18. 結婚式という名の商談
ハーヴェスト家との顔合わせは無事に終わったけど、レイバン家への挨拶はまだだった。
問題は、超多忙な我が家の面々が揃う時間が限られていることだ。
結果として、オーウェンがレイバン邸を訪れたのは、ハーヴェスト家の挨拶の日から数日後の、まだ日が昇って間もない早朝となった。
そして、顔合わせはすぐに終わった。
文字通り、瞬殺で終わったのだ。
「義理の息子よ、歓迎しよう」
「ふふっ、レイバン家へようこそ」
「うちの妹は任せたよ」
「衣装は任せて頂戴!」
「素敵なオーウェン兄様、よろしくお願いします!」
「ブレアが選んだ人なら、何も心配はしていません」
父、母、ダスティお兄様、ノーラお義姉様、二人の娘のモナ、そしてリアン叔父様。
顔を見せたのはその順番だった。
フィア叔母様は風邪を引いてしまったため、ここにはいない。
チャーリー叔父様たちは未だ海の上である。
なので今集まれるだけの全員が順番に現れ、挨拶をし、そして母とノーラお義姉様を残して風のように去っていった。
重苦しい空気も、探るような視線も、はしゃいだ質問も一切ない。
本当に顔を合わせただけだった。
むしろ、よく全員この時間に集まれたなと思う。
レイバン家の人間は基本的に全員忙しい。
時間は最も高価な資源だからだ。
そんなわけで、私とオーウェンは溺愛を演じる間もなかったし、その必要もなかった。
オーウェンは私がハーヴェスト家の面々と顔を合わせた時のように、挨拶の隙すら与えられないまま受け入れられてぽかんとしていたけど、うちではこれが日常である。
「お兄様の結婚の時もこんな感じでしたので。後、両親や叔父様たちの時もそうだと聞きました」
「ああ、君の家族という感じがするな」
オーウェンは勢いに呑まれたようになっていたけど、理解はしてくれたようだ。
そして――私たちにとって重要なのは、顔合わせではない。
本題はここからだった。
お母様とノーラお義姉様が二人で軽く話をしている隙に、私はオーウェンに小声で話しかける。
「オーウェン、先に言っておきます。ここからは溺愛を演じなくてもいいですよ」
「どういう意味だ?」
「その必要がないからです」
私たちの関係が偽装だとバレるのはまずい。
だからこそ、家族の前だって普段は溺愛演技は必要なんだけど……。
「これから始まるのは、仕事の話です」
私はきっぱりと言った。
「……結婚式の打ち合わせだと、認識していたんだが」
「前に言ったじゃないですか。覚悟してくださいって」
結婚式は普通なら祝福の場なんだろう。
だけど、レイバン家にとっては違う。
参加者、衣装、会場、料理、そのすべてが商会の力を示す材料になる。
しかも婿入りの件はすでに両家で了承済みだ。
つまり今回の式は、実質的にレイバン商会主導の一事業だった。
だから恋人らしさを演出している場合じゃないし、誰もそんなものは気にしない。
むしろ溺愛の空気なんて持ち込めば、話の進行を妨げるだけだ。
私は指を一本立てて続ける。
「分からないことはその場で聞いてください。納得できない点があれば遠慮なく意見を。遠慮していると、ものすごい速度で話が進みますから」
「つまり」
「ついていくことに集中してください」
一瞬の沈黙の後、オーウェンは神妙な顔で小さく頷いた。
そして、ついに結婚式の打ち合わせという名の会議が始まった。
子爵家の出身で、見た目はおっとりとしているお母様。
けれど、お母様もまた立派なレイバン家の一員だ。
貴族出身であることに加え、物腰の柔らかさと年齢を感じさせない美貌を武器に、主に貴族の婦人方へ香水や化粧品を売るやり手でもある。
「では、結婚式について話を進めましょう」
お母様がそう言った瞬間、それまで柔らかかった部屋の空気がすっと引き締まった。
温度が一段下がったように感じたのは、きっと気のせいじゃない。
オーウェンもそれを察したのか、自然と背筋を正していた。
「まず式の規模を鑑みて、王都中央大聖堂を押さえるわ」
