第14章 女騎士にドレスを着せる野蛮な花園 07/10
再び隣の部屋へ。
ヨハンとサムエル、そしてソフィアの3人が〝悪巧み〟の最中だ。
ミリアムの〝婚約破棄大作戦〟を立てるため、打ち合わせを重ねていた。
「……まさかっ!? 君たちが緩衝地帯で、あの〝守護者〟を撃破したのか! あれは我が連邦の重要文化財なのに!」
ハーレークイン小隊の最初の任務、白金級冒険者であるルートヴィヒを救出した際の顛末を聞かされ――魔界の貴公子は声をあげて驚いた。
「しかし、どうやったんだい……? あれは神話時代のゴーレムで、銃で撃って倒せるような――チャチな代物ではないはずだ」
「HEDP弾を込めた2門の無反動砲で、脚を潰してから――梱包爆薬で吹っ飛ばしたぞ」
「っ……」
ヨハンが得意げに語ったところで、サムエルは戦慄したのか――あるいは呆れたのか絶句した。
ややあって、魔族の美少年は言う。
「額に文字が書いてあっただろう? 〝エメト〟って――そこから右端の〝アレフ〟を消して〝メス〟に書き換え、つまり〝死〟を上書きするしか、無力化する方法はないんだけど」
彼はそれから、ソフィアを見た。
「ミス・エインセル――君なら知っていたよね? なぜ彼らに、正規の手順を教えてあげなかったんだい?」
「訊かれなかったし――聞かせても、ヨハンはきっと聞かないし」
妖精の少女は短く答えた。
「まったく、君たちときたら――信じられない〝脳筋〟だ! ますます気に入ったよ♪ さあ、作戦を立てよう!」
サムエルは褐色の肌を艷やかに輝かせた。
3人の目的は〝ミリアムの婚約破棄〟で一致している。
「……いい感じに、こう、霧を出してだな」
「うんうん、対象者がその場にいるなら、そのまま投影できるよ――あとは、音声が端末水晶に残されているかどうかだね。暗号鍵の複製と権限を、僕にも付与してくれたまえ」
「ん――了解、殿下」
「晩餐会がこんなに楽しみなのは――毒を盛ろうとしてきた姪に気付かれないように、グラスを交換したとき以来だ♪」
シメオン伯爵邸で催されるの晩餐会は、警備上の理由で――当初の予定を変更し、マスコミは締め出された。
屋敷の周辺は、重武装に身を固めた――陸軍の兵士が要所を警護している。
また、出席者たちは知らないが屋敷の周囲には狙撃兵が配置され――出席者の顔と名簿を1人ずつ確認して、予定外の者がいないかを調べていた。
さらに、これは主催者すら知らないが――大広間の天窓には、屋根に潜んだ兵士がいる。
ヨハンの部下、狙撃手と観測手たちで構成されるシエラ・チームだ。
不測の事態に、いつでも対処できるよう備えるために。
大広間の出入り口になっている、大きな両開きの扉の横に――礼服姿のヨハンは陣取った。
肩の上には例によってソフィアが立ち、部隊間で交わされる通信の内容を――口頭で耳打ちしている。
妖精の少女を連れ、帝国陸軍の礼服をまとった青年将校は――悪い意味で目立った。
扉が開かれて、
「連邦の藩王公子サムエル殿下――並びにシメオン伯爵令嬢、ミリアム様の御入来です」と家令のシュワルツが告げた。
「……」
ヨハンは思わず息を呑んだ。
彼だけではなく、他の出席者たちが一斉に――最後のゲストの到着と、その容姿に見とれた。
直前まで交わしていた、互いの会話の内容を忘却してしまうほどだ。
「綺麗――いいな」
相変わらず、その声には抑揚が乏しいものの――ソフィアも感嘆したらしい。
この怜悧な妖精の少女にしては、極めて珍しく――案の定、ヨハンが茶化す。
「なんだ、羨ましいのか? お前さんも〝たまには〟女の子なんだな」
その物言いに、妖精の少女は耳を引っ張って抗議した。
「今のハラスメントの代償は、こんどの休暇に払ってもらう――絶対に」
「アイス1個、奢るから許して――メスガキちゃん♪」
「1つじゃ駄目」
「2個よこせって? 欲張りだぞ!」
「じゃないと、あなたと〝半分こ〟できないもん」
「高くついちゃったな――ぴえん」
2人が話している横を、サムエルの腕に掴まるミリアムが通り過ぎた。
その見た目は普段と打って変わっていた。
