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婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第一部

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36.因縁の終わり



 騎士たちに押さえ込まれ、拘束された後もなお、ギルバートは喚き続けていた。


「こんな屈辱が許されるものか! 俺を誰だと思ってるんだ!」


 誰だと言われても、今はただの犯罪者なんだけど。

 私がそんなことを思っていると、ギルバートは顔をさらに真っ赤にして叫んだ。


「父上が黙っていないぞ! 貴様、ミリス商会を敵に回すつもりか!」


 予想通りの台詞だ。

 私は冷ややかな声で答えた。


「それは楽しみですね」


 そして、ゆっくりと視線を庭の入口へ向けた。


「――あなたのお父様が、どういう決断を下すのか」


 その言葉とほぼ同時に、庭の入口から一人の男が現れた。

 年の頃は五十前後。

 鋭い目つきと、隙のない立ち姿。

 ミリス商会の現当主、ローガン・ミリスだ。


「父上……!」


 ギルバートの顔にパッと歓喜の色が広がる。


「父上、見てください! こいつら、ミリスの敷地内に勝手に押し入って俺を不当に拘束したんです! 早くこいつらを追い出して――」


 だが、すがりつくような息子の叫びを、ローガンは冷徹な一瞥で切り捨てた。

 その視線は、愛おしい息子を見る目じゃない。

 底知れぬ怒りと失望に満ちたものだった。


「お前……自分が何をしたのか、本当に分かっているのか!」

「ち、違う、これは」

「黙れ、何も違わん! 儂はブレア嬢に呼ばれ、先ほどのやり取りをすべて見た。もう言い逃れはできん」

「っ!」


 その台詞で、ギルバートの言葉は止まった。

 ローガンはゆっくりと私に視線を向けると、頭を下げる。


「……うちの息子が、多大な迷惑をかけた。謝っても済む話でないことは分かっている」

「そうですね。もうその時期は過ぎましたから」


 入札の裏工作や料理人の引き抜きなど、商売上の妨害なら、まだルールの内側だった。

 正攻法で叩き潰す自信があったから、私たちもあえて見逃してきたのだ。


 だけど、今回は違う。

 ギルバートがしたことは全て、私の大切な部下を傷つける一線を越えた犯罪行為だ。

 それらを私が放置し、ローガンが息子に甘い態度を取り続けた、その結果がこれだ。


「さて、本題に入りましょうか」


 私は一歩前に出ると、口を開く。


「今回の件ですが、父に確認を取り、我がレイバン商会は一つの決断を下しました」


 一瞬の静寂。

 庭を囲むように立つ騎士たちの手元で、鎧が微かに擦れる冷たい音が響いた。

 逃げ場などどこにもないと告げるように。

 その重圧を背に受けながら、私はその内容を告げた。


「レイバン商会は、ミリス商会を吸収します」

「なっ!?」


 ギルバートが頓狂な声を上げた。


 対するローガンは、顔面を蒼白にさせ、わなわなと震える拳を強く握りしめた。


「……吸収、だと。賠償金や取引先の譲渡ではなく、ミリスの看板を完全に下ろせと」

「ええ。息子一人の暴走を止められず、闇組織を使って他商会へ危害を加えるような商会を、これ以上五大商家として存続させておくわけにはいきません」


 私の容赦のない通告に、ローガンはギリッと奥歯を噛み締める。


 ミリス商会は彼が人生をかけて育ててきたものだ。

 そう簡単に首を縦に振れないことは分かっている。


 だけど、彼は有能な商人でもある。

 言い逃れのできない証拠と騎士団に囲まれ、目の前の盤面が完全に詰んでいることは理解しているはずだった。


 重い沈黙が落ちる中、空気も読めずにギルバートが叫んだ。


「父上! 何を黙っているんですか! そんな提案を呑む必要なんてどこにも……」

「黙れえええっ!!」


 ローガンは息子の傍に近づくと、ギルバートの髪を掴んで無理やり彼の頭を持ち上げる。


「いいか! これはもはや儂がどうこうできる問題じゃない! そもそもお前はレイバン商会の本当の力を知らなすぎる!」

「レ、レイバン商会は確かに、大きな商会ですが、少なくともミリスだって王都の五大商家に数えられていて、同じく五大商家のレイバンと同格で」

