19.天才デザイナーの採寸
普通の家なら数日、下手をすれば数週間かかる内容だろう。
けれど、結婚式のあらかたの概要は半日ほどで決まった。
――場所は変わり、私とオーウェンはノーラお義姉様に連れられて屋敷の別の部屋へと移動する。
広めの部屋には、すでに数名の人間が待機していた。
そして、お義姉様は満面の笑みでこちらを振り向いた。
「じゃあ、二人とも脱いで!」
お義姉様のうきうき声での宣告に、オーウェンがぴしりという音を立てて固まる。
「……え?」
私は特に気にせず、上着のボタンに手をかける。
今日は脱ぎ着しやすい服にしていたので、あっという間に四つ目のボタンまで外し終わる。
対するオーウェンはまだ固まっていた。
が、もうすぐ上着がはだけそうな私を見て、明らかに目を白黒させる。
「ブ、ブレア!?」
なんで彼はこんなに驚いているのか。
それよりも早く服を脱いだ方が、さっさと終わるのに……。
と、ここで私は気が付いた。
そういえば、今から何をするかの説明をしていなかったな。
彼の動揺の原因に思い至った私は、五つ目のボタンに触れながら口を開く。
「採寸ですよ、私たちの。ノーラお義姉様の工房で私たちの婚礼用の衣装を製作するために、詳細なデータが必要なんです」
「そ、そうなのか、分かった……」
しかし、理解したはずのオーウェンは、それでもまだ服を脱ごうとせず、固まっている。
「オーウェン、どうしましたか?」
「いや、あれだ……その、もう少しこう……仕切りとか、男女別とか……」
「必要ありませんよ」
「しかし目のやり場に……困る、と、いうか」
「下着はつけています。見られて困るものでもありませんので、お気になさらず」
淡々と答えながら上着を脱ぎ、ブラウスに手を伸ばす。
横を見ると、オーウェンはまだどうしていいか分からない顔をしていた。
……もしかして、脱ぎたくない理由がある、とか?
私はブラウスの袖を外しながら、何気なく声をかけた。
「あの、体に痣があっても、あるいは人前で肌を晒したくない理由があっても、私は笑いませんから」
「何を、言って……」
「たとえあなたが見るに堪えない恥ずかしい柄の下着を履いていようと、それは個人の自由です。私だって、普段は地味な色合いが多いですけど、大きな商談前は真っ赤な下着を身に着けて気分を高揚させて……」
「っ、それ以上言わなくていい!」
突然オーウェンが部屋中に響き渡るほどの大声を上げた。
他の人たちも、何事かとこちらに目線を向けている。
オーウェンは驚かせてしまったことに対する謝罪なのか、すまない、と小さく呟いた後、ようやくゆっくりと上着を脱ぎ始めた。
私はすでに下着姿になっていたので、そのまま先に採寸に入ってもらった。
さて、採寸は三人がかりだ。
肩幅や胸囲はもちろん、腕の長さから足首の角度に至るまで、測定箇所は想像以上に多かった。
ノーラお義姉様の監修が入ると、チェック項目は五十を超えるらしい。
横目で見ると、オーウェンも同じように三人がかりで測られていた。
「もう少し力抜いてください」
「こうか?」
「はい、そのまま」
その間のノーラお義姉様はというと、私とオーウェンの間を何度も往復して、
「ブレア、顎を少し上げて。首のライン見るから」
「オーウェン君、肩に力入りすぎ。普段立ってる時の姿勢に戻して。そう、そのまま」
矢継ぎ早に指示を飛ばし、測量係に数値を書き込ませ、次の測定へ移る。
結果、採寸は驚くほど早く終わった。
「はい終了!」
ノーラお義姉様がぱん、と手を叩くと、周りにいた人たちがさっと離れていく。
「終わったか……」
オーウェンがほっと安堵の息を吐いたけど、実は続きがあるのだ。
「じゃあ次。二人とも並んで」
私は素直にオーウェンの隣に立つ。
一方で彼は私が近づいた以上の距離を取って離れていく。
「ちょっとオーウェン、何してるんですか?」
今は追いかけっこの時間じゃないんだけど。
声をかけると、彼は露骨に視線を逸らしたまま小さく咳払いをした。
