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【受賞作・書籍化】婚約破棄をでっち上げられた商人令嬢は、面倒ごとを避けるため堅物騎士と契約結婚します。〜これで仕事に集中できる!〜  作者: 春樹凜
第三部 新婚旅行とそれぞれの想い

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32.旅の成果



 家の中へ入ってから、アインが見つけたという店について一通り話を聞いた。

 そこは王都の裏通りにある、小さな酒場らしい。


「そこ、ちょっと変わっててさ。店に置いてある酒を一杯ずつ頼めもするけど、何種類か少量ずつ選んで飲み比べとかもできるんだよ。気に入ったやつがあれば、その場で瓶でも買える」

「……つまり、酒場で味見をしてもらって、そのまま商品の販売までしてるんですか?」

「そういうこと」


 お酒を一本買うとなれば好みに合わなかった時の損が大きいけど、先に少量ずつ試せるなら客も手を出しやすい。

 店側としても、酒場としての利益だけじゃなく、そのまま販売にも繋げられる。


「面白いですね」

「だろ?」

「近いうちに見に行きましょう」

「やっぱ食いついたな」


 アインが楽しそうに笑う。

 

 早速そこへの訪問も予定に加えてから、私は持ち帰った荷物の中から別の包みをいくつか取り出した。


「私、今から本邸へ行ってきますね。お父様とダスティお兄様に今回の報告をしないといけないので。あと、お土産も渡してきます」

「なら俺も行こう」


 オーウェンが当然のように言った。


「いいんですか? 疲れてません?」

「問題ない。それに、帰ってきた挨拶くらいはしておきたい」

「そうですか。じゃあ一緒に行きましょう」

「俺も行くぞ」


 続いてアインも立ち上がる。


 そんなわけで、三人揃ってすぐ近くにある本邸へ向かうことになった。

 ちなみに、温泉饅頭を食べ終えたカールは、満腹になったのか私の肩でまた眠ってしまったので、そっと鳥籠へ戻してきた。


 そして、屋敷へ入って最初に出迎えてくれたのは、お父様でもダスティお兄様でもなかった。


「ブレアお姉様!」

「わっ」


 廊下の向こうから勢いよく駆けてきたモナが、そのまま私の腰へ抱きついてくる。


「おかえりなさい!」

「ただいま、モナ。元気にしてました?」

「うん! お姉さまも元気そうで何よりね!」

「ところで、そのドレス、ノーラお義姉様の新作ですか?」

「そうなの。見てて!」


 モナが嬉しそうにその場でくるりと回る。

 すると、何枚も重ねられた薄い布地がふわりと持ち上がり、裾が花びらみたいに大きく広がった。

 回った時に一番綺麗に見えるよう、最初から計算して作られているらしい。


「お母様が、こうやって回ると可愛いように作ってくれたの!」

「とても似合ってますよ」

「でしょう?」 


 満面の笑みで答えてから、モナは私の隣にいるオーウェンへと目を向ける。

 すると、さっきまでの勢いが嘘みたいにすっと私から離れ、背筋を伸ばしてスカートの裾をつまんだ。


「オーウェンお義兄様も、おかえりなさい。旅行はどうでしたか?」

「ああ。とても良い旅だった」

「それは何よりです!」


 八歳とは思えないほどきちんとした挨拶である。

 さすがダスティお兄様の娘というべきか、こういう場ではちゃんとレイバン家の令嬢らしく振る舞える。


 ――と思っていたんだけど。

 次にアインへ視線を向けた瞬間、モナの表情がころりと変わった。


「あ、アイン。やっほー。昨日頼んだやつ終わった?」

「おいモナ、俺にだけ挨拶雑すぎねぇ?」

「だって昨日も会ったでしょ」

「そういう問題か?」

「それより、ちゃんとしてくれたー?」

「言われた通り手紙届けて、返事ももらってきた」

「じゃああとでそれ見せて!」

「はいはい」


 カール同様、随分仲良くなったらしい……というより、完全にモナがアインを使い慣れている。