あまりにも当然のように告げられた言葉に、オーウェンの視線がわずかに動いた。
王都中央大聖堂とは、王族や公爵家、あるいはそれに準ずる家格の婚礼にのみ使われる建物だ。
当然一般人が簡単に利用できる場所じゃない。
新郎がハーヴェスト侯爵家の人間だからこその会場だ。
そして侯爵家の婚礼となれば、招待客の格も自然と引き上がる。
むしろ式の場所としては、そこ以外考えられない。
「日取りは既に確認済みよ。半年後から一年以内であれば複数候補があると。ブレア、出席者予定リストは?」
「こちらに」
私は事前にまとめておいた書類を母へ渡した。
ハーヴェスト家側から共有されていた予定出席者と、こちらで想定している招待客を統合したものだ。
お母様は一瞬で目を通し、軽く頷く。
「想定人数、二百前後。問題ないわね。ではノーラ」
「はい、お義母様」
お母様の視線がノーラお義姉様へ向く。
「ドレスおよび装飾一式。制作期間はどれくらい必要かしら」
ノーラお義姉様は少しだけ考える素振りを見せ、それから即答した。
「半年いただければ十分可能です。新郎新婦の衣装はもちろん、装飾小物、靴、宝飾品まで一括で請け負えます」
ノーラお義姉様は有名な服飾デザイナーの娘だ。
お兄様と結婚してからは、年齢層や客層ごとに複数のブランドを持ち、それぞれの工房を運営している。
レイバン家の服飾部門の統括者と言ってもいい。
「祝宴会場の装飾も合わせて対応可能です。色調設計もお任せください」
祝宴とは、婚礼後に開かれる正式な会食のことだ。
つまり、式そのものだけでなく、その後の空間演出まで含めて一括プロデュースするという意味になる。
「分かったわ。では制作期間は最短の半年基準で考えておいて、予備の期間を入れて七~八か月後を目途に進めましょう」
おっとりとした口調ながらも、お母様が即座にまとめる。
だけどここで私は口を開いた。
「お母様、ノーラ義姉様。無理を承知でお願いしたいのですが、結婚式と祝宴は半年後に設定していただきたく思います」
視線が一斉にこちらへ向く。
「あら、どうして?」
「私が担当している例の新規レストランのオープン時期と合わせたいんです」
お母様の目がわずかに細くなる。
続きを促す合図だ。
「祝宴をそのレストランで行えば、最も効率のいい宣伝になります。富裕層向けの店舗なので今回の参加者とも相性がいいですし、立食形式なら二百人以上でも問題なく収容できます」
「料理の披露も兼ねる、と」
「はい。実際に味わっていただくのが一番早いですから。食材は予定通り、ハーヴェスト領産を主軸にします」
そこで私はオーウェンへ軽く視線を向けた。
「そうすることで、ハーヴェスト領のさらなる評価向上にも繋がるはずです」
お母様が静かに頷いた。
「悪くないわね」
「それと、デザートですが、店舗のスイーツ監修をお願いしているローリー・アンダに、婚礼用ケーキの制作も依頼したいと思っています」
以前からローリーも婚礼用の依頼に意欲を見せていたし、今回の件は彼にとっても悪くないはずだ。
個人的にもぜひローリーにお願いしたい。
「分かったわ。では、祝宴は新規レストランで。ところで工事は間に合うの? 火事未遂があったと聞いたわよ」
「小規模なボヤでしたが、すでに対処済みです。警備体制も見直しましたし、工期への影響はありません」
「犯人は捕まったの?」
「目星はついています。……ただミリス側から、正式に謝罪は受けています。今回の件は、父親である商会長にとっても不本意な出来事だったようですので。これ以上問題になることはないかと」
「まあ、そういうことね」
これで少しはギルバートも大人しくなってくれるといいんだけど。
お母様も、そしてノーラお義姉様も察したように顔を見合わせると、苦笑いを浮かべた。
すると私の台詞に付け加えるように、それまで静かに話を聞いていたオーウェンが口を開いた。
「念のため、第二小隊の巡回も増やしています。一帯の警戒は当面強化する予定にしています」
「そう。なら安心ね」
