第14章 女騎士にドレスを着せる野蛮な花園 06/10
「なんの話だよ?」
ヨハンは心当たりがなく、訊かずにいられなかった。
ソフィアが瞬いた。
「知らなかったんだ? じゃあ、話してあげる」
妖精の少女は背中の翅が揺らす風に、青い銀色の髪をなびかせるまま――ルビーの瞳を伏せた。
事の発端はこうだ。
数ヶ月前。
ヨハンは〝スラム街の住人を一方的に射殺した〟という冤罪で逮捕された。
実のところ〝スラム街の住人〟とは、強盗だった。
また、被害に遭っていたのは――ここにいるサムエルで、事件は彼が密入国した際の出来事だ。
ヨハンはソフィアとともに、強盗を無力化――つまり4人を殺害した。
成り行きによって、無罪放免されたものの――その彼を救うため、ミリアムは実家の父であるシメオン伯爵を頼った。
その際、交換条件として〝婚約者候補との縁談を進めること〟と〝世継ぎを生むこと〟を約束させられたらしい。
「わかった? ミリアム少尉はずっと困ってた――あなたのせいで」
「……」
無言のヨハンに代わって、魔族の貴公子が神妙な面持ちで頷いた。
「なるほど、あの騒動が尾を引いていたんだね――ならば、なおさら僕も協力しなくては。関係者の1人としてね」
「ん」
ソフィアは短く肯定してから、再びヨハンを見た。
「何か言うことは?」
ヨハンは嘆息してから答える。
素行不良の小隊長は、その場で勢いよく膝をついて――妖精の少女を拝んだ。
「助けてメスガキちゃん! 俺の可愛い巨乳の女騎士が、貞操の危機なの! 俺のパフパフが駄目になっちゃうのをなんとかして! 婚約破棄の片棒を担いで! 俺ちゃんなんでもするから! お願い、神様仏様叡智様ぁあ! ぴぇえええん!」
情けなさを通り越して、哀れですらある懇願と哀願を――彼は向けた。
「あっはっは!」
魔界の貴公子はたまらず、手を叩いて笑い出した。
ソフィアは頷いて、それから確認をとる。
「ん――今〝なんでもする〟って言った?」
「言ってないけど言った!」
「ふーん」
妖精の少女は腕を組んで、背中の透明な蝶のような翅を揺らした。
隣の部屋。
ベッドの上に、シャツや上着とスラックスが皺にならないよう――広げて置かれていた。
その向かいの鏡の中に、ショーツだけを履いて――肢体を露わにした〝女〟がいた。
豪奢な波打つ金色の髪が、肩の下から――豊かな胸の上をくすぐってくる。
貴族の家に生まれついた女子らしく、彼女は家中の者に肌を晒し――世話をかけることに慣れきっている。
「ちょっと、太ったかな?」
ミリアムは小声で呟いた。
彼女は今、侍女の手伝いを受けながら――晩餐会のために身支度をはじめたところだ。
「肩や背中の筋肉は、さほどお気になさらなくても――大して目立ちませんわ。そんなにご立派なバストですもの。殿方の視線はそちらに集まりましょう」
ミリアムは壁を一瞥した。
隣室では、なにやら――ヨハンとサムエル、それにソフィアまで加わって、仲間たちが騒いでいる。
「手袋は厚めのものと換えましょう――銃と剣のお稽古のしすぎで〝タコ〟が目立ちますので」
歯に衣を着せない、昔から屋敷に勤める侍女――ミセス・スタウトが言った。
17歳の、うら若き乙女の筋肉質な肉体と白磁の瑞々しい肌には――過酷な軍務を経た傷跡が目立つ。
「まあ! こんなところにも! お嬢様、お転婆が過ぎます! ああ、痣まで――お嫁入り前ですのに。野卑な軍人なんて、淑女のなさることではございません」
小言を漏らしつつ、侍女は化粧品で痣を巧みに隠していく。
2度めの任務で、魔界の軍が放った銃弾を受けた脇腹。
膝の周りと肘には数々の擦り傷の痣。
自分や味方の撃った銃弾の薬莢が、手首を焦がした跡も――まだ残っている。
「……」
女としては、正直――複雑な心境も抱く。
だが、これらは全て――任務をこなし仲間を守ってきた〝勲章〟だ。
それらが〝身支度〟のせいで薄らいでいった。
ミリアムは、ドレスを着る前に――銃のホルスターを身につけようとした。