 留守中、一番モナにこき使われたとアインからはちらっと聞いたけど、誇張でも何でもなかったようだ。


「そうだ。モナにもお土産がありますよ」

「本当!?」


 再び一瞬でこちらへ戻ってきたモナに包みを渡す。

 中身はマルリックで見つけた、温泉の湯気を模した白い飴菓子と小さな髪飾りだ。

 モナは目を輝かせながら何度もお礼を言い、大切そうに胸へ抱えた。


「ところで、お父様とお兄様はいます?」

「お祖父様は朝から出かけているけど、お父様なら執務室にいるわ」

「じゃあ、ダスティお兄様に先に報告してきますね」

「お仕事のお話?」

「そうです」


 するとモナは少し考えたあと、オーウェンとアインを交互に見た。


「じゃあ、お二人はその間、私とお茶しましょう!」


 オーウェンが驚いたように目を見開く。


「俺もいいのか?」

「もちろん! 旅先でのお話聞きたいし。ってなわけだから、アイン、お茶淹れてね」

「待て待て、モナ、お前俺のことパシらせすぎじゃねぇか!?」

「この前お父様が買ってきた、一番摘みの紅茶でよろしくね!」


 アインは嫌そうな顔をしたものの、それ以上は何も言わずに厨房の方へ消えていった。


 そういうわけで二人をモナに任せ、私は一人でダスティお兄様の執務室へ向かった。

 扉を叩くと、すぐに中から返事がある。


「どうぞ」

「ダスティお兄様。ただいま戻りました」

「おかえり、ブレア」


 机に向かっていたダスティお兄様が顔を上げる。

 私の姿を確認したあと、視線が手元の分厚い紙束へ落ちた。


「……それが今回の報告書かな?」

「はい。帰りの馬車でまとめておきました」


 ついでに持ってきた土産の包みを机の端へ置く。


「それと、お土産です。温泉饅頭と、マルリックで有名なお酒」


 途端にお兄さまの目が輝いた。


「温泉の蒸気で蒸した麦を使って作る地酒らしいですよ。向こうでは湯上がりに飲むのが定番なんだそうです」

「何それ、絶対おいしいやつじゃない。どうしよう、今夜開けようかな」

「それ、お父様の分も兼ねてるので、二人で飲んでくださいね」

「分かった、ありがとうブレア」


 そんなやり取りをしながら向かいの椅子へ座り、私は報告書を差し出した。


 今回の旅で決まったことについては、ほとんどそこにまとめてある。

 お兄様が紙の束をぱらぱらとめくっているのを確認しながら、口頭で要点だけを伝える。


「まず、バリエス湖畔施設へ温泉を導入する件ですが、問題ありません。設備や運用についても実際にマルリックの源泉を見せてもらって、ある程度確認できました。詳しい内容は前半にまとめてあります」

「うん」


 ダスティお兄様がページをめくる。


「それから、成り行きでマドラン伯爵家からマルリックの観光事業立て直しを正式に依頼されました。あと富裕層向けの高級温泉宿を一軒作りたいと思っています」


 そう言うとお兄様の指の動きが止まった。

 しばらく無言で報告書を見つめている。


 別に、視察へ行った妹が新しい仕事を拾って帰ってきたことに驚いているわけじゃない。

 そんなものは、レイバン家では日常茶飯事だ。

 

 だとすると、理由は一つしかない。


「……ずるい」


 次の瞬間、ダスティお兄様が机へ突っ伏した。


「何これ。何この楽しそうな仕事!」


 そのまま悔しそうに足まで踏み鳴らす。


「やっぱり僕もマルリック行きたかった……。観光事業の立て直しなんて絶対楽しいじゃないか。しかも高級温泉宿まで作るの!? 僕もやりたいんだけど!」


 ……次期当主が執務机に突っ伏して何をしているんだろう。


 とはいえ、気持ちは分からなくもない。

 私だって逆の立場で、こんな面白そうな話をお兄様だけが拾って帰ってきたら、少しくらい羨ましくなると思う。


「お兄様にはお兄様の仕事があるでしょう?」

「分かってるよ!」

「じゃあ諦めてください」

「それでも悔しいものは悔しいんだよ!」


 しばらく本気で悔しがっていたダスティお兄様だったけど、やがて大きく息を吐いて顔を上げた。


「はぁ。……まあいい。仕事の話に戻ろうか」

 

