13.商人としての野心
ハーヴェスト家の面々に見送られて王都へ戻ると、オーウェンとは別れる。
その足で私が真っ先に向かったのは、うちの商会だった。
扉を開けて中へ入ると、従業員たちの明るい声が迎えてくれた。
彼らへの挨拶もそこそこに、私はとある人物の執務室へと足早に進む。
扉をノックして中に入ると、机に向かって書類を広げていた一人の男性が顔を上げた。
「リアン叔父様、ただいま戻りました」
「お疲れ様です、ブレア」
叔父様は私の顔を見た途端、くしゃっと笑う。
リアン叔父様は整った顔立ちに柔らかな笑みで、見た目だけなら大商会の幹部にはとても見えない。
だけど当然、この人だってかなりのやり手である。
にこやかに笑いながら、いつの間にか相手にこちらの要求を呑ませてしまうその手腕は、隣で見ていると少し恐ろしいほどだ。
「お休みをもらえて助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ。それで、ハーヴェスト家への結婚報告についての首尾はどうでしたか?」
「上々です」
結論だけ端的に述べたら、叔父様は満足そうに頷いた。
次の瞬間、立ち上がってこちらにやってきた叔父様に、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
「ちょっ、叔父様、やめてください!」
「でも君は昔から頭を撫でると、とても喜んでいたじゃないですか」
「それは子供の頃の話です! 私は立派に成人してるんですよっ」
「僕からすれば、いつまでも小さくて可愛い娘のようなものですから」
軽く抗議しても、まるで効果がない。
この人にとって私は姪というより、実の子供のようなものらしい。
叔父様は主に外食産業を担当していて、私は幼い頃からその視察や仕入れによく同行していた。
新しい味や土地、商売の面白さを教えてくれた人で、実の父以上に一緒にいた時間も長い。
今の口調にこの人の影響があるのも否定できない。
ひとしきり撫でられた後、髪の毛を手櫛で整えながら近くのソファに座った私は、対面に同じく腰を下ろした叔父様に木箱に入ったあるものを手渡す。
「はい、これ。お土産です」
「いいですね。甘い果実の香りがここまで香ってきます。これは……桃ですね」
「ハーヴェスト領特産の秋にできる貴重品種です。よければフィア叔母様に」
「ありがとうございます」
叔父様は箱を受け取り、少しだけ目を細めた。
フィア様とは叔父様の妻で、生来体が弱く、屋敷で静養していることが多いのだ。
「フィア叔母様のお加減はどうですか?」
「チャーリーが東方から持ち帰った薬が効いていましてね。昨日は久しぶりに外出できました」
もう一人の叔父であるチャーリー叔父様は商船を率いて年中国外にいて、今も船の上だ。
実は結婚報告がまだできていない。
それはともかく。
「叔母様が少しでも元気になってよかったです。これ、すごく甘くて美味しかったので、きっとフィア叔母様のお口にも合うかと」
「はい、フィアもきっと喜びます」
そんな会話をひとしきりした後、私は一拍置き、姿勢を正す。
「では叔父様。――報告をしても?」
途端に部屋の空気が変わった。
リアン叔父様の表情から柔らかな色が消え、私よりも濃い青の瞳に鋭さが宿る。
ここからは、完全に仕事の時間だ。
私たちレイバン家の人間は、それぞれが個人の資産を持ち、自らの裁量とアイディアで店を立ち上げる。
だけどレイバン商会という強大な看板と流通網を使わせてもらう以上、その分野の統括者――外食産業であればリアン叔父様に、事業計画を報告し、厳しい審査をクリアする義務があった。
「はい。ではあなたに任せている例のレストランの件について、聞かせてもらいましょうか」
私は頷くと、机の上に、持ってきていた図面と書類を広げる。
そこにあったのは、王都中心部の大通り沿いで、半年後の開店を予定しているレストランの計画書だ。
私が主導して進めている大型案件である。
「まず食材をどこから卸すかですが、ハーヴェスト家との契約を、無事昨日締結させることができました。食材供給は十分な量をこちらに回していただけるそうです。品質も確認しましたが、相変わらず見事な出来で、なんの問題もありません」
「よくあのハーヴェスト侯爵を口説き落とせましたね。上出来です」
その声には、確かな満足が滲んでいる。
短く頷いた叔父様は、顎を引き、続きを促す。
「それ以外の進捗状況を」
「叔父様もご存知の通り、立地は王都の一等地で、客層は富裕層と上級貴族を想定しています」
「そのコンセプトは初めとは変わらないと」
「はい。メイン食材はハーヴェスト領産の物を使用します。野菜や果物ももちろんですが、あちらは肉と魚も良質なのでそちらも全面に押し出します。見た目にも一工夫加えますので期待していてください。加えて、チャーリー叔父様たちが海外から仕入れた香辛料や珍味もふんだんに使用予定です」
