第14章 女騎士にドレスを着せる野蛮な花園 08/10
早速、サムエルにダンスの相手を申し込む貴婦人が現れた。
ヨハンは壁を背に立ちながら、静かに腰の拳銃に手をかけた。
ソフィアが耳打ちしてくる。
「PID確認――招待客のドレイク男爵夫人。問題ない」
「野郎が仕掛けてくるなら、このタイミングだろ――もういっちょ、餌をまくか?」
「ん」
ソフィアが頷いた。
妖精の少女が指を鳴らす。
すると、晩餐会の音響装置が起動した。
ヨハンが持ち歩くラジカセに挿入してある、パーティソングのテープが回る。
ざわつく会場で、
「あ――ああ、たまにはこういう〝若者の音楽〟もいい刺激でしょう! さあ、無礼講として若い人は、こぞって中央へお越しください」と主催者のシメオン伯爵が機転を利かせた。
しかし、唐突過ぎたためか――出席者は誰も前に出ない。
「さっき〝何でもする〟って、私に言ったのを覚えてる?」
ソフィアがヨハンに訊いた。
「忘れたい」
「ん」
妖精の少女は、有無を言わさず――素行不良の上官の手をとった。
「ほんとに踊れるのか?」
「だって妖精だもん」
「ぬへへ♪」
軽口を叩きあった2人が、手を繋いで前に出る――正確には、ヨハンの小指にソフィアが腕を絡めて。
「そういうことか――よかろう!」
ヨハンたちの企みに気がついた、サムエルも柏手を打って――魔力を使った。
天候に〝ある程度〟干渉することを得意とする、魔族の貴公子が会場を囲むような――半円形の霧の銀幕を展開する。
遠くからでも、2人の――特にソフィアの姿を映し出すために。
音楽が変わった。
シンセサイザーとベースの、妖艶なメロディと――リズムの安定した、ドラムのイントロが流れる。
「悪の狂宴を、魔族の僕が盛り上げる――〝宵の明星〟の本懐だ。このあとで使う、音響と映像魔法の試験運用にも、ちょうどいいしね♪」
魔族の貴公子が手を大きく広げると、可憐な妖精の少女の姿が――霧のスクリーンに大きく映し出された。
ダンスホールの中央に出たヨハンが、軽快な足取りで――足首を軸に回って見せる。
同時に、彼が広げた両腕の上を――フィギュアスケート選手のように滑る、妖精の少女が目立つ。
甘い夢をご覧あそばせ♪
異論なんかないでしょ♪
7つの海を旅して探す♪
みんな宝物を目指して♪
悪用したい人がここに♪
都合のいい人がいるの♪
傷つけてくる人もいる♪
お互い様だって認めて♪
顔を上げてご覧なさい♪
そのまま 進みなさい♪
顔を上げ 進みなさい♪
そのまま 進みなさい♪
顔を上げ 進みなさい♪
そのまま顔を上げてて♪
悪用したい人がここに♪
都合のいい人がいるの♪
傷つけてくる人もいる♪
お互い様だって認めて♪
甘い夢をご覧あそばせ♪
異論なんかないでしょ♪
7つの海を旅して探す♪
みんな宝物を目指して♪
「――っ」
ミリアムが嘆息を漏らした。
もしもこれが〝普通の〟夜会ならば。
自分も、あそこで――ヨハンと踊ることができた。
社交界は好きではないが、あの上官となら――同僚の妖精の少女のように、自分も楽しく過ごすことができたかもと。
ダンスフロアの中央を見ると、無駄に軽快な足取りとリズムで踊る――帝国陸軍の礼服をまとった青年将校がいる。
その周りを、妖精の少女が縦横無尽に翔び回る。
身体の大きさが、小人と巨人ほどの差があるにもかかわらず――彼らは奇妙なほど、呼吸を合わせて踊る。
目を凝らすと、その周りからは――透き通ったアゲハチョウのような翅から、絶えず輝く妖精の粉が舞う。
黄金の鱗粉が空気に揺れると、かすかな鈴の音が耳をくすぐる。
誰もがソフィアに目を奪われた。
そしてサムエルが展開した魔法の、霧でできた半円形のスクリーン。
無表情のまま、青い銀色の髪を揺らして踊る――〝本物の妖精〟が鮮やかに映し出されている。
青葉を模したワンピースの、短いスカートを翻して。
即興の余興は〝若者の悪ふざけ〟と〝妖精の悪戯〟だった。
「っ――!」
ダンスフロアを、ソフィアは縦横無尽に翔び回る。
その姿を、どういう仕組みか想像もつかないが――サムエルの魔法が霧のスクリーンに投影した。