 そう言った瞬間、さっきまで机に突っ伏していた人とは思えないほど、表情がすっと切り替わる。

 そこからは、もう次期当主としての顔だった。


「とりあえず、マルリックの件は規模がかなり大きいね」


 お兄様は報告書を何枚かめくり、私がまとめた収支予測や今後の計画へ目を通していく。


「マドラン伯爵家からの正式依頼なら、契約主体はレイバン商会でいいのかな?」

「はい。そのつもりです」

「期間も短くはならないけど、ブレアが担当を持つってことで、問題はない?」

「もちろんです。私が引き受けた仕事ですから」


 当然簡単な案件ではない。

 今ある魅力を残しながら、新しい客層も呼び込まないといけない。

 失敗すれば、マルリック側にもレイバン商会側にも損が出る。

 それでも、やれると思ったから引き受けた。


 ダスティお兄様はしばらく報告書を読んだあと、小さく頷いた。


「数字を見る限り、商会として受ける価値は十分あるね。初期段階で想定している支出も許容範囲だ。ブレアが担当するなら、僕から異論はないよ」

「ありがとうございます」

「ただ、マルリックを担当しながら、バリエスの方も予定通り進められる? 僕も共同で動くとはいえ、ブレアが中心になって動く部分も多いだろう」

「問題ありません。そちらも並行して進めます」

「そう。……まあ、もし手が回らなくなりそうなら、マルリックの方を僕が少しくらい――」

「大丈夫です」

「まだ最後まで言ってないけど」

「手伝いはいりません」

「…………そう」


 きっぱりと答えると、露骨に残念そうな顔をされた。

 仕事量を心配してくれていたというより、なんとかマルリックの仕事にも食い込みたかったらしい。

 気持ちはありがたいけど、お兄様には次期当主として山ほど仕事がある。


「だけど、相談には乗ってもらうと思います。商会の仕事である以上、大きな判断が必要な時はお兄様やお父様にも確認しますから」

「それはもちろん。いつでも持ってきて」


 さっきまでの残念そうな顔から一転して、今度は満足そうに頷いた。

 追加で私はもう一件報告をする。


「それからさっきも言ったように、マルリックに、富裕層向けの高級温泉宿を一軒作りたいと思っています」

「それは、商会の事業として?」

「一応、そのつもりで持ってきました」


 そう答えると、ダスティお兄様は報告書の該当箇所へ目を落とし、しばらく数字を追ったあと、案の定少し難しい顔をする。


「……うん。これは、今の段階では商会として受けるにはリスクが高いかな」

「そうですよね」

「分かってたの?」

「そう言われるだろうなとは思ってました」


 観光事業の立て直しは、マドラン伯爵家からの正式な依頼だ。

 街全体への投資でもあるし、レイバン商会として長期的な利益も見込める。


 でも、高級宿は別だ。

 初期投資は大きいし、想定しているだけの富裕層を本当に呼び込めるかは、まだ実績がない。

 私自身は十分勝算があると思っているけれど、それだけで商会全体にリスクを負わせるわけにはいかない。


 というわけで。


「では、私個人でやりますね」

「……やっぱりそうくるよね」


 私の答えに、お兄様は呆れたように額へ手を当てた。


「最初からそのつもりだった?」

「断られたら、ですけど」

「ほぼ断られると思ってたでしょう」

「否定はしません」

 

