31.王都への帰還
数日かけて王都へ戻り、ようやく見慣れた我が家が見えてきた頃には、さすがに少しだけ肩の力が抜けた。
けど、のんびりしている暇はない。
早速あれやこれやと頭の中で予定を並べているうちに、馬車が家の前でゆっくりと止まった。
「着きましたね」
「ああ」
隣に座っていたオーウェンも、どことなくほっとしたような表情をしている。
馬車を降りると、すぐに聞き慣れた声が飛んできた。
「よう、ブレアにオーウェン! 土産は?」
見ると家の前には当然のようにアインが立っていて、こちらへ片手を上げながら満面の笑みを浮かべている。
出立前と変わらない元気そうな姿で何よりだ。
けど。
「第一声がそれですか。普通もっと先に言うことがありませんか?」
「うちの主は案外細かいなぁ。おかえり。んで、土産は?」
結局そこに戻るらしい。
呆れながらアインへ近づいたところで、彼の肩の上に白いものが乗っていることに気づいた。
「カール」
名前を呼ぶと、小さな白いカラスはほんの一瞬だけ目を開けたものの、私の姿を確認して安心したのか、すぐにまた瞼を閉じてしまう。
完全に寝ている。
しかもアインの肩に体を預けていて、かなり無防備な姿だった。
出発前、留守番を頼むアインに、カールと仲良くするよう言い聞かせておいたけど、どうやら想像以上に上手くやっていたらしい。
「随分仲良くなったみたいですね」
「だろ? 最初はこいつも警戒してたけど、そのうち勝手に肩に乗るようになったぞ」
アインはそう言って、眠っているカールをちらりと見る。
「案外、俺のこと気に入ってるみたいだぜ」
「それはよかったです」
「……で、土産は?」
「…………」
とはいえ、本人が今回一番楽しみにしていたのは間違いなくそれなので、馬車の荷台を開けてもらい、頼まれていたものを順番に取り出していく。
「まずこれと、これ。それからこっちの包みもあなたの分です」
「おお!」
渡すたびにアインの顔が露骨に明るくなり、そのうち両手では抱えきれなくなったらしく、受け取ったものを次々と足元へ並べ始めた。
改めて見ると、本当に多い。
よくもまあ、これだけの数を頼んだものだと思う。
「あと、これなんですが」
小さな包みを一つ取り出したところで、そういえばよく分からないまま買ったものがあったことを思い出した。
包みを開いてみると、中から出てきたのは手のひらほどの大きさの木彫りの人形だった。
人の形を模しているらしいけど、妙に大きく彫られた目はぎょろりと見開かれ、口元は不自然なほど横に裂けている。
しかも両手を胸の前で組みながら、微妙に首まで傾げていた。
本当にこれで合っているのか少し不安になり、アインの反応を窺う。
少なくとも夜中にこれが枕元へ置かれていたら、私ならかなり嫌だ。
「ところで、これって何なんですか?」
私が人形を見せると、それまで荷物を漁っていたアインの目が一気に輝いた。
「あ、それ! ちゃんと買ってきてくれたんだな」
「よかった。ちゃんとあってましたね」
「これはだな、幸運人形だ。俺の知人が言うには、それを手に入れてから妙にいいことが続いたらしくて、幸運人形だって自慢してたんだよ。だから前から一個欲しかったんだ。……やっぱいいなこれ。顔にも味があるし、可愛いし」
「……これが?」
思わず聞き返すと、アインは不思議そうに人形を見る。
「え、可愛くないか?」
その言葉に、私は眉をひそめながら、隣に立っていたオーウェンへ視線を向けた。
しかしオーウェンは同じように人形を見た後、ゆっくりとこちらを見て、アインに同意するように頷く。
「悪いがブレア、俺はアインに賛成だ。愛嬌があって可愛いと思うが」
「…………」
可愛さが分からないのは、どうも私だけらしい。
するとアインが、心底呆れたように肩を落とした。
「こういうのの良さが分からないとか、ブレアもまだまだだな」
その自信がどこから来るのかは分からなかったけど、本人が気に入っているのなら別にいいか。
木彫りの人形を渡したあとは、今度は食べ物を詰めた包みを取り出す。
「それから、こっちが食べ物系です。日持ちするものばかりですが、できるだけ早めには食べてくださいね」
「おお、待ってたぞ!」
さっきまででも十分嬉しそうだったのに、食べ物と聞いた瞬間さらに目が輝いた。
アインは両手いっぱいに持っていた荷物を一旦地面へ置くと、まだ玄関にすら入っていないにもかかわらず、その場で包みの紐を解き始める。
「中に入ってから食べたらどうですか?」
「やだね。今食いたい」
「そうですか……」
ここまできっぱり言われると、止める気も失せる。
まあ、アインに買ってきた物だから好きにしてもらっていいんだけど。
包みの中には温泉饅頭をはじめ、焼き菓子や干した果物などがいくつも詰められている。
「お、これが温泉饅頭か」
アインが早速一つ取り出し、嬉しそうに包みを剥がす。
そして機嫌よく、今まさに温泉饅頭を口へ運ぼうとした――その瞬間だった。
それまでアインの肩の上で眠り続けていたカールの目が、ぱちりと開く。
次いで白い翼が一度だけ大きく広がったかと思うと、アインが反応するよりも早く、そのくちばしが手元へ伸びる。
「あ?」
アインの口から間の抜けた声が漏れた時には、もう遅い。
彼の指先にあったはずの温泉饅頭は消えていて、当のカールはそれをしっかりとくちばしにくわえたまま、何事もなかったようにこちらへ飛んできた。
そして私の肩へ着地すると、満足そうに饅頭をついばみ始める。
「おい、お前!!」
アインの怒鳴り声が玄関先に響き渡った。
