22.公開デート作戦
音に釣られて首を向けると、扉に頭をぶつけないよう、少しだけ屈みながらオーウェンが中に入ってきた。
今日も今日とてきっちり整えられた銀灰色の髪が、薄く差し込む夕日に反射してキラキラ輝く。
彼は私を見ると、一瞬だけ驚いたように目を見開いた。
その背後から、ひょこりともう一人が顔を出す。
「あーっ、どうも! 副隊長がいつもお世話になってるっす!」
明るい声の主は、オーウェンの部下で、確かベイクという名の騎士だ。
以前、リーリア王女の面会の件で伝言を持ってきてくれたことがある。
彼は相変わらず人懐っこい顔で、にこにことこちらを見ている。
「お世話になっているのは、こちらのほうですよ」
私はオーウェンに視線を合わせ、彼もまた少しだけ表情を緩めて私を見る。
もはや、誰かの前ではとりあえず見つめ合っておく、というのが私たちの暗黙の了解になっていた。
おかげで今回も、ベイクたちはいい感じに勘違いしてくれたようだ。
「いやぁ、副隊長が笑ってる顔なんて滅多に拝めないんすよ? こりゃ今晩雪でも降るかな」
「…………」
オーウェンからの無言の圧に、途端にベイクはぴたりと口を閉じる。
でも、口元は変わらずにやにやしていた。
「それにしても、どうしてオーウェンがここにいるんですか?」
「巡回の一環だ。時々ここに立ち寄っているんだ」
オーウェンの言葉を補足するように、ローリーが口を開く。
「以前、お客さん同士で揉めたことがあって……その時に駆けつけてくださったんです。それ以来、気にかけてもらって」
「巡回っていうか、俺は味見目的っすけどね。だってローリーさんのお菓子マジで美味いし……」
「勤務中だぞ」
即座にオーウェンが制すけど、ベイクは気にした様子もなく肩をすくめる。
「冗談っすよー」
まったく、とオーウェンは小さく息を吐く。
その様子を見ていたローリーが、ぱっと思い出したように奥へ引っ込むと、あのマカロンを乗せたお皿を持って戻ってきた。
「そうだ、ちょうど試作があるんです! よかったら感想を聞かせてください」
「やった!」
ベイクは遠慮なく一つ摘まみ、ぱくりと頬張る。
「……っ!? なんすかこれ、甘いのに刺激ある!」
「香辛料を使ってるんです」
「うまっ! ヤバい、これ癖になりそうっす!」
「あまりがっつくな」
本当に、まったく……という顔だ。
そんなやり取りを眺めながら、私はオーウェンに、ここにいる理由を説明する。
「実はローリーに、私とあなたのウェディングケーキをお願いしたところなんです」
「そうなのか」
オーウェンはローリーへ視線を向けると、騎士らしくきっちりとした礼をする。
「忙しい中、引き受けてくれて感謝する」
「い、いえ! こちらこそ光栄です! 最高のものを作りますので!」
その言葉に、オーウェンは静かに頷いた。
「楽しみにしている」
と、その様子を見ていたベイクが、マカロンを口に放り込みながらにやりと口角を上げる。
「いやー、勤務中でもこれだけ微妙に緩んだ副隊長なんすからねぇ。二人きりだとブレアさんの前では、噂だとそれ以上なんっすよね? 副隊長の表情筋の壊れっぷり、俺ちょっと想像つかないっす」
「ベイク」
「だって副隊長、普段は石像みたいな顔してるんすから。ブレアさんの前だと、ほら、こう……今みたいに若干人間味出るじゃないっすか。ちょっと覗いてみたいっすよ」
オーウェンから何か言いたげな視線を向けられても、ベイクは気にした様子もなくけらけらと笑う。
笑った顔なら見たことはあるけれど、表情筋が壊れるほどの顔は、私もまだ見たことがない。
それはそれで少し見てみたいなと、内心でベイクの言葉に頷いていると、彼はふと思い出したように付け加えた。
「でも実際、問い合わせも来てるんすよねぇ」
私は首を傾げる。
「問い合わせ?」
「本当に結婚するのか、とか。あの副隊長が溺愛しているのは事実なのかとか。本人たちが公表してるんだし、そんなの騎士団に聞かれてもって感じで」
オーウェンの眉がぴくりと動く。
「……その話は初めて聞いた。誰がそんなことを」
「あれ、マジっすか?」
「ああ」
「ならガルフ隊長が、副隊長の耳に入る前に処理したんすかね。あれですよ、諦めきれない方々っすよ。副隊長、昔から人気でしたからねぇ。ほら、例えば困ってたのを助けて以来、しばらく毎日花束持って突撃してきた花屋の子とか、前に暴漢から助けたら手紙を何十通も送ってきた食堂の子とか……結構厄介な女の子たちっす」
ベイクの言葉に、オーウェンの顔が一気に疲れた表情へと変わる。
なるほど、リーリア王女然り、彼の厄介な異性を引き寄せる体質は、相当に大変なようだ。
だからこそ私との契約結婚の話に乗ったんだろうけど。
これは少しまずい。
恋人同士だという事実は広まっていても、私たちには実態がない。
王都で堂々とデートをしたことも、夜会で連れ立って現れたこともないのだから、疑われるのも無理はなかった。
私は無意識にオーウェンと視線を交わす。
彼も、同じ結論に至ったらしい。
早急に対策が必要になりそうだ。
その後いったんはその場を離れ、夜にシャレン食堂でオーウェンと落ち合う。