お母様は微笑みながら短く頷いた。
他にも話題は次々と移り変わり、決定事項が積み上がっていく。
本当に、遠慮していたら置いていかれる速度だ。
その時だった。
「一つ、確認してもいいですか」
低く落ち着いた声が会話の流れに差し込まれる。
初めの方こそ矢継ぎ早に進む話に、オーウェンはかすかに戸惑っているようだったけど、落ち着いたらちゃんと耳を傾けていたことは私にも分かっていた。
全員の視線を浴びた彼は一瞬だけ間を置く。
そして、さっきまでの戸惑いをもう欠片も残していない声音で、言葉を選ぶように続ける。
「招待客の規模と顔ぶれを考えると、レイバン家で現在想定されている警備体制では、予想外の事案が起きた際に対処しきれない可能性があります」
お母様は柔和な表情を崩さないまま問い返した。
「人数が不足している、という意味かしら?」
「いいえ」
オーウェンは静かに首を横に振る。
「問題は人数ではなく、体制です」
部屋の空気が引き締まった。
「日頃よりレイバン家の警備を担う彼らの能力自体に不足があるとは考えていません。通常規模の警備であれば十分機能するでしょう。しかし今回のように、複数の勢力が同時に関与する場合、指揮系統が分散する危険があります」
お母様がわずかに目を細める。
「複数の勢力、というのは」
「出席予定者の中には王家に連なる方も含まれています。近衛騎士が動く理由としては十分です」
確かに、王族本人でなくとも、王家血縁者が出席するとなれば近衛が警護に入る可能性は高い。
というか、絶対に入るだろうな。
今回の列席者には、ハーヴェスト家と縁のある、現国王陛下の弟のベステリア公爵の名前があるから。
「彼らは王家警護を最優先に動きます。それ自体は当然です。ですが、その結果として私設警備との連携が崩れれば、現場は一気に混乱する。警備で最も危険なのは、戦力不足より統制の分断です」
私は思わず小さく頷いた。
商会運営だって同じだ。
うちには優秀な人材が山ほどいるけど、それでも組織として機能しているのは、指揮系統が明確だからだ。
頂点に立つ歴代当主が責務を果たし、一応は全体が一つの意思として動くよう導いている。
もしそれがなければ、とっくにこの商会は内側から崩れていただろう。
「そこで提案があります」
オーウェンの声は変わらず落ち着いたまま、部屋の中に響き渡る。
「私設警備を主軸としつつ、中央騎士団を統制役として配置するべきです」
ノーラお義姉様が興味深そうに眉を上げる。
「統制役?」
「警備の主導権を奪うのではなく、指揮系統を一本化します」
そして淡々と続けた。
「特に第二小隊のガルフ隊長は合同警備の経験が豊富で、近衛側にも実務面での信頼があります。彼を現場統制の頂点に据えれば、近衛騎士団が加わった場合でも指揮の衝突を防げます」
――つまり、中央とあまり仲が良好とは言えない近衛でも、ガルフが上に立って指示するなら言うことは聞くと。
そこまで聞いて、お母様がゆっくりと口を開いた。
「……でも、今回は私的な婚礼よ? 騎士団をそこまで動かして問題はないのかしら」
「これだけの規模と身分の人間が集まる場は、王都の治安維持対象になります」
そして彼は騎士団の人間としての表情で付け加える。
「レイバン商会もまた、中央の保護対象です。仮に当事者が俺でなくとも、同様の提案をします」
確かに以前に行ったダスティお兄様の婚礼とは規模も顔ぶれも違う。
あの時は商会側の警備で十分だったけど、今回はそうはいかない。
だからオーウェンのこの提案は、もっともだった。
「理屈としては非常に分かりやすいわね。――では、その点はあなたに監修をお願いしても?」
お母様の言葉に、オーウェンは一度だけ私へ視線を向け、それから静かに頷いた。
「お任せください」
オーウェンの言葉に、お母様は満足げに微笑んだ。
それは、レイバン家という実力主義の牙城に、彼が自らの力で席を勝ち取った瞬間だった。
――そのことが、私はなぜか無性に嬉しく思えた。




