第14章 女騎士にドレスを着せる野蛮な花園 09/10
サムエルが空気中の水分を集めて、凝結させる銀幕が――再び広がった。
さきほど、ソフィアの〝妖精の踊り〟を映し出した余興と――同じものである。
直後。
ベルとトライアングルをかき鳴らす、イントロとともに――導火線に火をつけた効果音が聞こえる。
そのまま魔法の音響装置が、特徴的でリズミカルな主旋律を賑やかに奏でた。
ソフィアが傍らのヨハンを一瞥して訊く。
「なにこれ?」
「なんだ、最近のメスガキちゃんは〝スパイ大作戦〟も知らないのか?」
〝婚約破棄大作戦〟のテーマソングに、ヨハンがいつもの悪ふざけを足したらしい。
招待客たちが呆気にとられている間に、その上映は――すぐに始まった。
光の反射を投影する、空間に現れた銀幕には――立体的な姿が描き出される。
間もなく、冒険者組合協会の誇る――白金級の冒険者にして〝虚飾の英雄〟のメッキが剥がされる。
白金のフルプレートメイルが光を受けて輝く。
それを身に着けて〝守護者〟と呼ばれる、異形の自律人形と戦いを繰り広げる――ルートヴィッヒの姿が再現された。
それは、ハーレークイン小隊が――初任務にあたったときの記録を〝編集〟したものだ。
彼らは〝緩衝地帯で獅子奮迅の活躍をしたが行方不明〟となった、冒険者組合協会の白金級の英雄こと――ルートヴィヒを救出するよう命じられた。
ヨハンが言う。
「やれ」
「音声をアップリンク」
ソフィアが端末水晶を介し、サムエルに音声記録を暗号化――送信する。
魔族の少年は、それを復調し空気の振動を操って――臨場感のある音響を再現してみせた。
《つまり、これが白金級冒険者の正体、ということですな》
この場にいないシニアの声が再現されて、大広間に響いた。
銀幕の中のルートヴィヒは〝守護者〟を相手に、1歩も引かない戦いを演じる。
しかし、よく見ると――攻撃はことごとく命中していない。
大ぶりの1撃を見舞い、空振りをするたびに、
《エターナル・バトルアックス!》と叫ぶ。
その姿を何度も繰り返されることで、よけいに滑稽に見えた。
《エターナル・バトルアックス!》《エターナル・バトルアックス!》《エターナル!》《エターナル!》《エタ!》《エタ!》《エタ!》《……!》
そこにミリアムの声が重なる。
《ゼブルン侯爵家は門閥貴族の重鎮です――何代にも渡って、傑出した軍人や官僚を輩出してきた名門でもあります》
ところが、勇敢に戦っていたルートヴィヒは――空振りの隙を突かれて〝守護者〟に倒されてしまう。
ミリアムの声で紹介されたルートヴィヒが、まるで虚仮にされたようではないか。
そしてヨハンの声に続く。
《助けて、息子が死んじゃうの――なんでもするから息子を助けて》
霧の銀幕は、唐突に死体の山を映し出した。
手足を切断されたもの、腹部の裂傷から――腸とその中身を地面にぶちまけているもの。
そして事切れる瞬間まで、苦痛に悶えつづけたとしか思えない――必死の形相が投影されていく。
大広間の端では、何が映し出されているか――遅れて気がついた貴婦人が、
「ひぃっ!」と短い悲鳴を上げて、卒倒する気配がした。
《彼らは冒険者組合教会が、ゼブルン氏の護衛のために雇った傭兵団――資金の流れを追ったところ、実質的には彼の私兵みたいなもの》
ソフィアの声が〝状況〟を補足した。
銀幕の場面は転換した。
そこで、ルートヴィヒは担架に揺られながら――みっともない下着姿で喚き立てている。
《なんだ貴様らっ!? 無礼者!》
そこに逆光になりながら人影が現れた。
