21.ローリーの意外な秘密?
形式の上ではあるけれど、私たちの関係は確かに次の段階へ進んでいた。
そしてレイバン家での顔合わせの翌日。
私とオーウェンが半年後に結婚予定であることが、正式に発表された。
商会では祝福と同時に商談の申し込みが増え、騎士団では、あの堅物副隊長が結婚すると一日中話題になっているらしい。
だけど一つ、厄介なことが起こった。
「リーリア王女がですか?」
外回りを終えて商会に戻るなり、私はリアン叔父様に呼び出された。
そこで告げられたのは、リーリア王女のことだった。
私がそう聞き返すと、リアン叔父様は困ったように頷いた。
「君が外出している間にね。突然ここへ来られたんですよ」
しかし相手が相手だ。
王女を追い返すわけにもいかず、叔父様が応対したらしい。
「それで、要件は?」
「結婚式に出席したい、ということでしたよ。噂には聞いていましたが……オーウェン君はとんでもない人に好かれていたんですね」
やっぱり動いたか……。
リーリア王女がオーウェンに執着していたことは、商会の人間じゃなくたって誰でも知っている。
彼女がこのまま大人しく引き下がる性格ではないことも理解していた。
「叔父様は、どう返事を?」
「さすがに僕の一存でどうこうできる話ではないので、ブレアの判断に任せると伝えました」
「ありがとうございます」
リーリア王女が出席を望む理由は、私たちを見定めたいのか、あるいは一波乱起こしたいのか――そのどちらかだろう。
拒んで視界の外で暴れられるのは厄介だ。
なら答えは一つ。
視界の外に置くより、中に入れる。
参加者として招き、こちらの管理下に置く方が安全だ。
とはいえ私の独断では決められない。
オーウェンにも相談しないと。
彼とはまた近いうちに会う約束をしているから、その時にでも話をしてみよう。
そう自分の中で結論づけてリアン叔父様の元から立ち去る間際、ふと叔父様が言った。
「そういえば、リーリア王女と間近で話させてもらうのは初めてでしたが。彼女、とても可愛らしいお方ですね」
その言葉に、思わず足を止める。
「敵陣に乗り込むような場面のはずなのに、出したお茶や菓子も、一つ一つ褒めてくれましてね。しかも着ていたドレスもノーラのデザインで。彼女は気付いていないようでしたが」
ここでリアン叔父様は、思い出したように苦笑した。
「『ふふん、悪くありませんわね! この紅茶、香りの立て方が実に上品ですわ!』などと、高らかに笑いながら仰っていまして。最初は叱責されるのかと思ったのですが、どうやら本気で感心しておられたようです」
想像ができた私は、思わず小さく笑ってしまう。
きっと本人は牽制のつもりで来たんだろうけど、美しいものを前にすると感想を我慢できないあたりが、いかにも彼女らしい。
「ええ、だから、個人的には嫌いになれないんですよね」
私は小さく微笑むと、叔父様にそう返した。
そのまま踵を返した私はリアン叔父様の執務室を後にすると、商会を出た。
夕暮れの王都は、昼間とは違う顔を見せている。
店じまいを始める商人たちの声と、家路を急ぐ人々の足音が混ざり合い、どこか落ち着いた空気が流れていた。
そんな中私が向かったのは、王都でも評判の菓子店だった。
角を曲がると、見慣れた木製の扉が見えてくる。
ちょうどその前で、見慣れた後ろ姿の人物が、CLOSEDと書かれた札を掛けているところだった。
「ローリー」
「ごめんなさい、今日はもう……」
私の声に、振り返りながらそう言いかけた青年は、私の顔を見るなりぴょこんとその場で小さく跳ねた。
「ブ、ブレアさん!?」
「こんばんは」
彼はローリー・アンダ。
私が以前地方から連れてきたパティシエである。
仕事の縁から始まった関係だけど、今では定期的に顔を出す程度には親しい。
「あ、えっと、ごめんなさいっ! もう全部売り切れちゃって……!」
「ああ、いえ、今日は少しあなたにお話したいことがあって」
「そうでしたか。どうぞどうぞ!」
そう言うと、彼は安心したように胸を撫で下ろし、扉を開けてくれる。
店内へ入った瞬間、甘い香りがふわりと包み込んだ。
砂糖とバターの匂いに、思わず私はゴクリと喉を鳴らす。
いつもならショーケースには華やかなケーキや焼き菓子が並んでいるはずだ。
けど今日は、どこを見ても綺麗に空になっていた。
実は何か買って帰りたいなとは思っていたので、少し残念に思っていたら、奥に行っていたローリーがパタパタと戻ってきた。
「これ試作なんですけど、よかったら食べてもらえませんか!?」
「こんなにいいんですか?」
「はいっ! 誰かに食べてもらったほうが参考になりますし、ブレアさん、甘いもの好きですよね?」
「ばれていましたか」
「昔僕のいたお店で、端から端まで買ったうえで完食されたブレアさんをこの目で見ましたからね」
「懐かしい……。それがあなたとの出会いでしたね」
あの時あまりの美味しさにフォークが止まらなくなったのはいい思い出だ。
でも私が好きなのは、あくまでも『美味しくて甘い物』なのだ。
「では遠慮なく」
私はわくわくした心地で、まずは緑色のマカロンを一つ手に取ると、ぱくりと一口齧る。
てっきりピスタチオでも使われているのかと思ったけど、明らかにそれじゃない。
