33.レイバン家に馴染む鴉(オーウェン視点)
ブレアがダスティへの報告に向かったあと、オーウェンはアインとともにモナに連れられ、応接室へ移動した。
「それで、マルリックはどんなところだったんですか? やっぱり街中に温泉がいっぱいあるの?」
向かいのソファに腰を下ろすなり、モナが待ちきれない様子で身を乗り出してくる。
「ああ。街のあちこちから湯気が上がっていたし、足湯もいくつかあった」
「へえ! お料理は?」
「どこも美味かった。ただ、ブレアは食べながらも、使っている食材が地元のものかとか、どこから仕入れているのかとか、店の人に色々聞いていたな」
「ふふっ、ブレアお姉様なら絶対そうしそうです」
モナはくすくす笑いながら納得した顔で頷いたあと、すぐに次の質問を口にする。
「それで、新しいお商売は見つけたんですか?」
「……景色や温泉より、先にそこを気にするのか?」
「だってブレアお姉様ですよ? 旅行先で何も見つけないわけないじゃないですか」
あまりにも当然のことのように言われて、オーウェンは思わず口元を緩めた。
「見つけたどころか、仕事を増やしていたぞ。マルリックの観光事業そのものに関わることになったらしい」
「街ごとですか?」
「ああ、そうだ。しかも温泉宿も建てるそうだ」
「えーっ、いいなぁ、楽しそう! 私も何か考えたい!」
そう言った直後、モナは早速何かを思いついたらしく、ぱっと顔を輝かせた。
「あ、マルリックって碧の泉が有名なんですよね? だったら、その色に合わせた青い石やガラスで髪飾りを作るのはどうですか? 温泉地でしか買えないようにしたら、お土産にもなるし。それにお友達同士でお揃いにもできるのもいいですよね」
さらりと返されて、オーウェンは思わず笑みが零れる。
モナとはこれまでも何度か顔を合わせている。
明るく人懐こく、可愛い服や菓子が好きなところは年相応の少女だ。
けれど、こういう時にはやはりレイバン家の人間なのだと分かる。
目を輝かせるモナを見て、オーウェンは改めて血の繋がりというものを感じた。
そんな話をしているうちに扉が開き、三人分の茶器を載せた盆を手にアインが入ってくる。
「ほらよ。ご希望の一番摘み」
「ありがとう、アイン!」
「どういたしまして」
口調こそ面倒そうだが、手つきは慣れていた。
アインは茶器を並べ終えると、慣れた手つきで紅茶を注ぐ。
立ち上る香りは柔らかく、一口飲んでみても余計な渋みがなく、茶葉そのものの香りが綺麗に残る。
「……美味いな」
オーウェンが素直にそう言うと、アインは自分の分を注ぎながら得意そうに鼻を鳴らした。
「だろ?」
「留守の間に覚えたのか?」
「元からこれくらいできるっての。まあ、こいつに散々淹れさせられたから、前より上手くなったかもしれねぇけどな」
「だってアイン、執事役がすごく上手なんだもの。聞いてくださいオーウェンお義兄様。この前のお茶会でも、アインは大人気だったんですよ?」
「……お茶会?」
オーウェンが聞き返すと、アインが露骨に嫌そうな顔をした。
「こいつら、それぞれ自分の家からお気に入りの執事を一人ずつ連れてきて、誰の執事が一番格好いいか競うっていう、意味分かんねぇ遊びしてたんだよ。しかも執事でもねぇ俺を勝手に混ぜやがって」
「遊びじゃないわ! ちゃんとみんなで厳正な審査してたもの。顔だけじゃなくて、立ち方とかお茶の淹れ方とか、笑った時の感じとか、見るところは三十個もあったんだから! それでね、アインがそこで一番だったんです!」
そう言うとモナは、自分の手柄のように胸を張る。
遊びの範疇にしては、やたらと真剣な審査をしていたらしい。
確かに顔立ちもさることながら、さきほど紅茶を注いでいた姿は、妙に堂に入っていて、本職の執事だと言われても違和感がないほどだった。