「さすがにそれは、少し、いや、かなり距離が近すぎるというか……」
「早く終わらせないと次に進めませんよ。あなた、これから夜勤務だって言ってたじゃないですか」
「…………」
そう言ったら観念したように息を吐くと、オーウェンは渋々といった様子で戻ってきて私の隣に立った。
「もっと近く」
「っ……」
ノーラお義姉様の言葉に、オーウェンはぐっと唇を噛み、肌が触れそうなほどの距離で止まる。
そこでようやくお義姉様が満足げに頷いた。
オーウェンは指示通りやってきたとはいえ、わずかに身を固くし、視線は相変わらずこちらを避け気味だ。
けれどノーラお義姉様は気にすることなく、完全に別世界に入っていた。
目の色が明らかに変わっている。
そして、じっと私たちを見つめていたかと思うと、突然、ぶつぶつ呟き始めた。
「ブレアは肌色が明るいからウェディングドレスのベースは南方絹……いえ違う、光沢を抑えた方がいいわね。大きめに作った白の花の装飾を使って……髪飾りは、あーはいはい、オーウェン君との対比にするならあれにして……で、オーウェン君は直線体型、がっしりした肩幅を活かして縦ライン強調でもブレアと並んだ時にバランスよく見せるためには……ヒールは十センチにして……」
誰に語り掛けるでもなく喋り続けながら、やがて椅子に座って持っていたスケッチブックを広げると、ものすごい速さで鉛筆を走らせ始めた。
その合間も、瞬き一つせず、口は止まらない。
「色温度合わせて……大聖堂だからステンドグラスと太陽光の反射計算……ああ、なるほど、完璧じゃない、うふふふふふっ、あはっ、あははははっ、最高! あー、私って天才だわ!」
ノーラお義姉様の目には、既に完成形が見えているんだろう。
どんな下地とデザインなら似合うか、二人が並んだ時どう見えるか、どんな空気になるか……それだけを見ている。
ノーラ・レイバン。
彼女は私の義理の姉にして、王都でも指折りのデザイナーでもある。
変わり者の多いレイバン家の中でも、私が言うのもなんだけど頭一つ抜けた変人だ。
満面の笑みを浮かべて楽しそうに一人で喋りながら、瞬き一つせずひたすらに鉛筆を動かす――これは、完全にそういうスイッチが入ってる。
デザインをしている時のノーラお義姉様は、いつもこんな感じだ。
ダスティお兄様が言うには、結婚前からそうだったらしい。
初めて見た時は正直怖くて、顔が引きつってしまった。
今はもう私も周囲の人間も慣れっこだけど。
でも、初見のオーウェンは口をわずかに開けたまま、困惑と若干の恐怖をのせた表情でノーラお義姉様を凝視していた。
大丈夫、そのうちオーウェンも慣れる。
それから三十分後。
「できたわ! この天才ノーラ様の手にかかれば、ざっとこんなものね!」
勢いよく立ち上がったノーラお義姉様は、この短時間で私とオーウェン各三枚ずつ、実に六枚ものスケッチを完成させていた。
しかもイラストの横には文字がびっしりと書かれている。
多分そのデザインについてのことなんだろうけど、ノーラお義姉様が独自に編み出し、彼女にしか解読できない文字だ。
私たちはこれを、ノーラ語と呼んでいる。
「はい、もう服着ていいわよ!」
ようやく許可が下りたので、私は脱いだ時とは逆の順で服を着始める。
しかしオーウェンは余程恥ずかしかったのか、私の半分ほどのスピードで着替えを終えると、私からくるりと背を向けた。
「終わったら教えてくれ」
どうも私に気を遣ったみたいだ。
さっきあんな姿で並んだんだし、今更気にしなくてもと思うけど、オーウェンにとっては別問題らしい。
私が着替え終わったと声をかけると、彼はようやくこちらを振り返った。
その頃には、さっきまで別世界にいたノーラお義姉様も、すっかり通常運転に戻っていた。
スケッチブックを閉じ、髪を軽くかき上げながら周囲の人間に簡潔に指示を出している姿は、さっきの熱量が嘘みたいに落ち着いている。
こうしていると、仕事のできるさばさばしたお姉さんそのものだ。
