表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第一部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/71

30.夜の闇に蠢く鴉



 中央騎士団の詰め所へオーウェンと移動した私は、来客用の応接室に通された。


 椅子に腰を下ろした私は、真っ直ぐに顔を上げ、さっきの出来事を頭の中で整理し始めた。  


 ラリアンを襲った男の手口。  

 料理人たちへの脅迫のタイミング。  

 そして――あの見せしめの手紙。


 私が無言でこれまでの情報を繋ぎ合わせていると、向かいに座ったオーウェンが、ふっと小さく息を吐いた。


「……もう大丈夫そうだな」


 その声には、私を心配しているような響きがあった。

 きっと彼は、私が後悔から立ち直って、いつもの私に戻るのを黙って待っていてくれたんだろう。


 だから私は彼の憂いを吹き飛ばすように笑った。


「はい、大丈夫ですよ。それにここからは、やり返す時間です」

「そうだな。君はそういう人だった」


 オーウェンは苦笑交じりに頷くと、すぐに騎士としての真剣な表情に戻った。  

 私も表情を引き締め、本題を切り出す。


「……今回の件、多分、ギルバートだとは思います。ただ、確たる証拠はないので推測になってしまうんですが」


 すると、私の憶測を聞いたオーウェンは、強い口調ではっきりと告げた。


「俺も君と同意見だ。騎士団としても、今回の件はギルバートが関わっている可能性が高いと見ている」


 ここで彼は、体を前に出して向かいに座る私に近づくと、声を潜める。


「実は最近、ギルバートがある連中と接触していたことが分かった。視界のきかない中、正確に彼の利き腕を狙ったことから考えても、今回ラリアン氏を襲ったのも彼らだろう。他にラリアン氏が犯人の特徴をいくつか思い出した」

「特徴?」

「ああ。目元を残して顔を布で覆っていたこと。それから一瞬、首のところに黒い羽根のタトゥーが見えたらしい」


 黒い羽根という単語で、何か思い出しそうになる。

 なんだったっけと頭を悩ませていたら、オーウェンが答えを教えてくれた。


「体のどこかにその特徴を刻む彼らは、『死を喰らう宵闇の鴉』――通称、宵鴉と呼ばれる集団だ」

「そうだ、それです。その宵鴉!」


 王都に存在する、とある闇の組織。

 体のどこかに黒い羽根の印を刻むその集団は、宵鴉と呼ばれている。

 王都の裏で脅迫や誘拐、暴力まで請け負う闇組織で、構成員はその強さ順に、別言語の数字名で呼ばれているらしい。


「確かメンバーはとある国の言語で、一から順番に、アイン、ツヴァイ、ドライ、フィーア……でしたっけ」

「ああ、そうだ」


 中央騎士団が彼らの行方を追っていることは私の耳にも入っていた。

 ということは、ラリアンを襲ったのは、ギルバートに依頼された彼らだということなのか。


 ……それにしても。

 

「あの、こんなこと、今言うべきじゃないとは分かっているんですが、言ってもいいですか」

 

