14.小さな火種
リアン叔父様への報告を終えた私は、途中でとある店に立ち寄って荷物を受け取る。
背後に従える護衛に持ってもらい、そのまま建設中のレストランへ向かった。
やがて見えてきたのは王都の大広場を見下ろす一等地。
まだ骨組みが剥き出しの建物の内外では、職人たちが忙しなく動き回っている。
木材の軋む音に金槌の乾いた打音、指示を飛ばす声――現場特有の活気が空気を満たしていた。
「ブレア様!」
入口へ近づくと、現場責任者の男がこちらに気づき、慌てて駆け寄ってくる。
「こんにちは、アイザ。これ、差し入れです。現場の皆さんでどうぞ」
護衛の人間にアイザにさっき購入したばかりのものを手渡すと、途端にアイザの顔が輝いた。
「おおっ、角のパン屋のサンドイッチじゃないですか! これはかたじけない。休憩の時にいただきますよ」
「それで工事の方は順調ですか?」
「ええ、予定通り進んでおります。ちょうど内装前の調整段階に入っておりまして」
私は軽く頷き、そのまま建物の中へ足を踏み入れた。
石材の配置や柱の間隔に、導線の広さ。
図面と照らし合わせながら、一つひとつ確認していく。
「厨房側の配管は?」
「明日までに接続完了予定です。ただ、排煙口の高さに問題がありまして」
「設計通りにできそうですか?」
「少し調整の必要がありますので、予定より五日ほどずれ込むかもしれません」
「分かりました。工期は長めにとっているので、排煙口の高さは予定通りにお願いします。煙が客席側へ流れるのは避けたいので」
「分かりました」
アイザとのやり取りの合間にも、別の職人たちから次々と声がかかる。
「ブレア様、客席側の段差ですが、この高さで問題ありませんか?」
「ええ、大丈夫ですが……。むしろもう少しだけ緩やかにできますか? その方が給仕が皿を運びやすくなります」
「すみません! 客席側の窓ですが、この大きさでよろしかったですか?」
「問題ありません。それより……この壁のところにもう一か所窓を付けられませんか? 想定よりも室内が暗いので」
「今ならまだ間に合います」
「ではそれで」
現場での細かな調整は図面だけじゃ分からない。
だからこそ、こうして自分の目で確かめる必要がある。
一通り確認を終えたところで、私はアイザへと視線を向けた。
「さて。ある程度確認は出来ましたけど、何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと……と言いますと?」
「実はミリス商会の動きが気になっていまして」
「ああ、賄賂やら何やらでちょっかいかけてきたところですよね? あそこの商会長がやりそうなことだ」
「それで、彼らからの邪魔が入ったり、なんてことは」
「いえ、特には……」
アイザが首を傾げながら答えかけた、その時だった。
「大変だ! 裏手から火が出てるぞ!」
外から切羽詰まった声が響いたと同時に、現場の空気が一瞬で張り詰める。
「何だと!?」
アイザが即座に振り返り、そちらへ向かって走り出しながら、近くにいた数人の職人へ指示を飛ばす。
「今すぐ水を持って来い! 裏へ回れ!」
私もアイザに続いて外へ出ると、建物の裏手から薄い煙が上がっているのが見えた。
積み上げられた資材の陰……その足元で、紙の束がくすぶっている。
焦げた紙の匂いが鼻を刺す。
まだ小火だけど、その赤い火が見えただけで喉の奥がひりつく。
乾いた木材が積まれたこの現場では、小さな火だって笑い事じゃすまない。
「こっちだ! 水を!」
駆けつけた職人が桶の水を勢いよくかけると、白い蒸気が立ち上がり、焦げた匂いが周囲に広がった。
火は小さく、幸い数度の放水であっけなく消えた。
だけど、私の背筋には冷たい汗が伝っていた。
火元となった場所は、乾燥した高級木材が山積みにされた資材置き場の真裏だったのだ。
あと数分、いや数秒発見が遅れて火が木材に燃え移っていたら、この建物は一瞬で全焼し、周囲の民家まで巻き込む大惨事になっていた。
そう想像しただけで、血の気が引く思いだった。
「怪我人はいないか!」
「いません!」
「建物の損傷はどうだ」
「問題ありません」
アイザの問いかけに誰かが即座に答える。
すぐに消し止められたおかげか、建設中の建物が焦げた跡すらなかった。
火元の周辺を確認していた護衛から危険はないと告げられ、私は小さく頷くと、燃え残った紙の束へ視線を落とした。
炭化した紙片が黒く縮れ、地面に散っている。
周囲には火種になりそうな物は見当たらない。
「ここに、元から火種になりそうなものは置いていましたか?」
私が質問すると、アイザは即座に首を横に振った。
「いえ。裏手には何も置かないよう徹底しています」
「……そう」
偶然にしては出来すぎている。
屈んで火元になった紙の断片をハンカチ越しに手に取りそれを眺めていた私は、わずかに眉をひそめた。
真っ白で厚みのある紙だった。
安物じゃない。
しかも端に残った透かしの意匠には見覚えがあった。
ミリス商会の書状に使われていたものと、よく似ている。
だけど、ただ似ているだけだ。
これだけだと断定はできない。
「…………」
私は無言でそれを眺める。
まず間違いはないだろうが、でも、今ここで断定するには材料が足りない。
たとえこの紙がミリス商会の物だとしても、やったのがミリス商会の人間かまでは断定できない。
それに、誰かがミリスの仕業に見せかけるために用意したものかもしれない。
もし本当にこれを使ったのがミリスの人間だとしたら、かなりの間抜けな人間、ということになる。
とりあえず残った紙の破片たちを回収しておく。
何にせよ、証拠は取っておくに越したことはない。
「アイザ、騎士団にはもう知らせましたか?」
「すでに伝令を走らせました。もうじき来るはずです」
「分かりました。では、念のため今日から警備を増やしましょう。昼も夜も、外に数名配置します」
本気で燃やすのなら、夜間のひとけがない時間帯に大量の紙を置いて、そこを起点に火を付ければよかったのだ。
そうすれば建物は全焼する。
なのにそれをしなかったということは、今回のは単なる警告の可能性が高い。
正直、こちらの警戒心を無駄に煽るような真似をする理由が分からない。
仮にミリスの差し金だとしても、現当主がこんな稚拙な真似をするとは思えない。
やるならもっと確実に潰しに来るはずだ。
となると、やはり別の商会か、あるいは――。
とにかく、同じことが二度起きない保証はないのだから、警備は万全にすべきだろう。
そうして彼らは、再び作業を始めるため建物内へ戻っていく。
私も彼らと一緒に中に入ろうとして……。
「おいっ、ブレアはいるか!」
現場の喧騒を切り裂くように、場違いなほど大きな声が、入口側から響いた。
聞き覚えのある尊大な声に、こめかみがずきりと痛んだ。
無視したいところだけれど、そうもいかない。
仕方なくそちらへ向かうと、入口前に立っていた人物の姿が目に入った。
派手な装飾の上着に身を包み、ふんぞり返りながら周囲を見回している青年。
まるで見計らったようなタイミングだった。
だからこそ露骨すぎる。
本人が動いたにしては浅はかで、逆に胡散臭い。
そう思いながら、私は彼をじっと見据える。
そこにいたのは、かつて私がきっぱり縁談を断った相手――ギルバート・ミリスだった。




