24.溺愛恋人の一日デート(「あーん」と寄り道の指輪店)
月に一度開かれる祝祭市は、予想以上の人出だった。
屋台の煙、甘い菓子の匂い、楽隊の軽快な演奏。
広場は祝祭らしい浮き立つ空気に包まれている。
私はオーウェンの腕に絡みつきながら、さりげなく人通りの多い通路を選ぶ。
「あれ、副隊長じゃない?」
「隣がブレア嬢……!」
ざわめきが広がると、オーウェンは待っていたかのように調整済みの笑顔を浮かべた。 うん、いい感じだ。
それを確認しながら、私たちはぐるりと見て回る。
「何か食べるか?」
「ええ。あそこ、串焼きが美味しそうです」
私たちは屋台の前に並び、焼きたてを一本受け取る
と、すぐに香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
私は迷わず串を持ち上げる。
「はい、あーん」
彼の動きがわずかに止まる。続いて瞳が動揺で揺れる。
とはいえ、その変化に気づけるのは至近距離にいる私くらいで、周囲が疑うことはないだろう。
オーウェンはすぐさま口を開くと、ぱくりと肉を食べる。
そうしたら私たちの動向を興味深々と言わんばかりに見ていた周囲が、一斉にざわめく。
「まぁ、あの二人、本当に仲が良いのねぇ」
「見てるこっちが恥ずかしくなるくらいラブラブだわ」
「騎士団の堅物副隊長が、あんな顔するなんて。ブレアさん、すごいわね」
彼らの評価に私は満足げに頷き、ダメ押しとばかりにもう一口彼の口に近づける。
「あーん」
あ、オーウェンの眉がぴくぴくしだしたと同時に、笑顔が引きつりかける。
私はすぐさま目で訴える。
(オーウェン、顔が崩れそうです。ちゃんと愛しの恋人に向ける満面の笑顔を作ってくださ
い)
(す、すまない !)
オーウェンはすぐに持ち直し、完璧な微笑みで二口目も受け入れた。
その後も何度か繰り返すたび、彼は微妙に真顔になりかけ、そのたびに私が目線で修正を入れる。
ここまで散々恋人らしく振る舞ってきたのに、この「あーん」だけはどうにも慣れないらしい。
彼の羞恥心の基準は、よく分からない。
けれど、周囲の反応を見る限り、効果は抜群だった。
続いてレイバン商会の管轄するカフェへと行き、人目が最も多いテラス席で存分に二人の世界に入り込む恋人を演じる。
ここでも同じくあーんを続け、周囲に存分に見せつける。
それから王都をぶらぶらと散策していたんだけど、とあるお店の前を通りかかった瞬間、私は足を止めた。
視線の先にあるのは、見慣れた紋章。
レイバン家管轄のアクセサリーショップだ。
――そうだった。
「オーウェン、私たち、まだ指輪を選んでいません!」
偽装であっても、結婚指輪は必要だ。
式で交換するためでもあるし、日常的に身につけていれば既婚者だと一目で分かる。
余計な言い寄りや憶測を減らすには、あれほど便利なものもない。
時計を確認すると、まだ劇が始まるまで時間はある。
「ちょうどいい機会だ。今から寄るか」
「そうしましょう」
ただ時間を潰しながら王都を彷徨っていただけなので、異論はない。
それに、この店に二人で入る姿を見られるだけでも十分な宣伝になる。
立地のいい場所だし、実際に中に入る間際、多くの通行人からの視線を感じたから。
店内に入ると、顔なじみの店員であるウィズがすぐに気づいてくれた。
「ブレア様! 本日は……」
彼の視線が自然にオーウェンへ向き、理解したように目を見開く。
「こんにちは、ウィズ。実は私たちの結婚指輪を探しています」
そう告げると、ウィズはにこやかに微笑み、すぐに別室へ案内してくれた。
通されたのは柔らかな照明の落ち着いた部屋で、テーブルの上にはすぐにいくつもの指輪が並べられる。
「この辺りが売れ筋の商品でございます。既製品のほか、オーダーも可能です。式は半年後、でお間違いなかったでしょうか」
「はい」
「今からでしたら、十分間に合います」
私たちはぴったりと寄り添いながらも、真剣な顔で指輪を眺める。
宝石付きや彫金入り、細身で華奢なものから厚みのあるものまで、並ぶ指輪は実に様々だった。
素材も色合いも幅広く、華やかな金色から落ち着いた銀色までひと通り揃っている。
うーん、分からないなぁ。
いや、素材の良し悪しは分かるけど、何を付けたいとか、どういうのが趣味かと聞かれると、さっぱり答えが浮かばない。
正直に言えば、私はどれでも構わないし。
つけていると分かればそれで十分だ。
ちらりとオーウェンの横顔を盗み見ると、彼も戸惑いがちに指輪を端から順に眺めている。
「少し二人でご相談なさいますか?」
そう言ってウィズが気を利かせて席を外してくれた。
扉が閉まると、私は率直に意見を言った。
「オーウェン、私は何でもいいですよ。指輪に見える、という条件さえ満たしていれば」
「随分あっさりしているな。一般的にこういう指輪選びというものは、女性の好みが出てくるものなんじゃないのか?」
「お母様あたりは好きでしょうけど、私は興味がないだけです。それで、あなたはどうですか?」
オーウェンはしばし並べられた指輪を眺め、それから言った。
「俺も君と似たような意見だ。デザインにこだわりはない。ただ一つだけ可能なら――」
「はい」
「とにかく丈夫な素材がいい」
「というと、硬度が高い物とか」
