34.重傷患者ブレア・レイバン
王都でも名の知れた治療院。
貴族や大商家の人間が怪我をした時、真っ先に運び込まれる場所だ。
その個室のベッドの上で、私はぐるぐる巻きの包帯に埋もれていた。
顔、首、腕。
見えるところはほとんど包帯。
右腕は吊られ、胸元にも大げさな固定具が当てられている。
鏡で見たときは、さすがに自分でもこれは重傷だ、と思った。
まあ、実際はかすり傷一つないんだけど。
「包帯、少しきつくありませんか?」
そばに立っていた看護師が小声で聞いてくる。
「大丈夫です。むしろもう少し痛々しく見えるくらいでもいいかもしれません」
「……さすがにこれ以上は巻く場所がありません」
困ったように言う看護師に、私は小さく笑う。
この部屋にいる医師と看護師は、今回の作戦の協力者だ。
もちろん騎士団にも話は通っている。
そして、ギルバートが指定したあの伝書鴉の時間に間に合うよう、レイバン商会から彼が懇意にしている取引先へ、ブレアが重傷を負ってここに運ばれたらしいという情報を意図的に流しておいた。
お父様にもあらかたの事情を説明したら、お前の手で落とし前は付けさせなさいとのことだった。
意訳すると、存分にやれと。
と、コンコンと小気味よく扉が叩かれた。
ギルバートがさっきこの治療院にやってきたという報告は受けている。
あの扉の向こうにいるのは間違いなく彼だろう。
医師が「どうぞ」と声をかけると、ゆっくりと扉が開いた。
さて、ここからが演技開始だ。
予想通りだったので内心全く驚いていないけど、表面上は信じられないと言わんばかりの顔を作る。
ギルバートは部屋の中へ一歩踏み込み、こちらを見るなり口元を愉快そうに歪めた。
「なんとも無様な姿になったものだな、ブレア・レイバン」
「ど、どうして、あなたがここに……」
「隠したって無駄だ。君が重傷で運ばれてきたことはすぐに俺の耳に入った。暴漢に襲われたんだって? 災難だったな!」
そう言いながらも、彼の顔にはこちらを気遣う素振りは全く見えなかった。
靴音をゆっくり鳴らしながらベッドまでやってきたギルバートは、包帯だらけの私の姿を上から下まで眺め回し、くつくつと喉を鳴らす。
「可哀想に。花嫁前だというのに、これでは人前にも出られないな」
私は何も言わず、視線を落とす。
こちらの反応に、ギルバートは喜びを隠しきれずに口元を緩ませる。
その後も心配するような言葉を並べ立てるものの、そこにははっきりとした悪意と歓喜の表情しか読み取れなかった。
ひとしきり耳当たりいいセリフを言い終わると、彼はわざとらしく首を傾げ、包帯に覆われた私の顔を覗き込む。
私は唇を噛み、顔を見られないようにただ黙ったまま俯いていた。
ギルバートはそれを見て、心底満足そうに笑う。
「その傷のせいで、あの男に捨てられないことを祈っておいてやる」
そう言い捨てると、彼は鼻歌交じりにくるりと踵を返し、軽い足取りで部屋を出ていった。
扉が閉まり足音が遠ざかっていくと、部屋の中に静けさが戻った。
数秒の沈黙の後、私はそっと顔を上げといつもの表情に戻る。
もう、しょげるブレアのふりは終わりだ。
一方で、私たちのやりとりを見ていた看護師は憤慨して叫ぶ。
「なんなんですか、あの男! 心にもないことをペラペラと……! よくブレア様は我慢できましたね」
看護師の言葉に、同じく医師も憤ったように頷く。
私は乾いた笑いを浮かべながら答える。
「彼の性格は今更ですから」
だけど、この場にオーウェンがいなくて本当に良かったと思う。
もし彼がいたら……昨日の宵鴉の時みたいに、静かに冷たくお怒りになったかもしれないから。
幸い、オーウェンはここにはいない。
今は次の作戦の準備のため、騎士団の詰め所に詰めているはずだ。
あとは糸を引き、本丸を引きずり出すだけだ。
次の舞台は、ミリス商会の別邸。
そこでギルバートには、私の部下を傷つけた代償はきっちり払ってもらう。




