11.歓迎の食卓と琥珀色の手土産
王家主催の昼食会にも劣らない豪華な食卓へ案内されて、私はなんとか挨拶を済ませることができた。
だけどほっとする暇もなく、その後はほとんど質問攻めだった。
何より一番乗り気だったのは、この家の主だった。
「それでだな、ブレア嬢。このオーウェンがどうやって心を開いたのか、父としてはぜひ詳しく知りたいのだよ」
そう言って侯爵が身を乗り出すたび、夫人とリタ様が楽しそうに頷き、アメリは黄色い悲鳴を上げ、ウェスト様は興味深そうな視線を向けてくる。
出会いはどこか、いつからなのか、どちらから想いを告げたのか――五人から矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
とはいえ、答え自体はあらかじめ用意した設定通りでいい。
ちなみに私の仕事の都合でオーウェンには婿入りしてほしいと伝えたけど、あっさりと許可された。
オーウェンは次男で家督とは無縁だし、レイバン家には過去に公爵家から婿を迎えた前例もあるから、という話だった。
それよりも気を遣うべきは、私たちの距離感だった。
家族の前だ。
さすがにアルマイド伯爵夫妻のようにやりすぎないよう、それでいて恋人らしく。
私たちは、目を合わせて笑い、手を取り、ほんの少しだけ身を寄せる。
特に、困った時は微笑み合っておけばいいと学んだ私たちは、要所要所で視線を合わせておいた。
それにしてもと、オーウェンと視線を合わす合間に、私は食卓を彩る料理の数々に目と舌を奪われる。
前菜はハーヴェスト領で採れた季節野菜を使った色鮮やかなテリーヌ。
スープはじっくり煮込まれた根菜と鶏の出汁が効いていて、口に含んだ瞬間に優しい甘みが広がる。
主菜は香草で丁寧に焼き上げられた仔羊肉。
脂の質が明らかに良く、臭みが一切ない。
添えられたじゃがいももほくほくとしていて、土の香りが豊かだ。
ハーヴェスト領の食材はいい。
最高だ。
――やっぱりこれ、うちの新店にほしいよなぁ。
だからこそ、絶対に侯爵を口説き落とさないと。
そこで食事も終盤に差しかかった頃、私は一度席を外し、使用人に預けていた荷物の中に入れていた、とある物を持ってきてもらった。
「侯爵様、こちらを。ささやかな物ですが、お近づきのしるしに」
言いながら差し出したのは、透明な瓶に入った琥珀色のお酒だった。
それを見た侯爵の表情が、驚きで見る見る間に固まる。
「……これは」
「父のコレクションの一つです」
短くそう告げると、侯爵はゆっくりと瓶を受け取り、ラベルを確かめた。
そして小さく息を吐き、目元を緩めた。
「これを本当に、私に?」
「はい。侯爵様はたいそうお酒がお好きだと、父から伺いましたので」
「ほほう、その通りだ! しかしまあ、よくもあの男がこれを手放したものだ」
侯爵が高揚するのも無理はない。
それは、すでに失われた蒸留所で造られた希少なウィスキーだった。
どれだけお金を積んでも、今ではそう簡単には手に入らない。
「『以前お父様がやらかした商談の尻拭いをするのだから、結婚祝いも含めてそれなりのものを娘には贈るべきでは?』 と、私はおねだりしただけです」
この一言で、渋る父から奪取することに成功した。
ほんの一瞬の沈黙の後、侯爵の口元がゆっくりと吊り上がる。
「……なるほど」
低く、どこか楽しげな声を漏らし、瓶を手にしたまま、侯爵は私をじっと見据える。
先ほどまでの豪快な笑みではなく、相手を値踏みするような鋭い眼差し。
私はただにこりと微笑み、何も言わない。
余計な弁明は野暮というものだ。
侯爵は満足げに頷き、グラスを軽く持ち上げた。
「ますます気に入ったぞ、ブレア嬢! いいだろう。例の商談だが――」
侯爵は瓶をテーブルに置き、こちらへ身を乗り出した。
「もう一度内容を確認したうえで、前向きに検討しよう」
夫人がぱっと表情を明るくし、ウェスト様も静かに頷く。
反対の声は一つもない。
どうやら、狙い通りに進んだらしい。
私は微笑みを崩さないまま、内心でそっと拳を握った。
と、周囲の目線が私たちから一瞬外れたタイミングで、オーウェンが私に囁く。
「俺の手助けなど必要なかったな」
「いいえ、あなたが繋いでくれた功績も十分大きいですよ」
