37.それぞれの進展
さて、諸々の件に決着がついた後のことだ。
ギルバートはいくつかの罪で地下牢に収容された。
背中を丸めて膝を抱え、じっと動かないこともあれば、突然立ち上がって鉄格子を蹴り、怒鳴り散らすこともあるらしい。
でもどちらにしても意味はない。
ローガンが息子を助けることはないから。
彼があそこから出てこられるのは早くても数年後で、それまでは、ずっとあの暗い石の部屋の中だ。
牢を出ても彼に自由は二度と訪れないのだ。
一方で宵鴉の方はというと、拠点に向かったものの予想通り既にもぬけの殻だったそうだ。
さすが逃げ足が速い集団だ。
オーウェンたちは悔しそうにしていたけど、悲観もしていなかった。
次があれば今度は必ず捕まえると。
ただ、ギルバートが捕まったことで宵鴉がこちらに攻撃することはなくなったので、私としては一安心である。
そして、結婚式まで残り五日を切った。
ラリアンはまだ完全には復帰できていない。
腕の怪我もあって、包丁を握る作業はほとんどできない。
それでも厨房の真ん中に立ち、料理人たちに次々と指示を飛ばしている。
婚礼用の料理も、レストランの開店準備も、問題なく進んでいる。
あと、もう一人。
ローリーの方も順調らしい。
結婚式用のケーキをお願いしていたので、様子を見に行ったら、
「当日までのお楽しみにしておいてください」
と言っていたから。
私も非常に楽しみだ。
……まあ、それはいいとして。
問題は一つ。
リーリア王女のことだ。
今のところ彼女は、ギルバートのように何か大きなことをする様子もなく、非常におとなしい。
それが逆に怖い。
まして私はギルバートを甘く見た結果、とんでもないことになったから、彼女の方もしっかりと目を光らせておかないと。
そう思って警戒していたのに……その心配は、少し違う形で裏切られた。
「……え?」
私はローリーから聞かされた事実に、つい間の抜けた声を出してしまった。
「えっと、その……つまり? リーリア王女が……」
確認のため、もう一度尋ねると、彼は視線を逸らし、もごもごしながらも同じ言葉を告げた。
「最近毎日くるようになりまして」
話を聞くと、きっかけは宵鴉のラリアン襲撃事件だった。
その流れで、リーリア王女がここに顔を出す機会が増えたらしい。
しかも、元からローリーのお菓子のファンだったリーリア王女だけど。
彼のお菓子だけに興味を持っていると思いきや、話を聞いているとそうでもなさそうだった。
「初めはいつものようにお菓子の感想を言うだけだったんですが、そのうち厨房まで来るようになって……ただ、じっと僕の作業を見ているんです」
オーウェンの時とはちょっと状況が違うようだ。
だって彼の場合は、仕事に支障が出るくらい邪魔されたって言ってたから。
「味見がもっとたくさんほしいということかと思ったんですが、僕の手が、その、すごくきれいだから、見ているだけでも楽しいのよと」
「なるほど?」
「そのうちに、僕の顔を見るためにやってきた、と仰るようになりまして」
ここまでくれば、私にも推測ができるというものだ。
ローリーはリーリア王女のお気に入りのパティシエ。
加えて、彼女は無類のイケメン好き。
実はローリー、前髪で目元を隠しているものの、髪を上げたらものすごく整った顔立ちをしているのだ。
どちらかと言うと、可愛い系のイケメンで。
なら彼女はローリーの素顔を見たんだろう。
ところが。
「い、いえ、リーリア王女殿下に僕の素顔なんて、そんな……一度もお見せしたことはないです!」
「そう、なんですか……」
じゃあつまり、あのリーリア王女が、顔以外でローリーを気に入っているということになる。
だけど彼女は、美しいものや、優れた技術を純粋に評価する審美眼も持っている。
ローリーの素顔が分からなくても、彼が真剣にお菓子と向き合う職人としての姿に、彼女は顔の造形以上の魅力を感じ始めているのかもしれない。
しかも、
「ブレアさんの結婚式に参加する際の、エスコート役も、頼まれてしまいまして……」
うん、ならもう決まりだ。
道理でリーリア王女がおとなしいわけだ。
