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婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第一部

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27.嵐の前の静けさ



 私とオーウェンの公開デートは、想像以上に効果があった。

 騎士団周辺を騒がせていた彼のファンたちもどうやら沈静化し、リーリア王女も今のところ大きな動きはない。


 ノーラお義姉様のドレスはすでに完成し、試着も済んだ。

 指輪だけは私の注文が少し面倒だったせいで、完成は式の前日になりそうだという。

 

 そして、結婚式まで残り一カ月を切った頃。

 冬の風が徐々に春の温かさをまとい始めたある日、出来上がった厨房で、私はシェフたちとの打ち合わせをしていた。


「これだけ並ぶと圧巻の一言ですね!」


 長いテーブルの上には、試作料理がずらりと並んでいる。


 例えば、黒パンと胡桃、乾燥キノコや焼いた麦を砕き、本物の土のように仕立てた食べられる土。

 その上にハーヴェスト領で採れた甘みの強い野菜を軽くボイルしたものを並べ、畑を表現した一品。


 見た目はショートケーキなのに、中は野菜と鶏肉のムースを重ねた前菜。


 他にも、石に見せかけた牛フィレなど、見た目でも味でも驚かせる料理が並び、厨房には湯気と香りが満ちていた。


 その中心に立っているのが、この店の要となる人物。

 私が是非にと熱望して口説き落とし、スターシェフとして迎えた、ラリアン・ヴァイスだ。

 王城の専属料理長を務めたこともあり、料理界では知らない者はいないと言われるほどの腕を持つ男だ。


「ボスが使ってみろと言ってきたこの香辛料だが、実に面白い。ワサビや山椒は味がしまるし、柚子は香りが立つ。生姜もなかなかにパンチが効いている」


 ラリアンは皿を前に腕を組みながら、実際に楽しそうに口角を上げる。

 それに対し私は苦笑を浮かべる。


「それはいいんですが、いい加減そのボスって言い方やめてもらえませんか?」


 しかしラリアンは、がははと笑って豪快に私のお願いを吹き飛ばす。


「そりゃあ無理だ!」

「厨房の主はあなたですよ。ラリアンさんにはすべての権限を与えているんですから」

「それでもこの店の頭は間違いなくボスだからな。呼び方は変えないぞ」


 料理人とは往々にして頑固者だと思っている。だからこそ、美味しいをとことん追求できるんだろうけど。

 つまり、彼が私をボスと呼ぶと決めたのなら、それは覆らないってことだ。


 もうこの呼び方は諦めるしかないのだろう、と私がため息をついた瞬間、ラリアンに釣られるように他のシェフたちまで一斉に「ボス!」と声を上げた。


「あーもう……」


 思わず、こめかみを押さえる。

 最初はラリアンだけだったはずなのに、気づけば厨房中に広がってしまっている。

 もう、ボス呼びを受け入れるしかないみたいだ。


 厨房が楽しそうに回っているなら、それでもいいか。

 そう割り切ることにした。


 改めて、この厨房に集まっている顔ぶれを見渡す。 

 

 ラリアンだけじゃなくて、この店にいるシェフは、全員腕が立つ。

 正直に言えば、彼らをここに連れてくるのは結構大変だった。

 給与も待遇も、他よりも圧倒的にいい物を提示した。

 それだけじゃ動かない人たちばかりだから、彼らがいる店に通って口説き落とした日々が懐かしい。

 他にも、今日は来ていないけど、ソムリエやホールのスタッフも、私が厳選した人たちばかりだ。


 そうして半日ほど使った試食会を終え、ラリアンたちを中に残して私はレストランの外へ出た。

 すると、入口の近くに見慣れた背の高い男が立っているのが目に入る。


「……オーウェン?」

「終わったのか」


 近づいてきた彼を見て、私は少し首を傾げた。

 珍しいこともあるものだ。

 彼はいつもの騎士団の制服ではなく、私服だ。

 ただし、公開デートの日のような王子様めいた装いではなく、もっと落ち着いた服だった。


「今日は仕事じゃないんですか?」

「いや、このあと個人的な食事会があるんだ」


 そう言いながら、オーウェンは当然のように私の横に並ぶ。


「自宅に戻るのか?」

「いえ、商会に」

「ならそこまで行こう」

「食事会の会場は?」

「五番街のル・ヴァンテールだ」

「レイバン商会のレストラン利用ありがとうございます……って、こことは反対方向じゃないですか」


 どう考えても私に会いにここまで足を運んでいる。

 まあ、それを指摘するのも野暮だろう。

 