前髪から耳の周りにかけては巻毛を多く作り、豪奢なプラチナブロンドの髪の毛を持ち上げて――3つ編みを輪にするようにまとめていた。
その頭頂部には、今年から若い女性の間で流行しているアクセサリーとして――小さなハット型の帽子を、斜めにピンで留めている。
帽子はドレスと同じく、緑のベロアと黒のサテンで仕立てられており――ドレスの方は丈から各部の寸法まで完璧に合っていた。
そして衆目の視線は、老若男女ともに――彼女の胸元と、そこを飾る巨大なダイヤモンドに集まった。
ミリアムの盛装に比べると、サムエルの装いは比較的地味だ。
昼間の調印式では、金糸の刺繍がふんだんに施された――オリエンタルで豪奢な、白の伝統衣装にターバンという出で立ちだった。
今宵は、古風なフロックコートの3つ揃いに――バックスキンのチャッカブーツを履いている。
上着の内側、ウエストコートは体型に吸い付くように――完璧な仕立てだ。
よく見ると、ベルトもブーツと同じバックスキンで――基本に忠実に合わせてある。
シャツは白のウイングカラーで、ボウタイを結んで――引き締めてある。
煌々とした大広間に出ると、その上下の布が――光をほとんど反射しない生地で仕立てられていることに、目の肥えた淑女ならびに紳士たちは気づいただろう。
羊毛とカシミールゴートの混紡、本来は色気のある光沢を宿した生地を――魔界でしか精製できない染料で加工したものらしい。
色は舞踏会場の橙色の照明の下で、黒よりも黒く見える――ミッドナイト・ブルー。
外国、それも魔界からの特使が身につけるからには――単に珍しい生地の服で、目立とうと画策したのではない。
声高な主張ではなく、
〝魔界からの使者という立場を明らかとするため〟という、本人の意思を無言のうちに代弁している。
また、その影のような装いは――舞踏の場でも機能的だ。
いかなるドレスを纏った婦人と踊っても、相手の華やかさを損なうことがない――という配慮も背景にある。
これらを裏返せば、
〝申し込まれれば誰とでも別け隔てなく踊るつもりだ〟という気持ちを伝えるためだ。
王族、外交官は常に――無造作に身につけるもので雄弁に語る。
この場に集う〝本物の上流階級〟にいる人々は、そこまで読み取れる大人が――殆どを占めている。
そのサムエルが、ヨハンたちの前を通るときに一瞥して微笑し、
「彼は僕の見込み通りだ」と言った。
「大尉が、でございますか?」
ミリアムは思わず聞き返さずにいられない。
「そのダイヤを、彼には〝好きに使って〟もらいたくて渡した――それを、これ以上ないタイミングで有効活用してくれたからね。君の美しさを引き立てるのは〝並みの宝飾品では釣り合わない〟と彼は思ったのさ。いや〝直感〟と言うべきかな」
サムエルは、ヨハンが決して漏らさない〝本音〟を代弁したのだろうか。
「まさか――殿下、お戯れはほどほどになさってください」
ミリアムは手慣れた様子で、扇子を使って口元から頬にかけて――顔の半分を隠した。
「直感――そう、直感だ。彼は頭ではなく、心で物事を〝観る〟ことに長けている。違うかね? 君にとって、彼はどんな人かな?」
「……」
ミリアムはほんの少しだけ、悋気を覚えた。
自分のほうが、彼よりもヨハンとの付き合いは長いというのに――この、百歳の魔族の美少年は。
あっさり、ヨハンの数少ない美点を言語化した。
口元を覆う扇子は、サムエルの世辞への失笑を隠そうとしたのか。
自分に見とれている、ヨハンの視線に気づいて――紅潮した頬を誤魔化すためか。
真実は本人にもわからない。
誰もが、自分の背中を見ることは出来ない――特に恋心が芽生えたばかりの、17歳の乙女ならば。
間もなく、ショールカラーの上着の襟に花を挿した――晩餐会のホストが歩み寄ってきた。
フォン・シメオン伯爵家の当主、ミリアムの父親にして――アーサー卿だ。
型通りの社交辞令をサムエルに述べて、席に案内する。
大広間では、伝統的に中央がダンス用の空間として利用される。
そこではパートナー同士、あるいは相手を入れ替えての舞踏を楽しむ人が音楽に合わせて踊る。