軽やかな甘さのあとに抜けるのは、ふわりと鼻へ抜ける爽やかな刺激。
「これは……山椒ですか?」
「えっ!? よ、よく分かりましたね!」
「うちで仕入れたものですしね」
この山椒は、東方との取引でレイバン商会が扱っている品の一つだ。
基本的に、自分のところで取り扱う食品はすべて目にし、口にしている。
だけど、まさかこんな甘いお菓子に加えるのは想定外だった。
「山椒とはなかなか挑戦的ですね」
「意外性が面白いかなって……」
「その発想はいいと思います」
言いながら、気になって他の色にも手を伸ばす。
赤は唐辛子だったし、灰色は黒胡椒が入っていた。
それ以外も、この国でなじみがあったり、もしくは輸入された香辛料が使用されていた。
そして驚くべきは、どれも一瞬ぎょっとするのに、きちんと甘味の中でまとまっていることだ。
その発想もさることながら、さすがは王都でも最も勢いのあるパティシエだ。
彼の腕は他とは頭一つ抜けている。
「悪くないどころか、かなり面白いですね。特に変わり種を好む層には受けると思います。美食家たちを名乗る方々も、どれだけ美味しくても似たような味わいには飽き飽きしていますし」
「よかったです! 実はブレアさんが今度開くレストランもそのコンセプトじゃないですか。そこから閃いたんです」
「あなたの発想のきっかけになれたのなら、光栄ですね」
しかし、奥の調理スペースに並べられたマカロンを眺めながら、私の脳裏にとある人物が高笑いしている姿が浮かぶ。
「こういうの、リーリア王女とか好きそうですね……」
そう言うと、ローリーは一瞬固まった。
「……実は、そのリーリア王女からの依頼なんです。何か面白い物を作りなさい、と」
そういえば彼女、このお店の常連だったっけ。
ローリーの作ったお菓子を大絶賛していたし、いかにも彼女が言いそうだなと苦笑が漏れる。
ローリーが言うには、ある日突然リーリア王女が現れ、
『この店の主を呼びなさい!』
と店中に響く声で命じたらしい。
相手はわがままで高飛車と評判の王女だ。
恐る恐る奥から出て行ったローリーは、きっと怒られるに違いないと内心びくびくしていたそうだ。
でも実際はその反対だった。
『昨日、うちの侍女が買ってきたこちらのお菓子、食べましたわ! ふふん、悪くありませんわね! ……いいえ、訂正します。とても素晴らしいですわ! おーっほっほっほ、喜びなさいな、この私が手放しでほめることなんて滅多にないことですわよ?』
と、顔を輝かせて言ったのだとか。
しかもその後も彼女は、お菓子を食べ終わるたびにここに押しかけ、高笑いと共に讃辞の言葉を散々に語ってから意気揚々と去っていくという。
また時にはビシッとダメ出しも行うと。
『前回の柑橘の香り、あれは見事でしたわね。けれど味が少しぼやけていましたわよ。もっとも、一般の人間には分からないでしょうけど、この私には通用しませんわ!』
それらの指摘を改善してから商品に反映すると、お客さんの反応も良くなったそうだ。
「最初は、正直怖かったんですけど……」
ローリーは少しだけ俯くと、頬を掻いた。
「でも、あの方、嘘をつかないんです。良いものは良いって言うし、悪いところもちゃんと指摘してくれる。……僕、どちらかというと遠慮しちゃう方なので。ああいう風に、自分の感覚をまっすぐ出せる人は、すごいなって思ったんです」
緩んだ口元でそう言ったローリーは、ふと厨房の奥に目線を向ける。
とはいっても、彼の前髪は目にかかるほど長くてその奥の表情は見えないんだけど。
それでも、試作のマカロンが整列された奥の作業台へ向けられた視線に、なぜだか熱のこもった空気が漂っていた気がしたのだ。
そこで私は、もしかして……と一つの仮定が浮かぶ。
けれどそれも一瞬のことで、すぐに彼はいつもの柔らかな雰囲気へ戻った。
「あ、そういえば……聞きました。オーウェン副隊長と結婚されるということで。おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
そこで私は、いったんその仮説は横に置いておくと、流れに乗じて彼に今日の本題を伝える。
「実はここに来たのはその件についてなんです。以前に私の結婚式の時にはウェディングケーキを作らせてほしいと、ローリーが言ってくれてたと思うんですが。もしもあなたさえよければ、今回お願いできないか……」
「勿論です! 僕でよければぜひ!」
私がみなまで言う前にローリーは勢い余ったように裏返った声でそう返事をすると、両手を胸の前でぎゅっと握りしめ、表情をぱっと輝かせた。
「ただ、あなたにはうちのレストランのスイーツの監修もお願いしていますし、通常業務もありますけど、大丈夫ですか?」
「問題ありません! 店舗は追加で人も雇いましたし。それに婚礼用のケーキの製作もこれから受けたりしたいなって思っていましたから。なにより僕がブレアさんに作りたいんです!」
任せてください! とどんと胸を叩くローリーに、思わず私の口からも笑みが零れる。
「分かりました。ではよろしくお願いします」
「はい! 最高のケーキを作りますので!」
その時、不意に背後のドアについている鈴がリンと鳴った。




