3.合理的なプロポーズ
私の提案に、オーウェンは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
完全に思考が止まったような表情だ。
私がじっと見つめていると、オーウェンは目を細める。
「……待て。本気で言っているのか?」
「すこぶる本気です」
私が即答すると、彼は眉間に皺を寄せた。
「君の言う通り、俺の悩みは確かに解消される」
「はい。私なら、王女相手でも問題ありませんし。それに私だって、縁談を断り続ける時間が丸々戻ってきます。これ以上ない妙案だと思いますが」
レイバン家は貴族ではないけど、王都でも力を持つ商家だ。
両陛下も、レイバン家が五大商家の中でも特に大きな影響力を持つ商家だと、十分承知している。
リーリア王女をきっと、抑えてくれるはずだ。
さすがにこちらを敵には回さないだろう。
だからこの提案は、十分理にかなっている。
なのに、オーウェンの顔は渋いままだ。
すぐに頷いてくれると思っていた私は、少しだけ首を傾げた。
「貴族ではない人間の血を混ぜるのはだめだと、ご両親に反対されますか?」
「それはない。俺は次男だし、政略の縛りが薄い分結婚相手は自由にしてもいいと言われている。そうでなくとも、相手の身分で優劣をつける家じゃないからな」
「ですよね」
ハーヴェスト家は貴族の中でも、かなり柔軟な考えを持つ家として有名だから。
そして私も、結婚相手は自分で決めろと言われて育てられてきた。
その相手が評判のいいオーウェンなら、我が家が反対することはない。
もしくは、私の父が以前ハーヴェスト侯爵と揉めたことがあるので、それが原因かと尋ねても、オーウェンはすぐに否定した。
「それなら何も問題はないように思えますけど」
私がじっと見ていると、オーウェンは小さく息を吐き、眉間の皺を深くしたまま口を開く。
「……ブレア。君の提案は、理屈としては正しい」
「では、何が引っかかっているんですか?」
なぜだろうと考えていたら、その理由にたどり着く。
私ははっとして小さく手を打った。
「そうでした。オーウェンにも好みはありますよね」
「は……? 何の話だ」
「え? オーウェンが私を結婚相手として見られないんじゃ」
「そんなことは一言も言ってないだろう」
「ですが、さっき微妙な顔してたじゃないですか」
「微妙って……あれは、君の結婚相手をそんなに簡単に決めていいのかと思っただけだ」
「そうなんですか? もう少し大人っぽい美女がいいとか、もしくは可憐な見た目がいいとか」
「そうじゃない。君を結婚相手として見られない、ということはないし、第一、ブレアのことは普通に可愛いと思っている」
オーウェンは、きっぱりと言い切った。
彼の表情から察するに、嘘はないように思う。
まさかそんなふうに思っていたなんて知らなかったので、ちょっとびっくりする。
「なるほど」
私は一つ頷いた。
「つまり、私の見た目が原因で躊躇していたわけではない、と」
「断じて違う」
それは良かった。
もしも見た目がお気に召さないのなら、化粧でオーウェン好みの女性に化けるくらいしか対策がなかったから。
そのタイミングで、私はふと思い出した。
「そういえば、さっき、言っていましたよね。私が結婚相手を簡単に決めていいのかって」
「……ああ」
私は、言葉を選ぶように一拍置いてから続けた。
「別に私は、条件が合えば誰でもいいってわけじゃないですよ」
「そうなのか?」
「はい。私がこの話を持ち掛けたのは、他ならないオーウェンだからです。あなたとなら、尊敬し合って、無理なく暮らしていけると思ったんです」
――彼と初めて出会ったのは、四年前。
この食堂で偶然食事を取ったことがきっかけだ。
それ以来、ここで顔を合わせたら話をするようになった。
時間を決めて待ち合わせするわけでもなく、この場所以外で会うことはない。
それに私たちの間には、一般的な恋人や夫婦にあるような燃え上がる情熱も、恋慕の情もない。
それでもオーウェンとは、出会ってから今まで、いろんな話をしてきた。
彼の仕事への情熱も理解できるし、価値観だって似ている。
それもあって、仕事の話やプライベートの悩みまで気兼ねなく話せる、非常に貴重な友人なのだ。
何より私は、オーウェンのことを尊敬しているのだ。
それこそ、この場でプロポーズするほどには、私は彼のことを人間的に好ましく思っている。