けれどカールはまったく気にした様子もなく、器用に皮をついばみながら、中の餡を嬉しそうに食べている。
「ブレアたちがいない間、誰が毎日飯やってたと思ってんだよ! 寝床だって用意したし、遊んでやったし、風呂まで入れてやっただろ!? なのに俺の饅頭を真っ先に取るのか!」
……思っていた以上に甲斐甲斐しく世話をしていたみたいだ。
だけど必死に訴えかけるアインに対して、カールは完全に知らん顔である。
私はカールの頭を撫でながら、思わず吹き出す。
「おいブレア、笑うんじゃねぇよ!」
「ふふっ、随分、っ、仲良くなったみたいですね」
「これのどこが!?」
「嫌いな相手の肩で寝たりはしないと思いますけど」
「だったら恩人の饅頭なんて奪わねぇだろう!?」
そんな私たちのやり取りをしばらく眺めていたオーウェンだったけど、やがて足元に積み上げられた大量のお土産と、玄関先で騒ぎ続けるアインを交互に見た。
「……そろそろ中に入らないか?」
その一言で、まだ家の前に立ったままだったことを思い出す。
王都へ戻ってきて最初にすることが、玄関先で温泉饅頭を巡る騒動になるとは思わなかったけど。
まあ、これもいつもの日常に戻ってきたということなのかもしれない。
「そうですね。じゃあ、これも中へ――」
足元に置かれていた包みへ手を伸ばしたところで、私の手が触れる前にオーウェンがひょいと持ち上げた。
「それは俺が持つ」
「でも、あなたもうかなり持ってるじゃないですか」
「これくらいなら問題ない」
「私だって、これくらい持てますよ」
「それも知っている」
「なら返してください」
「嫌だ」
即答だった。
私は思わずオーウェンの顔を見る。
「なんでですか」
「俺が持って運んだ方が早いからだ」
そしてオーウェンは私の手が届かないように、すっと腕を上げる。
……身長差をこういうところで使うのはずるいと思う。
だったら――と、私は一瞬だけ視線を逸らしたふりをしてから、オーウェンが反対の手に持っていた小さな荷物を素早く奪い取った。
「隙あり!」
「あ」
「これは私が持ちます」
そのまま捕まる前に数歩先へ逃げて、玄関の扉の前まで行ってから振り返る。
「これなら問題ないでしょう?」
にこりと笑って見せると、オーウェンは小さく息を吐いた後、つられるように口元を緩めた。
そんな私たちを、アインが何とも言えないような妙な顔で見比べていた。
「……なあ」
「なんですか?」
「あんたら、なんか前より仲良くなってないか?」
「そうですか?」
言われて、私はオーウェンを見る。
オーウェンもこちらを見たけど、
「……どうだろうな。前からこんなものだった気もするが」
と答えていた。
するとアインが即座ににやりとした笑みを浮かべる。
「いーや、前のあんたらだったら、荷物をどっちが持つかなんてしょうもないことで、こんなに楽しそうに揉めてねぇよ」
「しょうもないとは失礼ですね」
とはいえ、言われてみればそうかもしれない。
以前だったら、オーウェンが持つと言えばそのまま任せていた気もするし、私もわざわざ荷物を奪って逃げたりはしなかっただろう。
「今回の旅は視察だけじゃなくて、親交を深めるための新婚旅行も兼ねてましたからね。つまり、どちらもちゃんと目的を果たせたということなんでしょう。ね、オーウェン?」
「……ああ」
なぜかオーウェンが一度咳払いをして、わずかに顔を逸らした。
その横顔を見ていると、なんとなく歯切れが悪い気がする。
「……もしかして、そう思ってるのは私だけですか?」
「違う」
オーウェンから食い気味に返事が返ってきた。
驚いて瞬きをすると、オーウェンは今度こそこちらを向く。
「俺も、前より君との距離は近くなったと思っている。……今回、一緒に行けてよかった」
それならよかった。
何となく安心して頷くと、今度はオーウェンの方が少し気まずそうに視線を逸らした。
すると私たちのやり取りを見ていたアインが、ふっと口元を緩める。
「仲が深まったんなら何よりじゃねぇか」
だけど次の瞬間、その笑みがほんの少しだけ止まった。
そして、アインの口から何かが小さく零れる。
「――――」
「?」
よく聞こえなくて、思わず振り返る。
「アイン、何か言いました?」
だけど、アインはすぐには答えなかった。
さっきまで温泉饅頭をカールに奪われて大騒ぎしていたのが嘘みたいに、妙に静かな顔でこちらを見ている。
むしろ、自分が今口にした言葉に、自分自身が一番驚いているようにも見えた。
やがてアインはほんの少し目を細める。
「……ああ」
小さく漏れた声には、妙に腑に落ちたような色が浮かんでいた。
何だろう。
じっと見ていると、アインはようやくこちらの視線に気づいたらしく、いつものようににやりと笑う。
「いや。なんでもねぇよ」
「なんですか、それ。意味深なんですけど」
「別に? ただ、あんたらが留守の間に、ちょっと面白そうな店を見つけたの思い出しただけだ」
「どんな店ですか!?」
思わず聞き返すと、アインがますます楽しそうに笑った。
「あとで教えてやるよ。まず中入ろうぜ」
結局、さっきの言葉について教えてくれる気はないらしい。
少し気になったけど、それより面白そうな店の方が気になるので、私はいそいそと家の中へ入る。
数歩進んだところで、少し遅れてアインの足音が後ろから続いた。
だけどなぜかオーウェンは、その場から動かない。
「入らないんですか?」
「……今行く」
声をかけると、ようやくオーウェンもこちらへ歩き出す。
けれどの直前まで、彼の視線は、アインへまっすぐ向けられたままだった。