 ここにはオーウェンしかいないけど、それでも念のため彼に確認したら、どうぞと目線で促された。

 私は遠慮なく、ずっともやもやしていたことを口にする。


「『死を喰らう宵闇の鴉』って名前、ちょっとダサくないですか」

「ごほっ」


 真剣なまなざしで私を見つめていたオーウェンが吹いた。


「でもあなたも思いませんでした? まるで思春期の男の子が考えたような、黒歴史感あふれる名前じゃないですか。宵鴉、だけならともかく。それでもなんというか」


 メンバーの名前を別言語の数字で呼ぶって言うのはまだいいとして、だったらせめて組織の名前もそれに合わせるべきじゃないだろうか。


「直訳にすると長いので、ドゥンケルラーベンとか、鴉だけならラーベとか」

「それは」


 オーウェンはわずかに目線を外しながら言った。


「騎士団でも何人か同じことを言っていたな。……俺を含めて」


 やっぱり考えることはみんな一緒のようだ。


「っ、話を戻してもいいか?」

「あ、はい、すみませんでした。どうぞ」


 気を取り直すようにオーウェンは一度咳払いすると、淡々とした口調に戻る。


「うちの情報網が掴んだ。ギルバートがそれらしき人物と接触しているところを見た人間がいる」

「黒づくめってことですか?」

「服装もそうだが、その男の手の甲に鴉の羽のタトゥーが刻まれていたらしいから間違いない。それはリーダーだろう。後もう一人、別の人物が背後に控えていたと」

「別の黒づくめと」

「いや、その男は……唯一顔が割れている、アインだ」


 アイン――つまり、組織で実質一番の実力者。

 本名は当然不明。年齢不詳。性別は男。

 他の構成員が黒装束や仮面で素性を隠しているのに対し、彼だけは堂々と顔を晒している唯一の例外だ。


 変装の達人であるらしいし、捕まっていないのは、それだけ自分に自信があるからだろう。


 もし本当にギルバートがそんな連中を使っているんだとしたら、なかなかに厄介かもしれない。

 だけど、私にはどうしても解せないことがあった。


「疑問があります。私の調べでは、彼は今、ローガン会長から実質的な軟禁状態に置かれ、商会の資金を凍結されているはずです。宵鴉を雇うような大金、いったいどこから捻出したのかと。それに、会長の監視の目をどうやってくぐり抜けたのか……」

「資金については不明だが、もう一つについては見当がつく」


 オーウェンは淡々と答えた。


「接触ルートは、彼が昔から入り浸っていた賭場のツテだろう。きな臭い連中がたむろする場所だ。数年前から目撃情報がある」

「そんな人たちとつるんでいたんですか……」


 さすがのローガンも、息子の泥臭い裏の交友関係までは把握しきれていなかったようだ。

 というか、まともな人間なら絶対に足を踏み入れない領域だ。


「それに、宵鴉の報酬は何も金である必要はない。宝石や装飾品……金目の物でも価値が認められれば依頼を受ける」


 だとすると、私物を売り払っている可能性はある。

 普段から無駄にじゃらじゃらさせていたから。


「おそらくですけど、料理人たちが誰も辞めない場合でも、ギルバートは諦めないと思います」

「……続けてくれ」

「店も、料理人たちも、今はかなり厳重に守られています。だから同じ方法で攻撃するのは難しいはずです。仮に相手が宵鴉であっても。だって中央騎士団は能力的にはかなり高いですし」


 これが近衛の大部分を占める実力のない高位貴族の騎士たちならともかく、中央はかなりの実力者揃いだ。

 まともな人間なら、そこを攻撃しようとは考えないはずだ。

 だけど。


「ギルバートは、まともな判断ができる状態じゃありません。そして彼の目的は、レストランのオープンや結婚式を失敗させて、私に恥をかかせることだと思います」


 でも残された時間はあまりない。

 そうなると、焦った彼が取りそうな行動は……。


「護衛の目を盗んで料理人たちを攻撃するより、同じ労力を使うなら私本人を傷つける方が手っ取り早いかと」

 