そのままテーブルの下で、成功を祝うように小さく拳を合わせた。
その後別室に移ってすぐさま打ち合わせが行われた。
流通経路や保管方法、利益配分を改めて確認し、細かな修正を経て、その日のうちに大筋の合意がまとまった。
――ハーヴェスト家と組めるなら、今後の展開もかなり楽になる。
お父様から瓶を奪った時は半泣きになっていたけど、これならあの人も涙をのんだ甲斐があったというものだろう。
商談を終えると、日はすでに落ちかけ、私たちは再び家族の待つ夕食の席へ戻った。
一通りのろけ話的なものを披露したところで、
「そういえばブレア嬢は酒はいける口か?」
終始ご機嫌で話を聞いていた侯爵が、食後のくつろいだ時間の中で尋ねてくる。
「ええ、それなりには」
「よいな! では少しばかり付き合ってくれんか? この家には私以外飲める者がおらんのだよ」
「もちろんです」
「ならばさっそくあのウィスキーを開けるとしよう。今日は特別な日だからな!」
義理の父となる方からの直々のお誘いだ。断るはずがない。
あと、純粋にそのウィスキーは飲んでみたい。
グラスに注いでもらった液体は、日に透かすとまるで宝石のようにキラキラと輝いていた。
口に含めば、香りの層がいくつも重なって広がっていく。
強いのに角がなく、喉を通る頃には柔らかな甘みだけが残る。
……なるほど、これならお父様が手放したがらないのも頷けた。
「それにしても意外ですね。ウェスト様もお飲みになられないんですか?」
「俺は母上に似て弱いんだ。だが、オーウェンはそれ以上に弱いぞ。いや……弱いというよりも、むしろ強いんだが厄介な酔い方をするというか」
ウェスト様の答えに、私の視線が思わずオーウェンへ向く。
彼はわずかに眉を寄せ、諦めたように頷いた。
「記憶も自覚も残る分、余計に性質が悪い。だから極力飲まないようにしている」
「……それはまた」
厄介な酔い方か。
ちなみにうちのお兄様は、限界を超えると泣き上戸になって絡んでくる。
ものすごくうっとおしくて面倒くさいので、近くにノーラお義姉様がいたら即座に引き渡すようにしている。
オーウェンの酔い方は、あれよりもひどいんだろうか。
例えば剣を振り回して暴れるとか……。
気にはなったけど、オーウェンの表情を見て、多分これも聞かない方がいいんだろうと判断した私はスルーしておいた。
そうしているうちに夜も更け、屋敷の窓の外には静かな闇が広がっていた。
「今日はゆっくり休むといい!」
侯爵のその一言で、ようやく解散となる。
オーウェンに客室へ案内されながら、私は小さく息を吐いた。
ハーヴェスト家は思っていた以上に、温かい家族だった。
オーウェンが面倒な女性に好かれても性格が歪まずまっすぐに育った理由が、少し分かった気がする。
すると、客室前に到着したところで、隣にいたオーウェンが強張った顔で言った。
「……次は、俺が君の家族へ挨拶する番だな」
ぽつりと落とされた声はいつもの落ち着いたものだけど、ほんの少しだけ硬さが混じっていた。
今から緊張しているのかと、思わず私は笑う。
「うちの家族は別の意味で軽い感じなので心配いりません。それより大変なのは、細かい結婚式の打ち合わせの方です」
レイバン家において、結婚式とは、商談の機会を広げるための場である。
必然、レイバン家の人間の気合が別の意味で入るのだ。
「そうか。覚悟しておこう」
そう軽く説明したオーウェンは、神妙な顔で頷いた。
その時廊下の向こうから、数名の使用人たちがこちらへ向かってくるのが見えた。
視線が集まる……それに気づいた瞬間、ほぼ同時に私たちは動く。
オーウェンが自然な仕草でこちらに首を向ければ、私は一歩だけ距離を詰め、彼を見上げる。
それだけで、空気がすっと変わった。
愛しい相手を見るような柔らかな視線。
そしてどこか名残惜しげな、けれど満たされた笑み。
もう合図すらいらなかった。
使用人たちが通り過ぎる頃には、どこからどう見ても離れがたい恋人同士の別れ際だ。
演技も、ずいぶん板についてきた。
完全に気配が消えたところで、私たちはいつものように視線を合わせる。
「ではブレア。また明日」
「ええ、おやすみなさいオーウェン」
短いやり取りの後、それぞれの部屋へ。
こうして、ハーヴェスト家での夜は静かに更けていった。




