついに、完全に息が限界を迎えた。
思考がショートし、視界がふっと白く明滅する。
そのまま糸が切れたように体から力が抜けた瞬間、オーウェンが、はっとしたように唇を離した。
「ブレア!?」
慌てた声が聞こえる。
ついでに参列席から、
「なんて情熱的なの……!」
という悲鳴も。
それを耳にしながら、これはこれでよかったのかもと考える。
少なくとも、私たちの仲を疑う者はいないはずだ。
結果オーライというやつだ。
私はオーウェンに、後は頼んだとばかりに視線を送り――そのまま意識を手放した。