自分の気持ちを正直に伝えたら、オーウェンは一瞬だけふっと目元を和らげた。
「そうだな。……多分、俺も同じ気持ちではあると思う。ブレアとは、言葉にするのは難しいが、こう、うまくやっていける気がする」
「ならどうして未だにそんな渋い顔をしているんですか」
「この結婚、俺にばかり都合がよすぎないかと思ってな」
オーウェンは視線を落とし、苦い顔のまま続ける。
「俺は君と婚姻関係を結ぶことで王女殿下を断れる。仕事にも集中できる」
「はい」
「だが君はどうだ。縁談が減る以外に、何を得る?」
「私へ持ち込まれる縁談話は確実になくなりますから、その対処に費やしていた時間が丸ごと戻ってきます。あと定期的にやってくるギルバートの相手をせずに済みます」
「しかし、君にとっての益なんてそれだけだ。その上、リーリア王女は諦めずに君に接触してくるかもしれない。俺の後始末を、君にさせるのはさすがに申し訳が立たないぞ」
「うーん……」
たとえ何度リーリア王女が突撃してこようが何とか対処できるとは思うし、私としてはそこまで面倒には思っていないんだけど。
だってリーリア王女は、こう言ってはなんだけどかなり分かりやすい。
ギルバートと似ているように見えるけど、リーリア王女の方が扱いは簡単だ。
だからどんな手を使ってくるかは読めるし、対処も可能だ。
あと、彼女の審美眼には私も目を見張るものがあるので、個人的にはお近づきになりたい。
そう言ってもオーウェンは納得しないだろうなぁ。
と。
「あ、それなら、こういうのはどうですか?」
ここで私は、オーウェンの罪悪感を軽くする、加えて私にも益になる案を一つ思いついた。
「オーウェン。ハーヴェスト領で採れる野菜とか果物あるじゃないですか」
オーウェンが眉をひそめる。
「それがどうした」
「それをですね、今度私が手掛けるレストランに、定期的に卸させてほしいんです」
ハーヴェスト領は王都近郊でも質の高い農作物の産地として知られている。
味も良く、料理人たちの評価も高い。
「父がハーヴェスト侯爵と揉めたせいで、前は仕入れを断られました。でもあなたがいれば、話がまとまるはずです。ハーヴェスト家にとっても、悪い話ではないでしょう」
そして私はにこりと笑う。
「つまり――この結婚は、私にとっても十分に得をする話なんです」
「……君は本当に、商家の娘らしいな」
「当然です。レイバン家に生まれた以上、利益を追求するのは義務であり至上の喜びでもありますから」
私が当然のように頷くと、オーウェンは小さく息を吐いた。
「分かった。俺から話してみる。君のために力を尽くそう」
「ありがとうございます」
私は満足げに頷いた。
「ではこれで、オーウェンの『俺ばかり得をしている』問題は解決ですね。それで、どうします? まだ渋い顔を続けますか?」
「……いや」
オーウェンは小さく首を横に振った。
「そこまで言われたら、俺も腹を括る」
「良かったです」
私はにこりと笑う。
対するオーウェンは、迷いを吹っ切ったような顔になると、まっすぐ背筋を正し、真面目な声音で言った。
「君の提案を受けよう。――結婚しよう、ブレア」
「はい、しましょうしましょう」
私があっさりと頷くと、オーウェンは苦笑いを浮かべた。
「返答が軽いな」
「えー、じゃあ真面目に答えましょうか。ゴホン、あー、オーウェン、王女殿下や、その他諸々から必ずやあなたの貞操をこの私がお守りしてみせましょう。安心して私の手を取ってください」
「……ブレアが男前すぎるんだが」
「いいじゃないですか。普段はたくさんの人を守っているんですし、たまには守られる立場に立つのもいいかと思いますよ」
「嬉しくない、わけでもないが、複雑な心境だな。とはいえ、面倒ごとがあれば君も遠慮なく俺を頼ってほしい」
そんな会話をしつつ、私はカバンから一枚の真っ白い紙を取り出す。
「では、オーウェンが食事を終えたら、奥の部屋を借りてさっそく細かい条件を詰めましょうか。今夜中にあらかたの条件を詰めていた方が楽ですよね」
「展開が早いな」
時間は有限だ。
まして私たちはお互いに忙しい身の上。
できるうちに進められることは、進めておかないと。
オーウェンは一瞬呆然としたあと、諦めたように肩をすくめた。
「本当に君には敵わない」
こうして私とオーウェンは結婚を決め、その日のうちに結婚契約書(仮)の作成に取りかかることになった。