「その認識が間違っているんだ。レイバン家は、儂らと同じ土俵に立っているように見えているだけだ。本気で潰しに来られれば、ミリス商会に勝ち目などない!」


 五大商家の一つには数えられているけど、レイバン家は、この国で間違いなく最大級の商家だ。


 だけど私たちは、普段から他家を潰して回るような真似はしない。

 好きなことを好きなようにやった結果として大きくなっただけで、面倒な管理を増やす趣味はないからだ。 


 でも、看過できない事態となれば話は別だ。

 彼らは今、見逃される限度を完全に超えたのだ。


 ローガンは力なく息子の髪から手を離す。

 数秒のうちに、一回りも老けたように見えるローガンは、力なく息子の髪から手を離し、がっくりと肩を落とした。


「分かった。受け入れよう。だが、せめて商会で働く者たちの雇用だけは……」


 彼が商会長としての最後の意地を見せ、頭を深く下げようとした、その時。

 ここで私は、ある取引を持ち掛ける。


「ただし――ローガン様。もし私のお願いを聞いていただけるなら、話は別です。ミリス商会を完全に吸収するのではなく、レイバン商会の傘下に収める形で手を打ちましょう」

「ほ、本当か!?」


 ローガンは勢いよく顔を上げ、期待を込めた瞳で見つめる。


 彼がこんな態度になるのは、吸収するのと傘下に入るのとでは大きくその待遇が異なるからだ。

 傘下の方がある程度の自治権が認められるし、自由度も高い。


 私はにこりと笑うと、お願いの内容を口にする。


「ギルバート様はこの後、牢に入れられ罪を償うことになります。ですが、前回のようにお金を積んで罪を軽くする、なんてことをされたら困るんです」


 私はそこで、視線だけで背後のオーウェンを指し示した。  


 抜身の剣を持ったまま静かにこちらを見守る中央騎士団の副隊長は、誰よりもまっすぐに、騎士団の腐敗を正そうとしている人だ。  


 ラリアンたちの身の安全のためだけじゃない――オーウェンが目指す正しい道のために、これ以上、お金で罪が揉み消されるような理不尽は、この私が許さない。


 ローガンの目が細くなる。

 彼は私の無言の圧力の意味を正しく理解したはずだ。


「そして、罪を償って釈放された場合でも、二度とレイバン家にも、私にも関わらないよう、きちんと対策を取ってください」


 ローガンはしばらく黙っていたけど、深く息を吐き、決意のこもった声で言った。


「……分かった」


 その瞬間ギルバートの顔が見る見る間に絶望に染まる。


「父上……そんな、私は……」


 だけどローガンの声は冷たかった。


「勘当はしない。だが、牢に入っても助けない。そして罪を償い、釈放されたら、お前の身はすぐに北の修道院へ送る」

「ま、待ってください父上! そんな、あそこはこの国でも一番厳しくて、入ったら二度と出ることを許されない――」

「お前にはちょうどいいだろう。お前はそこで一生を終えるのだ」

「そ、んな……」


 ギルバートの声が途切れた。

 その顔から、血の気が完全に引いていく。

 怒りも、傲慢さも、何もかもが全て崩れ落ちていくようだった。


 それを見届け、私はローガンに向き直る。


「では、私のお願いを聞いてもらえるということで。約束通り、ミリス商会のある程度の自治権は認めます。もちろん報告は逐一お願いしますね。ミリス商会の運営責任者も、これまで通りローガン様で構いません」


 正直、吸収することにならずに済んでほっとした。

 お父様もこの話をしたとき、『吸収は面倒だからできれば避けたい』とぼやいていたくらいだ。


 もちろん、傘下に入れば結局お父様が管理することになる。

 それでも丸ごと飲み込むよりは、ずっと楽だ。


 それに、ギルバートのことはお父様も以前から少し警戒していた。

 利益ではなく感情で動く人間は怖いから、気を抜くなよと、そう言われていたのだ。

 実際、その通りだった。

 そして彼をここまで調子に乗らせたことには、私にも責任がある。


 私がローガンに手を差し出すと、ローガンは力なく項垂れながらも、私の手を握った。


 ――こうして長く続いたギルバートとの戦いは、ここでようやく幕を閉じた。



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