 オーウェンは何も言わない。

 ただ私をじっと見ている。

 その視線から目を逸らさず、私は言った。


「だからこういうのはどうでしょう。ズバリ、私が囮になる」

「そんなことだろうと思った。――却下だ」


 こちらの提案は読まれていたらしく、オーウェンは苦々しい顔ですぐにそう答えると、


「君の考えも理解はできる。確かに、例えば君の方の警備にあえて隙を作り、敵を誘導して君を襲わせて……という作戦は有効だろう」

「ならこの案で進めたら」

「だが、君を危険にさらす真似には賛成できない」


 まあ、彼のこの反応は想定済みだ。

 私がギルバートにあえて殴られに行った時だって、納得できないって言っていたし。


 だけど、ここは譲れない。

 私は、未だに苦い表情の残るオーウェンを見据える。


「今回の件で、私がもっと早く手を打つべきだったのは事実です。だからこそ、これ以上被害を広げたくありません」

「君は何も悪くない。悪いのは全てあの男だろう」

「それは否定しません。だけど、ここから先を止める責任は私にもあります」


 この店を作ると決めたのは私だ。

 ラリアンたちをあの店に呼んだのも私。

 だったら彼らを守るのも、当然私の仕事だ。


 しばらく沈黙が落ちる。

 やがてオーウェンが口を開いた。


「……相手は宵鴉だ。並の相手じゃない」

「分かっています」

「場合によってはアインが動く可能性もある」

「覚悟の上です」


 即答すると、彼はわずかに息を吐いた。


「相変わらず君は自分から無茶をしに行くんだな」

「褒めてます?」

「褒めていない」


 だけど、私はここで少しだけ口元を緩める。


「自分がそういう性格なのは認めますけど。でも、あなたがいるじゃないですか」


 オーウェンの眉がわずかに上がる。


「あなたが言ったんですよ。私が無茶をしそうになったり、危険な目に遭いそうになったら、自分が近くにいれば必ず助けるって。私はその言葉を信頼しているんですから。あなたは騎士団屈指の実力者ですし、オーウェンなら、たとえアイン相手でも勝てますよ」


 私は冗談めかして言ったけれど、その言葉は本心だった。


「なので……約束は守ってください」


 するとオーウェンは、少しだけ、呆れたように笑う。

 でも次の瞬間には、すぐに真面目な面持ちになる。


「もちろんだ。君には指一本触れさせない。たとえ相手がだれであろうとだ」

「オーウェン、その台詞騎士っぽいですね」

「だから俺は騎士なんだが」


 そんなやりとりをしながら、気がつけば私たちはどちらからともなく口を閉じ、しばらく互いを見つめた

ままだった。


 少しだけむず痒いような照れくさいようなそんな無言の空気が流れ、何か言わないとと息を吸った――その時だった。


 バン、と遠慮のない音とともに扉が開く。


「副隊長! 例のギルバートの件なんっすけど――」

「!?」


 入ってきたベイクは、私たちを見るなりぴたりと止まり、慌てて両手で目を覆う。


「あ、どうぞどうぞ! 俺、目つぶっとくんでそのまま続けてくださいっす!」

「何を言っている」


 ベイクは指の隙間からちらりとこちらを覗く。


「え、いい雰囲気だったからてっきりキスでもするんだとばかり。だって副隊長たちのイチャイチャっぷりは有名じゃないっすか」

「っ、違う! 大体、公私はわきまえる。こんなところでするわけがないだろう」


 オーウェンは咳払いを一つして、何事もなかったかのように背筋を正した。

 さっきまでの落ち着いた声とは少し違う。わずかに調子が崩れているのが分かる。


 だけどそれは私も同じだった。

 さっきまで部屋に流れていた空気は、なんとも言えないものだった。

 嫌じゃなかったけれど、こう、少しだけ落ち着かないというか。

 だからベイクの乱入に、正直ほっとしてしまったのも事実だ。


 そんなことを考えていると、オーウェンが改めてベイクへ視線を向けた。

 さっきの動揺はもう表に出ていない。


「それで、ギルバートに何か動きがあったのか?」

「あ、それなんっすけど」


 ベイクはぱっと仕事の顔に戻る。


「さっき、屋敷を出たのをうちの連中が確認しました。今、尾行をつけて追ってる最中っす」

「どこへ向かっている?」

「まだはっきりとは。とにかく何かわかり次第報告するっす」

「頼んだ」


 オーウェンの短い返事に、ベイクは「了解っす」と軽く手を上げて部屋を出ていった。


 だけど結局、その日の尾行は途中で撒かれてしまったらしい。

 あのギルバートに、と思わなくもなかったけど、どうやら途中で宵鴉側の人間と合流し、尾行を切るよう誘導されたようだった。


 さすがに今は警戒して動いているんだろう。 

 でも、屋敷を出る時、ギルバートはひどく苛立っていたらしいのに、戻ってきた時にはどこか楽しそうな顔をしていたという。


 つまりあの男は、何かを仕掛けるつもりで動いていると考えた方がいい。

 だったら、こちらもそれを利用するしかない。


 こうして私は、中央騎士団の面々とともに、敵を引きずり出すための作戦を立てることになった。


 ――ギルバートを捕まえるための、囮作戦を。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