「じゃあ私を目的地までエスコートお願いします」

「無論だ」


 周囲の目があるので、溺愛仕様の笑顔を浮かべてお互いにそう言うと、どちらからともなしに手を繋いで歩き出す。

 

 ちなみにあの一日デート以来、オーウェンとちゃん としたデートはしていない。

 そもそも目的は達成されたし、お互い忙しくてなかなか時間も合わないから。

 それでも、こうしてタイミングが合えば送り迎えをしてくれたり、シャレン食堂で一緒に食事をしたりする関係は、今も変わらず続いている。


「食事会って、誰とですか?」

「近衛騎士団のヒューゴだ。他にも数人いるが」

「近衛の? リーリア王女付きの騎士ですよね」

「ああ。あいつは昔から、近衛の中では比較的まともな男だ。中央騎士団との軋轢も特に持っていない。だからたまに食事をする仲なんだ」


 彼はオーウェンと同じく侯爵家の出身のはずだし、領地も比較的近かった気がする。

 なら昔なじみの友人と言ったところか。

 とはいえ、この時期に近衛と食事となると理由は大体想像がつく。


「もしかして結婚式の関係ですか?」


 と尋ねると、オーウェンは素直に認めた。


「当日は中央騎士団と近衛が連携する場面もあるだろう。事前に顔を合わせておくのは悪くない。ましてリーリア王女の動向は、しっかり共有してほしいからな」

「ついでにヒューゴ様以外の近衛の方たちと個人的に親交を深めると」


 オーウェンは何も言わず、ふっと小さく笑った。

 はいはい、察しろってことか。


 実際、オーウェンが上に行くためには、中央騎士団と仲があまり良好じゃない近衛騎士団をどうにかする必要がある。

 一番手っ取り早いのは、力で近衛をねじ伏せることだけど、実質的な権力はあっちの方が強いからまず無理だ。

 それなら、少しずつ近衛側にも人脈を作っていくやり方は間違っていない。


「相変わらず、地固めが丁寧ですね」

「そうか?」

「ええ。私はそういうの、嫌いじゃないですよ」


 そう言うと、オーウェンは少しだけ嬉しそうに笑った。

 そして彼は、その柔らかい表情のまま話題を変えてきた。


「そうだ、君は最近どうなんだ? ずっと忙しそうだが」

「明日から一週間、バリエスに行ってきます」


 私は少しうきうきした口調で続ける。


「バリエスには小さな湖があるんですが、その周辺を湖ごとすでに買い取っているんです」

「……湖を?」

「はい。そこに、大規模な宿泊施設を作る予定なんです」

 

 オーウェンの瞳がわずかに輝く。


「なかなか面白い試みだな。あの地方は貴族や富裕層の別荘も集まる人気の避暑地だ。ハーヴェスト家もそこに別邸を持っている」

「はい、レイバン家もあります」


 王都の本邸よりはこじんまりしているけど、立派な外観と内装を備えている。

 ただし、我が家の人間がそこを使うことはほとんどない。

 避暑地でゆっくり休暇を楽しむ暇があるなら、新しい商売のタネを探しに回る方が好きな一族なもので。

 だからそこは、もっぱら宿泊施設として貸し出している。


「湖での遊覧とか、釣りとか。透明度も高いので泳げますし。あと夜は星が綺麗らしいので、テラスディナーもいいかなって」


 まだまだ計画の段階だけど、ありきたりな物じゃなくて、あっと驚くことを考えたい。

 こちらの事業は、私とダスティお兄様との共同になるので、色々と話を詰めないと。


 それでも頭の中で、ああでもないこうでもないと考えていたら、オーウェンの呆れたような、苦笑交じりの声が降ってきた。


「……結婚式まで一カ月を切っているのに、相変わらず精力的に働くな君は」

「当たり前じゃないですか! 商機は待ってくれませんから。動きたい時に動くのは鉄則です。それに、結婚式とレストランの準備は順調ですから」


 ミリス商会の動きも一応は追っているけど、今のところ目立った動きはない。

 

 私の調べたところによれば、あのボヤ騒ぎの一件以来、ギルバートはローガン会長の命によって実質的な軟禁状態に置かれ、商会の金庫へのアクセスも完全に絶たれているらしい。


 これ以上の悪手を重ねることは物理的に不可能だろう。


 すべてが完璧に進んでいる。


 ――そう思っていたのは、私の油断だった。


 なぜならその一週間後、視察のためバリエスを訪れていた私に、緊急を要する手紙がリアン叔父様から届いたからだ。

 

 そこには叔父様にしては珍しく乱れた文字で、こう書いてあった。


『ラリアン・ヴァイスが何者かに襲われ負傷。至急戻ってきてください』



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