23.溺愛恋人の一日デート(お迎え)
オーウェンと打ち合わせを終えてから一週間後。
ついにデート当日を迎えた。
表向きには、溺愛と噂の恋人たちのデート。
真の目的は、現在浮上している『本当に溺愛なのか?』という疑念を完全に潰すためである。
そのための装いも、当然ながら抜かりはない。
今日の服を用意してくださったのはノーラお義姉様だ。
もちろん私も事前に相談した。
なにしろこれは遊びではないのだ。
選んでくれたのは、淡い生成りを基調としたセミロングのワンピースだった。
裾には青みを含んだ灰水色の刺繍が入り、昼の王都にも夜の大劇場にも馴染むよう計算されている。
髪も上半分だけをゆるく編み込み、小粒の銀細工をひとつ。
やりすぎない可憐さがテーマだとノーラお義姉様は言ったっけ。
鏡の中の自分を最終確認し、私は気合を入れるようにふっと息を吐く。
設定上、私たちは三年越しの恋人だ。
だけどこれまで、人目を避けてきたことになっている。
オーウェンの熱心な支持者に知られると面倒だから、という理由で。
だから今日が、初めての公然デートというわけだ。
普段私が来ている機能性を重視した服ではないけど、このお洒落は私の存在を目立たせる目的もある。
平均よりも背の高いオーウェンがいれば、私がいなくても勝手にみんなの視線は集めるんだろうけど。
その時、オーウェンが来たと連絡があった。
――ここからが、始まりだ。
私は、待ちわびていた恋人のもとへたまらず駆け出すブレアを演じながら、玄関へ向かった。
そこには予定通りの時間に現れたオーウェンが立っていた。
今日の彼は、オフホワイトの立襟ロングコートを纏っていた。
黒の縁取りとボタンが全体を引き締め、直線的な仕立てが長身を際立たせている。
その下には、瞳よりも深い緑のベストと、わずかに艶のある白いシャツ。
細身の黒のスラックスに、腰には装飾のない剣帯。
髪もいつも通り整えられているけど、今日はほんのわずかに柔らかさがあった。
なんというか……休日仕様のはずなのに、一切の隙がない。
顔の美麗さも相まって、あれじゃあまるで、どこぞの王子の外遊スタイルにしか見えない。
私が隣にいようがいまいが、道行く人間が一度は振り返る威力がある。
その上で、彼は普段の無表情とは別人のように、粒子でも撒き散らしていそうな蕩ける笑顔を向けた。
「ブレア!」
低く甘い声で私の名前を呼び、早足でこちらへ向かってくる。
瞬間、背後に控えていた使用人たちの空気が揺れた。
以前この屋敷で演技をした時は、あくまで節度ある範囲だった。
でも、今日は違う。
抑える必要のない甘さを最初から全開にしているんだから、動揺するのも当然だろう。
対する私も負けじと満面の笑みを浮かべる。
オーウェンは迷いなく私の前に立つと、自然な動作で膝を折り、私の手を取ってその甲に口づけた。
そして顔を上げた彼は、私の姿をその瞳にしっかり映し、
「愛しのブレア、とても綺麗だ」
と、低いけど周囲に響くようなはっきりとした声で言った。
同時にざわめきはさらに大きくなる。
気にせずに、私も彼に同じように返す。
「愛するオーウェン、あなたも素敵です」
私は一歩距離を詰め、彼の腕にそっと手を添える。
彼は自然な動作で即座に私の腰へ手を回した。
練習の甲斐があったというものだ。
堅物騎士と名高い男が、ここまで公然と甘やかな態度を取るなんて、想像していなかったんだろう。
使用人たちはもはや目を真ん丸にして凝視していることしかできないようだった。
そこへ、ノーラお義姉様が姿を現した。
どうも様子を見に来たらしい。
「オーウェン君、今日はブレアをよろしくね。私の可愛い義妹を楽しませないと、承知しないんだから!」
オーウェンは私の腰に回した手をそのままに、きちんと一礼した。