しかし当の本人は、不満げである。
「俺を勝手に出品すんなよ」
「みんな格好いいって言ってたからいいじゃない。で、ブレアお姉様の護衛がない日は、次のお茶会にも来てね」
「嫌だ」
「でも来てくれるでしょ?」
「…………」
アインは返事をしなかった。
けれど、その顔を見る限り、本気で断るつもりもなさそうだった。
「ちなみにそのお茶会には、今の姿で行ったのか?」
今の素の姿のアインはそれなりに目立つ。
オーウェンが尋ねると、アインはまさかと言わんばかりに肩をすくめた。
「そのためだけに別の顔作らされたよ。お嬢様方に受けのよさそうな、爽やかな好青年風のな」
「私はね、今の派手で軽そうなアインより、この前の執事の時の顔の方が真面目そうに見えて好き。お母様のお友達にも評判よかったし」
「おまっ、別に俺は軽くねぇから!」
八歳の少女に真顔で品評されている元宵鴉の男という構図がおかしくて、オーウェンは堪えきれず小さく笑った。
思っていた以上に、ブレアが留守の間はモナに好き放題使われていたらしい。
だが、アイン自身も本気で嫌がっている様子はない。
むしろ文句を言いながら、結局は全部付き合ってやっている。
オーウェンはアインをよく知るわけではない。
それでも、ブレアへの禊のためとはいえ、以前より少しずつ、こうして誰かの日常の中へ入り込むことに慣れてきているようにも見えた。
「そうだ、アイン。さっき言ってた手紙のお返事はどこ?」
と、モナが思い出したように手を叩くと、ずずっとアインの方へ身を乗り出す。
「ああ、これか」
アインは上着の内側へ手を入れると、一通の封筒を取り出してモナへ差し出した。
受け取った瞬間、モナの表情がぱっと明るくなる。
「返事きたの!?」
「ちゃんと本人から受け取ってきたぞ」
「ありがとう!」
「俺はいつからお前の手紙配達係になったんだ?」
「だってアインなら絶対ちゃんと届けてくれるもの」
「そりゃ届けるけどよ……」
「誰からの手紙なんだ?」
オーウェンが何気なく尋ねると、モナは少し照れたように封筒を胸へ抱えた。
「あのね、最近仲良くなったお友達で、この頃よくお手紙のやり取りをしてるんです」
「そうか」
嬉しそうに封筒を抱える姿は微笑ましい。
だが。
ふと、モナが抱えている封筒の端に記された差出人の名が目に入った。
どこかで見た覚えがあると思い、すぐに思い出す。
確か、王都でも名の知られた公爵家の長女の名前だったはずだ。
しかもその令嬢は人見知りが激しく、同年代の子供ともあまり交流を持たないことで知られている。
それなのに、こうして個人的に手紙をやり取りするほど仲良くなっているらしい。
オーウェンは改めてモナを見る。
レイバン家では、商売の仕方は人によって違う。
ブレアが自分で仕事を見つけて動き回る一方で、彼女の母は貴族社会で人脈を築き、そこから商品を広めている。
モナは商売のために友人を作っているわけではないだろう。
ただ好きな服や菓子を友人と楽しんでいるだけで、それが結果としてレイバン家の商品を広めることにも繋がっている。
八歳にして、十分レイバン家の人間らしい。
オーウェンがそんなことを考えていると、モナは封筒を開けたくてたまらないといった様子で、そわそわと腰を浮かせた。
「もう我慢できないから、今すぐ読んでお返事書いてきます!」
そう言うなり、モナは勢いよく立ち上がった。
「オーウェンお義兄様、ちょっと待っててくださいね。アインもどこにも行かないで。あとでこのお返事届けてもらわなきゃだから!」
「なんで俺だけ命令なんだよ」
抗議の声など聞いていないのか、そのままモナは部屋を飛び出していった。