「騎士をしている以上、剣をふるっている最中に傷つく可能性がある。だからなるべく傷がつきにくい方がいいな。同じ理由で、簡単に歪むものも避けたい」
なんというか、あまりにもオーウェンらしすぎる理由で、私は小さく笑う。
「分かりました。ではそれで」
方向性は決まったので、ウィズを呼び戻して要望を伝える。
「非常に硬度が高く、傷つきにくく、歪みにくい素材で。日常の使用はもちろん、衝撃にも強いものとなると、どういった素材がありますか」
が、私の言葉に、なぜかウィズは目をぱちくりとさせる。
「……壊れない素材を、ですか」
「はい」
そしてウィズはなぜかここで口元をわなわなさせ、震える声で言った。
「つまり、壊れないほど強い愛の絆の証をお求めということですね……!」
「…………」
「…………」
私とオーウェンは、思わず顔を見合わせる。
……ただ純粋に硬度を求めただけで、まったくもってそんなつもりじゃなかったけど。
でもここで彼の推測に水を差すのも違う気がした。
というか、その理由にしといた方が、いかにもお互いを強く想い合う恋人同士っぽくていいと判断した私たちは、全力で乗っかることにした。
私はそっと微笑み、オーウェンの手を取る。
「ええ。そう、壊れないものがいいんです」
ここで意図的に声を少しだけ柔らかく落とす。
「私たちの想いも、そう簡単には揺らぎませんから」
ウィズが小さく息を呑むと、すかさずオーウェンが続けた。
「彼女と歩むと決めた以上、簡単に折れるつもりはない。それを証明できる指輪が欲しいんだ」
甘さの中に静かな強さを込めた声音に、ウィズは完全に感極まった顔で拍手をする。
「なんて……なんて素晴らしいんでしょう……! この店に配属されて早十五年、このウィズ、これほどまでに心を熱くなったことはございません! 分かりました、ではお二人のご要望に合った最適な素材をご紹介いたします!」
ウィズは立ち上がると、素材の違ういくつかの指輪を持ってきて、説明を始める。
「その条件でいきますと、この辺りがよろしいかと思いますが。私のお勧めは、高硬度白金鋼でございます」
提示されたものは、光に反射してもむやみに光らないように艶の抑えられた、白銀色の指輪だった。
私は指輪を指先でつまむと、確認する。
確かに、簡単には歪みそうにないし、それに意外と軽い。
「これなら、多少の衝撃も問題なさそうですね」
「こちらはあくまでサンプル品ですので何の細工もしておりませんが、特殊な刃を使えば装飾を彫る、または宝石をはめ込むことも可能でございます」
今ある指輪は、装飾のない無骨なものだった。
何も無い状態だけど、華美じゃない方が私は好みかもしれない。
「オーウェンはこのままでも似合いそうですね。石とかついていない方が、あなた的にはいいんじゃないですか」
「ああ。俺はそれで問題ないが。君はいいのか」
「デザイン的には、むしろこのくらいシンプルな方がいいかなと……」
と、言いながら私はあることを思いつく。
この素材に軽さ、もしかして……。
「ウィズ、これなんですけど、もう少し幅広にして、同時に厚みも加えることは可能ですか」
具体的にはと、私はそばに置かれていた別の素材の指輪を指さす。
「例えば、あのくらいの幅にしたいんですけど」
「そうですね、可能ではございますが……」
困惑気な声を上げるウィズと同じく、オーウェンも戸惑った表情を私に向ける。
「かなり厚みがあるが、大丈夫なのか?」
「はい。あ、でもオーウェンは少し邪魔になりますか?」
「俺は問題ないが。君はもう少し華奢な造りの方がいいんじゃないか?」
なにせその指輪は、薬指の第二関節のすぐ下までくるほどの幅がある。
一般的な指輪に比べたら、ごつさがあるのは事実だ。
私は試しにその指輪を手に取り、薬指にはめてから、手のひらを広げてじっと眺めた。
私の指には少し合わない気がしたけど……。
「私は、これがいいです。オーウェンの条件を満たす素材ですし」
それにこれで試したいこともある。
「分かった。ではこれにしよう。任務中、剣先が当たっても安心だしな」
その言葉を聞いたウィズが、再び感極まる。
「日常でも仕事場でも常に共にあり、愛に亀裂を入れない強度を備えた指輪……なんて素敵なのでしょう……!」
……誤解は深まる一方だけど、私たちは何も言わずに曖昧に笑っておいた。
で、本題はここからである。
オーウェンが念のためと他の指輪をじっくり見ている隙に、ウィズに声を落として話しかける。
「この素材って、可能な限り薄くして内部に空間を作って、中に何か入れる、なんて細工を施すことはできますか?」
「……細工、でございますか?」
私はさらに声を潜める。
「例えば…………とか、……で、…………とか」
「……そうなりますと、一度ノーラ様の工房に確認してからになりますが」
「技術的には?」
「おそらくは問題ありません」
「じゃあそれでお願いしたいです」
「納期は直前になるかもしれませんが」
「構いません。式に間に合えばいいですから」
数秒の沈黙の後、ウィズは静かに頷いた。
話がまとまり、ウィズが再び部屋を出て行く。
そうしたらオーウェンがこちらを見て眉を寄せる。
「何を話していたんだ?」
だけど私は質問には答えず、自分の唇に人差し指を当てると、にっこりと笑った。
「出来上がってからのお楽しみです」