……もっとも、数分前まで完全に別の生き物だった気もするけど。
「あ、そうだブレア」
呼ばれて顔を向ける。
「今の髪、そのまま維持してね。絶対切らないこと」
私は思わず自分の薄茶の毛先に触れる。
肩より少し長いくらいの長さで、普段はそのまま下ろしている。
「式ではいくつか試したい髪型があるの。長さが足りないとできないから、これからは伸ばす方向で」
「了解です」
手入れが面倒にならない程度を維持しているだけで、特別なこだわりはない。
だから正直、伸ばすのは少し面倒だとは思う。
長くなればなるほど手入れの時間も増えるし、実用性だけで言えば今くらいが一番楽だ。
だけど結婚式は事業の一環だし、私情を挟む理由はない。
「ちなみにオーウェン君も、できたらその長さを維持してね。あなたの今の長さに合わせたヘアスタイルと衣装になる予定だから」
「分かりました」
言われて私はオーウェンへ視線を向けた。
彼の髪は騎士らしく長すぎはしないものの、きっちり短く刈り込んでいるわけでもない。
前髪は視界を邪魔しない程度に整えられ、横はわずかに耳にかかり、後ろも襟足に触れる寸前で止まっている。
任務の邪魔にならない範囲で自然に伸びた実務騎士らしい長さで、これぞオーウェンという感じだ。
額を上げてもいいだろうし、少し毛先を遊ばせるのもありかもしれない。
普段は特に気にしたこともなかったけれど、こうして改めて見ると、衣装と髪型次第では印象が大きく変わりそうだ。
「あとはブレアのメイクね。当日は今みたいなしているかしていないか分からないメイクはしないから」
「やっぱりですか」
私はため息を飲み込む。
化粧は、個人的には時間をかける意味を感じないし、美容関連の販促は主にお母様の担当だから、私が過度に盛る必要もないし。
が、今回は事情が違う。
「ドレスを着たあなたが主役になるのよ? だから顔もそれに合わせて設計するわ。薄すぎると衣装に負けるのよ」
「分かっていますよ」
とここで、とノーラお義姉様は一言言った後、ぱんっと手を叩く。
「そうだ! この間ブレアが言っていた装着まつ毛! あれを使いましょう」
「え。まつ毛って……例のですか?」
「ええ。試作品を作ってみたんだけど、悪くなかったから。半年あれば十分完成させられそうだし、あなたの式の場でお披露目ということで」
私がオーウェンと見つめ合っている時に思いついた、例の商品だ。
すぐにノーラお義姉様に伝えたんだけど、相変わらず仕事が早い。
確かに、あれを婚礼で披露すれば宣伝効果は計り知れない。
ならこれも仕事だ。
「分かりました。お義姉様にお任せします。ただし広告料はいただきます」
ノーラお義姉様の目がきらりと光る。
「三十万ダルクでどう?」
提示された額を聞き、私は即座に計算する。
「そこに十%上乗せで」
「十分な金額だと思うけど」
三十万ダルクあれば王都で四人家族が一月は遊んで暮らせる額だ。
それでも私は首を縦には振らない。
「発想のきっかけはオーウェンなんです。なので上乗せ分は彼に分配します」
隣で聞いていたオーウェンが目を見開いた。
「俺にか?」
「当然でしょう。共同成果のようなものじゃないですか」
「そうだろうか……」
オーウェンはよく分からないと目を細めて考えているけど、あれは彼のまつ毛を間近で見たからこそ出てきたアイディアだ。
私一人では思い至らなかった境地なんだから、彼には正当な報酬を渡すべきだろう。
その間も、ノーラお義姉様は目を瞑って考えこんでいたけど、パチッと開ける。
「上乗せ分は六%」
「九ではどうですか?」
「っ、八%!」
「……分かりました。では八で」
「成立ね!」
そう言って私とノーラお義姉様はぱん、と手を打ち合わす。
こうして契約は締結された。
ちらりと隣を見ると、まだ少し状況を理解しきれていない顔のオーウェンと目が合った。
私は肩をすくめると、笑った。
「これが、うちの日常ですよ」