しかし、ミセス・スタウトに止められる。
「いけません! そんな、野蛮な!」
「しかし、小官は殿下の護衛官だ――武装は任務中の義務である」
「言葉づかいがなっておりません! たるんでいますわ――軍務の以前に、今宵のお嬢様は公子殿下のパートナーでございます。淑女に銃は相応しくございません。お立場を弁えなさいまし」
「……」
ミリアムは銃の弾倉を抜いてから、スライドを引き――薬室に込めた初弾も取り出す。
彼女は代わりに、ヨハンから貰った両刃のOTFナイフを見た。
「お嬢様! なりませんと申しましたでしょうっ!」
侍女が叱ったところで、女騎士は反論する。
「古来、貴族家の女子は婚礼に際し純潔を示す〝守り刀〟として短剣を懐中に抱く――それを〝わたくし〟に言って聞かせたのは、ミセス・スタウト、そなたです。じゃなくて?」
ミリアムは故事と伝統を持ち出して〝屁理屈〟をこねた。
誰に似たのだろう。
この乙女に、素行不良の小隊長が与えたのは――両刃のOTFナイフだけではないようだ。
「……」
彼女は膝の上まである靴下を留める、ガーターベルトに――ナイフをはさんだ。
「もしかして、大事な方からの贈り物でしょうか? お嬢様?」
「大尉から譲られた」
「大尉って――今日、お見えにいらした? あの、粗野な……んっん」
ミセス・スタウトは咳払いで、最後の失言を誤魔化した。
「スミス大尉だ――軍人系の子爵家の」
ベテランのメイドはその短い情報で、ヨハンの出自に気づく。
「子爵家のスミス氏って、とうに断絶してらしたのでは――あ! 竜王様、太傅のご猶子であらせられるのでは、ありませんかっ!?」
貴族の令嬢が首肯した。
ミセス・スタウトを一瞥すると、絶句している。
「とんでもないお方と、親しくおなりですわね――お嬢様は。このこと、旦那様はご存知なのでしょうか?」
「知らないと思う――父上は近頃、ゼブルン家のルートヴィヒ氏にご執心だから。ナイフのことは、秘密にしてほしい。頼む」
ミリアムの言葉に侍女は頷く。
「ええ、ナイフのこと〝も〟旦那様には、ご内密にして差し上げましょう――さあ、コルセットを締め上げますので、息を吐いてくださいな」
「――っ」
有能で品行方正な女騎士は、
〝ナイフのことも〟と侍女が言った、その含みを持たせた呼吸に嘆息しながら――肺から空気を押し出す。
ミセス・スタウトは、遠慮なく腰から胸の下を圧迫した。
「……」
子供の頃から母親代わりを頼んだ、この人には敵わない――隠し事もできないらしい。
なぜ、ミリアムがヨハンから貰ったナイフを手放さないか――その執着心がどこから芽生えているか。
「お嬢様は、ご幼少の砌より隠し事が不得手ですもの――いったい、これまで何匹の猫を拾っては誤魔化そうとなさいましたか?」
そうこぼしながら、侍女がドレスをミリアムに手際よく着せていく。
「うーん」
極めて珍しく、彼女は返答に窮した。
猫といえば、ハーレークイン小隊がある日――薄汚れた、手足の短い不細工な猫を基地で見つけた。
ミリアムとソフィアは〝彼〟を保護しようとしたが、ヨハンが却下した。
〝軍隊が猫を飼っていいわけないだろ! 捨てろ! 嫌なら保健所だ!〟
そうして猫を飼う・飼わないで、小隊は2分した。
正確には、圧倒的多数の愛護派と――たった1人の〝猫畜生なんか射撃場の土嚢に埋めちまえ〟派に分かれた。
最後は、小隊軍曹にして軍歴40年を数える上級曹長が機転を利かせ――猫は〝鼠とり将軍〟に任命され、今も基地を闊歩する。
きっと今日も、それから明日も。
死の危険と常に隣合せだが、使命感とやり甲斐を燃やせる軍務。
基地での、馬鹿馬鹿しくも騒がしい――しかし刺激の絶えない日常。
いずれも、侯爵家の跡取りに嫁げば軍籍を返上せねばならないし――あの猫にも会えなくなる。
ヨハンにも。
〝嫌だ!〟
彼女の魂が短い、しかし大きな悲鳴をあげた。
そして、隣の部屋では〝婚約破棄〟に向けて――作戦会議が始まりつつある。




