2.ブレアの提案
あの夜会から二週間後。
私は王都の食堂で、閉店間際の遅い夕食を取っていた。
人もまばらなカウンターの一番奥が、いつもの私の定位置だ。
湯気の立つコーンスープを口に運びながら、リニア領産のコーンは美味しいけど輸送費が難点だな、と考えていた時だった。
「ブレア、可能なら俺に何か知恵を貸してほしい……」
いつの間にか隣にやってきたオーウェンが、開口一番そう話しかけてきた。
オーウェンと顔を合わせるのは、あの夜会以来だ。
彼はハーヴェスト侯爵家の次男で、王都を守護する中央騎士団の第二小隊に所属する、若き副隊長だ。
銀灰色の髪と鮮やかな緑の瞳を持つ、放っておいても人目を引く美丈夫だけど、今日の彼はどう見ても疲れ切っていた。
やつれたイケメンというのも需要はありそうだけど、からかえる雰囲気でもなかった。
「とりあえず、何があったのか教えてもらえませんか?」
私は、オーウェンがいつものメニューを店主に頼んだのを待ってから、彼にそう促した。
そして店主が厨房に引っ込んだのを見計らってから、ようやく彼は話し始めた。
「……最近リーリア王女から求婚され続けてるという話は、覚えてるか?」
オーウェンの言葉に私は頷く。
昔から彼は、ちょっと厄介な女性に好かれやすいのは知っていた。
最近オーウェンにご執心なのは、この国の第二王女リーリア殿下。
美しいけど我儘で男好きとして有名な王女で、簡単に靡かないオーウェンをいたく気に入ってしまったらしい。
なんとも災難な話である。
一カ月前に、この食堂で食事を取りながらオーウェンが話していたのを、ちゃんと覚えている。
この間の夜会だって、彼女はオーウェンにべったりだったし。
「それで、その王女様関係で何か悪い進展があったんですか?」
半ば確信めいて私が質問すると、オーウェンは絶望の滲んだ表情になった。
「ああ、その通りだ」
「詰め所に押しかけてきた、とか?」
「ここ一週間、毎日王女は顔を出しているな。半日は離れない」
既にそこまで進んでいたのか。
王族教育そっちのけで通い詰めているのだとしたら、迷惑にもほどがある。
「だが、今日は特にひどかった。訓練場にまで押しかけてきて、模擬戦の邪魔になる有様でな。俺が注意をしても一向に聞く耳を持たないし……だから、つい言ってしまったんだ」
「なんて?」
「……実は近々結婚を考えている恋人がいる。王女殿下との結婚は考えられない、と。そうしたら、一度会わせてほしいから連れてこいと命じられた」
私は目を瞬かせる。
「知らなかったです、オーウェンにそんな女性がいただなんて」
「奇遇だな、ブレア。俺も初耳だった」
冗談めかした言い方だったが、彼は笑ってはいなかった。
「最悪だ。とんだ失言だ。なんであんなことを言ってしまったんだ俺は……」
「よっぽど疲れていたんですね」
頭を抱えて過去の発言を悔やむオーウェンに対し、元気を出せとばかりに、私は彼の肩を叩く。
「否定はしない。夜勤明けの寝不足もあっただろうが……。そもそも、彼女が来ると仕事が滞るんだ。だが以前きつく追い返した時は、両陛下から『もう少し穏便に対処できなかったのか』と注意を受けてしまった。王女殿下の機嫌を損ねれば、騎士団との関係にも差し障る、と」
「それ普通に脅しじゃないですか」
オーウェンは拳を強く握りしめ、低く息を吐いた。
「……俺は、ただ仕事をしたいだけなんだ。副隊長としてやるべきことは山ほどある。なのに、私情で現場を荒らされるのは……正直、限界だ」
私は彼の言葉に同調するように、思わず深く頷いていた。
「余計なことに時間を取られるのって、何よりのストレスですよね」
「ああ、まったくだ」
彼の気持ちは痛いほど分かる。
まして最近の私は、オーウェンよりひどくはないとはいえ、似たような状況に置かれているから。
思い出して思わずげっそりとした顔になった私を見て、オーウェンが気遣うような声を出す。
「……また増えていたのか、縁談話」
「はい。ひっきりなしです。断るだけで時間が溶けていきます。……その時間を仕事に回したいのに」
レイバン家と縁を結びたい人間は多く、縁談が絶えないだけでも面倒なのに、最近はそれに加えて、厄介な案件まで加わっていた。
「ギルバートが、顔を見る度に絡んでくるんですよね……」
「君がこの間撃退していた、あのギルバート・ミリスのことか?」
私は頷くと、ギルバートがどういうことをするのか話す。
未だに婚約者がいないのは、やっぱり自分のことが好きなんじゃないかと迫ってきたり、近々必ず私と婚約すると吹聴していたり。
彼の暴走はある程度予想していたとはいえ、はっきり言ってその対応が面倒くさい。
するとオーウェンは、ますます混乱したような表情になった。
「君も君で災難だな」
「本当に。だから最近は、いっそ誰かと結婚してしまえば、こういう面倒事をまとめて片づけられるんじゃないかと本気で思うようになりました」
そこまで言ってから、私は軽く首を振る。
「……と、今は私の話をしている場合じゃありませんでしたね」
私はため息を吐いてから、改めて話を戻した。
「で。私に知恵を貸してほしいというのは、今回の件の切り抜け方で合ってますか?」
この問いかけに、オーウェンは小さく頷いた。
私はスプーンを置き、顎に指を添えて少し考える。
結婚を考えている恋人がいるという発言は、その場をやり過ごすための苦し紛れの嘘だ。
だけど、相手が悪すぎた。
リーリア王女が「会わせろ」と言った以上、誤魔化し続けるのは難しい。
恋人を連れて行けなければ嘘を責められ、連れて行ったら行ったで相手に圧をかけて潰そうとするだろう。
しかも、その場を切り抜けても終わりじゃない。
結婚を考えている相手がいると言ってしまっているし、このままだと実際に結婚しなければ、王女の求婚はまた始まるだろう。
最悪、侯爵家に圧がかかり、縁談そのものを断れなくなる未来すらある。
――つまり、この問題を根本から解決する方法は一つしかない。
本当に、誰かと結婚してしまうことだ。
しかも、王女に対抗できる立場を持ち、事情を理解した上でその役を引き受けられる人物と。
そんな人間が都合よくいるはずがない。
「なるほど、詰んでますね」
「だから君に相談しているんだ」
なんとかして他の方法はないものか……。
うーんと声を上げながら考えていた私だったけど、その時、はたと気づいた。
……いや、待って。
一人いるじゃないか。
その条件にピッタリの人間が、今この場に。
そうすれば、オーウェンはリーリア王女から解放されるし、私だって……。
思わず私は、オーウェンへと視線を向ける。
未だにエメラルドの瞳に光は戻らず、ついに木目の数まで数え始めるという末期症状を見せ始めた彼は、気づいていない。
今まさに、私の中で一つの結論が形になろうとしていることを。
私は、軽く咳払いをしてから口を開いた。
「オーウェン」
「……なんだ」
「実はあなたの今の状況を覆せる、最適な解を見つけたんですけど」
怪訝な表情になるオーウェンに、私はにこりと笑って告げた。
「というわけでオーウェン。私と結婚しませんか?」