〝使徒〟の末裔にして、熾天使の翼を有する本物の悪魔の王子は――人智の及ばない力を秘める。
しかしそれを、戦いや戦争のためではなく――外交の晩餐会、それも妖精の少女を映し出すため〝だけ〟に使っている。
帝国と魔界連邦の戦争が、正式な講和を経て終わったことを――ある意味で象徴した。
甘い夢をご覧あそばせ♪
異論なんかないでしょ♪
7つの海を旅して探す♪
みんな宝物を目指して♪
同じフレーズが繰り返され、アウトロへと儚く消えていく。
曲が終わると、ヨハンは先に壁際へと戻った。
残されたソフィアが、呆気にとられた他の客たちに向かって――手招きをしている。
〝妖精と踊らない?〟
または、
〝今夜だけ特別だよ〟と言われたような気がした、招待客の若者たちが――ダンスホールに集っていく。
「まったく――どこまでふざけたら、気が済むんですか?」
魔界の貴公子にエスコートされながら、さりげなく近づいたミリアムが諫言した。
隣のサムエルは実に上機嫌だ。
「なかなか、やるね――君のステップも」
「妖精のメスガキちゃんの〝パンチラ効果〟には、逆立ちしても勝てないがな――隣の巨乳ちゃんほど、目立ってもいないし♡」
「こちらを見ないでください――大尉も任務中なんですから」
そう言われて黙るはずがない。
「Gにサイズアップしたな――豊胸コルセットを選んだ甲斐があったってもんだ♪ でも、上を28まで締め上げるのは、やりすぎだぜ。お前さんは広背筋が凄いんだから。おっぱいとおんなじで!」
そこにソフィアも戻ってきて言う。
「露骨なセクハラはマナー違反」
音楽はいつのまにか、若者向けのダンスミュージックから――優雅な室内楽へと元に戻っていた。
「なら、他になにを楽しめばいいんだよっ!? そこで実ってるでっかい〝桃〟を見逃せってのか? おっぱいって意味だぞ! おっぱいって意味だぞ!」
「なんで2度も言ったの?」
「だから、見ないでくださいと頼んでるんですっ」
ソフィアとミリアムが口々に注意した。
その様子を、相変わらず静かな微笑で――サムエルが見守った。
貴婦人を演じる女騎士は、扇子で口元を覆っている。
そこへ。
「失礼――フロイライン・シメオン。1曲、お相手を願おう」
夜会用の燕尾服を身に着けた、ルートヴィヒが現れて言った。
「ほーら釣れた♪」
ヨハンが小声でつぶやくと、ソフィアに耳を引っ張られた。
「ヘル・ゼブルン――小官は現在、殿下の警護計画の善後策に関して大尉とお話を……」
彼女は任務を口実に、ルートヴィヒから距離をとろうとした。
「そんなこと、雑兵どもに任せておけばよろしい――そうだな! 大尉!」
「仰せの通りであります――どうぞ」
「……え?」
上官は、意外にも大人しく引き下がった。
ヨハンは先刻、
〝ドレスを着てくれたら――お前さんの縁談をぶち壊してやる! 派手にな!〟と言った。
にもかかわらず、なぜ彼はルートヴィヒに譲ったのだろうか。
「安心しろ――野郎の思い通りにはさせん」
ヨハンはミリアムにだけ聞こえるよう耳打ちした。
耳たぶが火傷したように熱い。
胸の中央を飾るダイヤモンドが、急に燃えたような気がした――実際には、熱源は心臓の遥か奥だ。
たった一言の耳打ちが、こんなに心強いなんて。
ドレスで着飾った女騎士の手を、ルートヴィヒは――半ば強引に取って、広間の中央にいざなっていく。
それを見守りながら、
「首尾は?」とヨハンは訊いた。
「できてる――警備上の報告、各チームからは異常なし。アルファも待機を継続中」
妖精の少女は頷いた。
間もなく、晩餐会の主催をしていたシメオン氏が――小匙でワイングラスを鳴らして、招待客の注意を惹いた。
「みなさん、ご注目を願います」
音楽が緩やかに止まるとともに、アーサー・フォン・シメオン伯爵は口上を述べる。
「お集まりの皆様に、この場を借りて当家より喜ばしいお知らせがございます――このたび我が娘のミリアムとこちらのフォン・ゼブルン侯爵公子閣下の婚約を発表させていただきたく……」
シメオン氏の口上は、だんだんと尻すぼみになった。
その理由は、突如として大広間に立ち込めてきた――煙のような白い霧のせいだ。
「……」
広間の照明が暗くなりはじめた。