「勿論です」
彼は、ほんのわずかに私を引き寄せ耳元で――
「今日は一日、独り占めだ」
決して大声じゃないけど、確実に周囲に届く絶妙な音量で放たれた台詞に、再び空気が揺れ、使用人の一人が息を呑んで口元を押さえた。
熱を含んでいるように聞こえるが、私は分かっている。
これは演出だ。
「それは私の台詞ですよ」
こちらも即座にそれに応じる。
彼は満足げに目を細め、完璧な恋人の表情を見せた。
視界の端で、ノーラお義姉様がひらひらと手を振っている。
「はいはい。あなたたちの仲がいいのは分かったから、早く行きなさいって」
彼女の言葉に甘えて、私たちは腕を組むと、外へ向かって足を踏み出す。
「行こうか」
「はい」
そうして私たちは堂々と屋敷を後にした。
背後からの視線は、第一段階が成功したことを示している。
だけど、使用人たちの反応から、私の中にある懸念が生じた。
「オーウェン、ちょっといいですか」
「どうした」
屋敷から少し離れ、人通りのほとんどない並木道へ入ったところで、私は声量を落とす。
いつ誰が見られてもいいように、ぴたりと密着した距離はそのままだ。
私は、思いっきり上を向いて彼の瞳を覗き込むように見つめると、あるお願いをした。
「あなたの笑顔の威力が強すぎます。もう少し光源を抑えていただけますか」
「……光源?」
途端に、あの蕩ける笑みが消えた。
代わりにむむっと難しい顔になる。
「……俺は光っていたのか?」
「物理的にではありません。精神的に、と言えばいいんですかね。とにかく発光強度が高すぎます」
彼は真顔のまま、しばし考え込む。
「……発光強度」
「はい。あのままだと、目立つ以前に祝祭市で何人か意識を失う可能性があります」
「っ、俺の笑顔は気絶者が出るほどだったか?」
「冗談抜きで。あなたの本気の笑顔はまずいです」
実際使用人の中には、彼の笑顔にやられて倒れこみそうになった人もいた。
あの全力仕様の笑顔で大広場に入れば、騒ぎになりかねない。
オーウェンの顔面偏差値から放たれる笑みは、彼の自覚よりもはるかに破壊力が高いようだ。
私もさすがに予想外だった。
だって正直練習以上の笑顔だったから。
「とはいえ、加減が分からないな……」
「さっきの半分ほどの筋肉の動かし方にしたらどうですか?」
私の言葉に素直に従い、オーウェンはさっきよりもかなり控えめに口元を緩めた。
「これでどうだ」
私は数秒観察する。
先ほどの眩しさはないけど、十分に柔らかいし、どれほど目の前の恋人を愛しているかが、客観的に見ても十分に伝わる。
「合格です」
「他に気になる点は?」
「特には。声も十分甘さが出ていましたし、いい意味でオーウェンらしくなくて最高です。台詞もそうですが、私の手を取って口づけを落とすなんて、なかなか粋なことをするじゃないですか」
「アルマイド伯爵を参考にしたからな。問題ないならよかった」
オーウェンが明らかにほっとしたように息を吐く。
やがて遠くから聞こえる人の声が増えてきた。
屋台の呼び込みや子どもの笑い声、楽隊の音楽等々。
祝祭市が開かれる広場が近づいてきている証拠だ。
徐々に人通りも増えてきた。
自然と私たちは切り替わり、彼の腕にかかる力がわずかに強まり、私は体を寄せる。
彼は抑えた微笑を、今度は意図的に甘く整える。
私は視線を柔らかく上げる。
時折顔を近づけて会話をしていたら、私たちの存在に気づいた周囲が狼狽した声を上げているのが耳に入る。
「あれってもしかして例の……」
「噂のオーウェン副隊長!? あれが!?」
「隣にいるのはブレア嬢……堅物騎士が彼女と付き合ってるって本当だったってことか!」
彼らのざわめきを聞きながら、よしよしと内心ほくそ笑み、祝祭市の場に足を踏み入れた。