「相変わらず攻めますね」
「ありきたりな贅沢には飽きている層を狙っています」
そういう人たちは、目新しいものに必ず食いつくはずだ。
「シェフの確保はどうですか?」
「以前王城で腕を振るっていたラリアン氏と、正式に契約書を交わしました。残りのシェフは現在交渉中ですが、予定通りの人材が揃うかと。後はデザートの監修をローリー・アンダに依頼しています。こちらも承諾を得ています」
叔父様の眉がわずかに上がる。
「彼も忙しいでしょうに。よく引き受けてくれましたね」
「私が王都に引っ張ってきたことを非常に感謝されていまして。レイバン商会のためならと二つ返事で」
王都随一と言われた腕を持つラリアンと、新進気鋭の若手菓子職人のローリー……彼らの名前が入るだけで、話題性は保証される。
「工事の方は順調ですか?」
「内装についてですが、予定通り、従来の貴族向け店舗とは異なり、重厚なロココ調は避け、装飾を抑えた洗練路線で進めています」
私は図面を叔父様に示す。
「石と木材を基調に、華美な装飾は排し、料理を引き立てる空間にします。厨房は半公開型にして調理風景も演出に利用する予定です。資材は既に確保済みで、開店日にも十分間に合います」
「……いいですね。はい、とてもいいです」
叔父様の口元がわずかに上がる。
「料理構成は試作段階ですが、ラリアン氏とは三度打ち合わせ済み。広告は開店一か月前から段階的に打つ予定です」
「順調ですね」
その声に、私は小さく頷いた。
「ええ。――ただし」
そこで言葉を切る。
「ミリス商会の動きには少し気をつけています」
「何かありましたか?」
「今はまだ。さすがに商会長も目立った動きはしないでしょうが、注意はしておくべきかと。……ギルバートの件もありますし」
叔父様の目が細くなる。
「彼らも凝りませんね」
実は今回の王都のレストランの土地は、入札によって決まった。
そこで最後まで競っていたのが、あのギルバートのいるミリス商会だったのだ。
が、彼らは入札時に責任者に賄賂を送って自分たちに有利にしようとしていた。
責任者はそれを蹴り、結果的にはうちが勝ったんだけど、入札にミリスも参加すると聞いた時から、動きは注視していた。
ローガンがかなりしたたかな人物だと分かっていたからこそ、資材調達に横槍が入る前に、私は採石場と木材商と専売契約を結んでおいた。
ラリアン氏への接触も予想していたから、最初から他所が割り込めない額を提示してある。
案の定ミリスは動いたらしいけど、こちらの備えを崩せるほどじゃなかった。
ラリアン氏は新店舗の要だ。
能力を鑑みても、相応の金額で迎えるのは当然だった。
その後しばらく動きはなかったけど、最後まで気を抜くわけにはいかない。
「あなたのことだから問題ないかとは思いますが。警戒は怠らないように」
「肝に銘じています」
その時、叔父様が思い出したように口を開いた。
「そういえば、例のミリス商会のご子息が、昨日ここに来たんですよ」
「……えぇっ」
私は思わず額を押さえたくなる。
というか、実際に押さえた。
「一体何の用でですか……」
「ブレアに結婚予定があるのは本当か、とか、相手はオーウェン・ハーヴェストか、しかも熱烈な恋人関係とはどういうことかと騒いでいましてね。あなたに振られたのが余程悔しかったんでしょうけど……あまりにもうるさいので騎士団を呼んで丁重にお帰りいただきましたよ」
私とオーウェンの関係はまだ正式発表前だ。にもかかわらず彼が知っているとなれば――。
「リーリア王女殿下、ですね」
「ご名答です」
叔父様曰く、どうやら噂は既に王都中に広まりつつあるらしい。
当然、熱烈な関係だという言葉つきで。
まあ、予想はしていたんだけど。
王女殿下があのまま大人しくしているとは思っていなかったし、むしろこの程度なら可愛いものだ。
なににせよ、滞りなく準備はしている。
あとはリーリア王女とミリス商会の動きに注視しつつ、予定通り進めるだけだ。
そんな私の様子を見ていた叔父様が、静かに口を開く。
「……今回の件ですが」
柔らかな声音だったが、その目は完全に仕事のそれだった。
「レストラン計画の全権は、ブレア、あなたに任せています」
「はい」
「期待してますよ。レイバン商会の人間として、必ず結果を出してくださいね」
私は小さく息を吸い、背筋を伸ばす。
そして、迷いなく答えた。
「ええ、勿論。期待は裏切りません。必ず成功させてみせます」
私が背負うのは、レイバン商会の看板。
責任と信頼を同時に渡される、この瞬間が嫌いじゃない。
オーウェンが騎士としての最高位を目指すなら、私が取りに行くのは――商人としての富と、レイバン家の誇りだ。
机の上に広げた図面を見下ろしながら、私は静かに笑った。