彼女の興味の矛先は、すでにオーウェンからローリーへと移りつつある。
そして何より、そんな話をしているローリー自身が、嫌そうにはしておらず、むしろとても嬉しそうだった。
リーリア王女は色々と難点もあるけど、根はとても素直だ。
ローリーもまた、自分の腕を真っ直ぐに評価してくれる彼女に心惹かれ始めているんだろう。
案外ローリーとはお似合いかもしれない。
もちろん、身分差のある王女の気まぐれがどこまで続くか分からないし、彼女の性格上、急にまた嵐を呼ぶ可能性はある。
警戒を解くつもりは毛頭ない。
けれど、もしこのまま彼らが本物の絆を育むようなことがあれば……。
あわよくば、ローリーを介してリーリア王女と仲良くなりたい。
そしてうちの商会で扱う商品の中で彼女のお気に入りの物があれば、やっぱり王女殿下御用達の文言を入れさせてほしい。
そうして、数々の懸念事項がクリアになっていく中。
ただ一つだけ、私にはどうしても頭から離れない、重たい案件が残されていた。
「……はぁ」
「ブレア?」
その日の夜。
恒例のシャレン食堂で夕食を食べていると、隣で相変わらずの鶏南蛮に舌鼓を打っていたオーウェンが、心配そうに声をかけてきた。
「どうした」
「え?」
「顔色がよくない」
私は一瞬、言葉に詰まる。
「……いえ、その」
「嫌なら無理に話さなくてもいいが」
「そういうわけでは、ないんですけど」
うーん、と考えた後、私はとある懸念事項について吐き出すことにした。
「……実は、お父様に呼び出しを食らいまして。結婚式が終わった翌日の昼……裁きの間へ来なさいって」
「裁きの間? それはまた……。罪人を裁く部屋、ということか?」
「まあ、私たちがそう呼んでるだけなんですけどね」
レイバン家の最も奥にある応接室――通称『裁きの間』。
あそこに呼ばれることは、レイバン家の人間であれば誰もが恐怖する。
私は隠しもせず重いため息を出すと、項垂れる。
「確実に、今回の件が原因なんですよね」
ミリス商会は、結果的にはレイバン商会の傘下に入った。
表面上は、丸く収まった形だ。
だけど。
「私の認識が甘かったせいで、ラリアンが怪我をしました。レイバン家にとって、利益や財を損なう可能性を生んだこと自体が罪なんです」
ラリアンは料理人だ。
お金ではないけど、彼もまた一つの財。
その財を危険に晒した。
加えて私は父に、ミリス商会を傘下に収めてほしいと頼んだ。
つまり今回は、親子であっても取引だ。
取引には、必ず見返りが要る。
「終わり良ければ全て良し、ってわけにはいかないんですよ」
私たちはみな、比較的自由を与えられ、レイバン家の名前を使って商売をする。
代わりに責任も全て背負わなければならない。
これはレイバン家が誕生してからずっと変わらない、鉄の掟なのだ。
私の話を黙って聞いていたオーウェンが、ふと口を開いた。
「今まで、レイバン家の人間はどんな罰を受けてきたんだ」
「そこ気になります?」
「そうだな。裁きの間、と言われている以上、それなりの罰なんだろう」
「ええ。とはいっても、身体を痛めつけられるようなことじゃないです。ただ、レイバン家の人間にとっては、とてつもない苦痛です」
直近でやらかしたダスティお兄様は、刑を言い渡された後、しばらく光のない虚ろな目をしてたっけ。
「とにかく、危害を加えられるとかではないので」
「それならいいが。……いや、やはりよくない。もし君が理不尽な理由で責められるようなことがあれば、その時は必ず俺を呼んでくれ。君の父親相手だろうと、俺はいつだって君の味方だ」
すごく真面目な顔でそう言ってくれるオーウェン。
彼の優しさにちょっとだけ頬を緩ませる。
「ふふっ、ありがとうございます。でも大丈夫ですよ」
「今回の件は、騎士団の責任でもあるからな。最初のギルバートの釈放があまりにも早すぎた」
「それはオーウェンのせいじゃないですし。それに、今の体制を変えるために、あなたは上に行くんでしょう?」
オーウェンはそうだなと小さく笑った。
「なら、期待していますよ。未来の騎士団総監」
腕を軽く小突くと、彼は自信に満ちた顔で言った。
「ああ、任せておけ」