 私はにっこりと笑う。

 商会として出せないなら、自腹で全額費用を出すまでだ。

 勝算があるのに、そこで諦める理由はない。


「土地は私が買いますし、建築費も私が出します。これなら商会にリスクはありませんよね?」

「……まあ、そうだけど」

「なら問題ありませんね」

「そういうところ、本当にブレアだよね」

「褒め言葉として受け取っておきます」


 そうは言うけど、お兄様だって同じ立場だったら絶対に私と同じことを言うと思う。

 ダスティお兄様はしばらくこちらを見たあと、諦めたように息を吐いた。


「で、勝算は?」

「ありますよ」

「失敗したら?」

「私が損をします。もちろん、個人資産を使う案件だろうが、結果次第では『裁きの間』に呼ばれる覚悟もしていますよ」

「成功したら?」

「もちろん、私一人が儲かりますね」

「……分かりやすいね」

「でしょう?」


 利益も損失も、全部私が引き受ける。

 商会にまでリスクを背負わせないなら、それでいい。

 

 これでマルリック関係の大枠は問題なさそうだ。


「じゃあ、私は明日から具体的な準備に入りますね。お父様から正式な許可が下り次第、マルリック側へ正式な契約書を送ります」


 もっとも、書類を送りつけて終わりというわけにはいかない。

 正式な契約を結ぶ時には、私ももう一度マルリックへ行くつもりだ。

 今回見つけた土地や施設についても、実際に仕事を始める前に改めて確認しておきたい。

 となると、そう遠くないうちに再訪することになるだろう。


 さすがに次はオーウェンを連れていくわけにはいかない。

 明日から騎士団の仕事へ戻る彼の代わりに、護衛として一緒に行くのはアインになるはずだ。

 ……それなら、今回あんなに大量のお土産を買って帰る必要はなかったんじゃないだろうかと思ったけど、今更か。


 私は報告書を机に残したまま立ち上がる。


「じゃあ、また何かあったら相談します」

「了解」


 と、ダスティお兄様が報告書から顔を上げて、じっと私を見る。


「……そういえばさ。今回って、視察だけじゃなくて新婚旅行も兼ねてたんだよね?」

「そうですね」

「そっちの方はどうだったの?」


 どこか探るような聞き方に、私は少しだけ首を傾げた。


「そっちも十分有意義でしたよ。温泉にも入りましたし、美味しいものもたくさん食べましたし」

「いや、そうじゃなくて」


 ダスティお兄様が苦笑する。


「夫婦としても少しは距離が縮まったのかなってことだよ」


 なるほど、そっちか。

 私とオーウェンの結婚が契約によるものだということは、お父様たちにも秘密にしている。

 当然、そこを疑われるような答えをするわけにはいかない。


「もちろんです。前よりずっと仲良くなりましたよ」


 そう答えると、ダスティお兄様は一瞬だけ私の顔を見つめたあと、なぜか少し面白そうに笑う。


「……へえ、そっか。それならよかった」

「なんですか、その含みのある言い方は」

「別に?」

「絶対何かありますよね」

「ないない。気のせいだよ」


 どう考えても気のせいではない。

 だけどこういう場合、問い詰めたところで、この兄が素直に答えることがないことも経験則として知っていた。


「……まあいいです。新婚旅行としても、ちゃんと目的は果たせましたし。じゃあ、今度こそ行きますね」

「うん、お疲れさま」


 そして私は執務室を出て、オーウェンたちが待っている部屋へと向かう。


 モナはきっと、まだ二人を相手にお茶を楽しんでいるはずだ。

 そう思いながら扉を開けたのだが。


「……?」


 思わず、その場で足が止まった。

 部屋の中には確かにオーウェンとアインがいるし、その真ん中ではモナが何事もなかったようにお菓子を食べている。

 

 アインもいつも通り、モナに何か言われて面倒そうな顔をしている。


 ただ――オーウェンだけが、なぜか少し考え込んでいるように見えた。


「オーウェン、どうかしたんですか?」


 そう尋ねると、彼は一瞬だけこちらを見てから、すぐに首を横に振った。


「いや。何でもない」


 そう答えたオーウェンは、なぜかすぐに私から視線を逸らした。



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