「さて、どうしましょうか」
奥の部屋で二人顔を突き合わせ、うーんと唸る。
だが私は、一つオーウェンに伝えていないことを思い出した。
「すみません、オーウェン。実はリーリア王女が、結婚式への出席を希望してきました」
言い終わるや否や、空気が一瞬にして変わり、オーウェンの目がわずかに細まった。
「……本当か」
「断れば別の形で動くでしょうし、監視の意味でも招いておいた方が安全だと私は考えています」
「リーリア王女からは接触がないから、もう終わったものだと思いたかったんだが」
「まあ、あの王女殿下ですし。問答無用でいきなり式に突っ込んでくるよりもマシじゃないですか」
わざわざ式に参加したいと表明しに来る当たり、可愛いものだ。
「分かった。では警備の方は俺が話を通しておこう」
「お願いします」
ということで、ようやく本題へと移る。
今回ここに集まったのは、私たちの溺愛恋人ぶりを疑う人たちの対処法として、何をすべきか話し合うためだ。
もしも私たちの関係が偽装だと露見すると、非常に面倒なことになるのは目に見えている。
そのために必要なのは……。
「ではオーウェン、デートしましょう。そして衆人の前で見せつけるんです」
「……それしかないだろうな」
なら早速と、私は鞄から王都の地図を取り出すと、テーブルの上に広げる。
「日付ですが、可能なら祝日を選びたいです。人が多い日ほど目撃者を増やせますし」
「俺の方は調整できる。君は大丈夫なのか?」
「前倒しでやることを終わらせれば休みは作れます」
「分かった。だが問題は場所だな」
オーウェンが地図を覗き込む。
「一般的な恋人はどこへ行くものなんだ?」
「おそらく、王立大劇場、中央広場の祝祭市、人気のカフェ街、王立植物園に美術館、湖畔のボートと湖沿いを散策……この辺りじゃないですかね」
「劇場は無難だな」
「ええ。ボックス席なら距離も自然に近くなりますし、人気の演目なら数百人以上が観劇します。まして今やっているのは、『婚約者に捨てられた聖女が隣国の王太子に溺愛されて幸せになる』といった恋愛に重きを置いた内容なのでピッタリかと」
そう言ったら、オーウェンが不思議そうに目をぱちぱちさせる。
「すごいタイトルだな。てっきりあの劇場は古典的な歌劇のみの上映しか行っていないと思っていたんだが」
「今流行っているんですよ、そういう系の劇が。若い層まで集客できるし満員になるので、劇場としては今後も同系統のものを増やしていくって話です」
私にはさっぱり分からないんだけどと言いながら、まずはペン先で劇場に印をつける。
「個人的には美術館や湖周辺がいいんだが」
「分かります。程よく静かで気持ちも落ち着きますし。でも今回は却下です」
「そうだな」
なにせ今回の目的はより多くの人に私たちの姿を見せること。
あの辺りはそもそもの人の数が少ないから除外すべきだ。
それからも二人で議論を重ね、最終的に決まったコースは。
「午前は祝祭市。昼はテラス席のあるカフェに行ってから人の通りの多い場所を中心に散策。夕刻に劇場に行って、帰る間際に恋人たちが集まる夜の王立公園を一周して帰宅。このプランで行きましょう」
「迎えは朝の十時にレイバン邸に向かえばいいか」
「はい。それでお願いします」
地図を畳みながら、私はふと小さく息を吐いた。
……いよいよ、本格的な溺愛を演じることになる。
これまでのように、困った時に微笑みを交わす程度じゃ足りない。
一日中、大衆の前で、アルマイド伯爵夫婦のごとく、甘ったるい恋人として振る舞うのだ。
演技とはいえ、なかなかに骨が折れそうな予感がする。
でも、問題は私よりもオーウェンだろう。
「大丈夫なんですかオーウェン。一日中笑っていないといけないですけど、途中で顔を引きつらせたりしないでくださいよ」
半ば冗談めかして言ったら、彼はどこか自信満々な表情で頷く。
「問題ない。君と初めて練習をしたあの日から、ずっとこちらの筋肉も鍛えていたからな」
「そういえば、そんなこと言ってましたっけ」
「鏡の前でも不自然に見えないよう、確認しながらな」
「…………」
私は、このオーウェンが鏡に向かって、ああでもない、こうでもないと言いながら笑顔の練習をしている姿を想像して……少し笑ってしまった。
いや、分かってる。
彼は至極真面目に練習していただけなんだろうけど、オーウェンがっていうところが私的にはツボだった。
「ブレア、俺は何か面白いことを言ったか」
「い、いえ、すみません」
しかしそれを伝えたら馬鹿にしていると思われかねないので、なんとか想像のオーウェンには頭の奥に引っ込んでもらう。
その後はこれまで同様、アルマイド伯爵夫婦のやりとりを思い浮かべながら、ひたすらに練習を繰り返す。
鼻が付きそうな距離で話をする、なんてのも、もう慣れたものだ。
ひとしきりの練習を繰り返し、これで当日も問題なくこなせそうだと判断したところで、私たちはいつもの距離へと戻った。
そして私は彼に向き直ると、
「では、当日はこれまでの成果を存分に発揮しましょう」
「ああ」
互いに目線を交錯させ、小さく頷き合ったのだった。