その人物に、なにかの注射を打たれたルートヴィヒは――意識を失って、というより眠らされて大いびきをかきはじめた。
そこでサムエルが再び指を鳴らすと、一瞬で霧の銀幕が晴れた。
「……」
「……」
静まり返った大広間で、
「ちょっと編集が恣意的すぎたかな♪」と魔族の貴公子が言った。
「この痴れ者め! よくも!」
激昂したルートヴィヒが、サムエルに掴みかかろうとした。
彼はフロックコートの裾を翻し、身軽にそれを躱す。
ほぼ同時に、飛び出してきたヨハンとすれ違った。
「あとは任せるよ――うまく〝殺り〟たまえ」
「!」
ミリアムもドレスの裾を掴んで、その脚を大胆に晒しながら――ヨハンから貰ったOTFナイフを抜いた。
ボタンを押すと、バネ仕掛けの音を立てて――鋭い両刃のナイフが飛び出す。
ミリアムはそれを剣のように構える。
上官の、ヨハンの隣に肩を合わせるように並んで――ルートヴィヒの前に立ちふさがった。
さらに彼女は、凛然とした声を張る。
「ヘル・ゼブルン――わたくしは、あなたとの婚約を認めません。父上が何を仰ったか存じませんが〝小官〟はこの偉大なる帝国と、軍に忠誠を尽くす軍人であります。そして、今の任務はスミス大尉とともに、サムエル殿下の御身の安全を守ることです。任務を妨げるならROEに則り、対処します。これは最後の警告です」
ドレスを纏っていても、手にした得物が剣ではなく――ナイフでも、彼女は歴とした女騎士だ。
そこへ、拳銃を手にヨハンが便乗してくる。
「そういうこった――恥の上塗りをしないうちに、回れ右しとけ。〝ルートビア〟坊や」
彼なりの助言は逆効果でしかない。
かえって、怒りの感情に着火された――ルートヴィヒが殴りかかって来る。
「っ!」
踏み込んだミリアムが、ナイフの刃を突き出す。
燕尾服のテイルコートに、それを引っ掛けるために。
偉丈夫のルートヴィヒを転ばせることは出来ないが、予想外の変化に――彼は重心を崩してしまう。
その上、振り回した彼自身の拳と――その勢いがそれを助長する。
「っ!?」
ヨハンは、軌道の逸れた大ぶりの鉤突きを躱して――懐に飛び込む。
銃口で、ルートヴィヒの胸を2度突いて――顎の下に突きつけた。
「ババンバ・バンバンバン♪ ほら王手だぞ――アービバ・ノンノン♪」
息を呑むルートヴィヒ。
「っ……!?」
力を入れずに小突いた程度だったが、ルートヴィヒは驚いていたようだ。
彼の頭に血がめぐる前に、ヨハンは何が起きたのかを――改めて諭す。
「お前さんはたった今〝死んだ〟んだろ? 胸に2発、顎に1発――弾を喰らったじゃん」
そう言いながら、彼は拳銃を握ったまま――体重をかけた肘をルートヴィヒに打ち込む。
さらに飛び込んだ勢いのまま、腕を絡めとりながら――足をかけ、その場に転ばせた。
転んだ相手を後ろ手に組み伏せ。
「あらよっと♪ さすが俺ちゃん♡ 可愛くて賢い!」
最後に、身動きが出来ないように――膝を背中に落とす。
「ぐっ!」
さらに、ヨハンは銃を構えて――引き金に指をかける。
「税金をしこたま無駄遣いして訓練された兵隊に、素人が素手で敵うわけねえだろ! ぶち殺すぞごらぁあ!」
1秒に満たない数瞬で、6度の銃声がし――弾丸がほぼ同じ軌道で、床にめり込んだ。
狙いは、貴族の若者の顔の真横につけてあった。
うめき声を漏らしたルートヴィヒの後頭部に、口を寄せてヨハンは言う。
「大人しくしてろ――いや、むしろ足掻け。そしたら、俺ちゃんが合法的に撃てる♪」
ヨハンはルートヴィヒを解放した。
彼は新しい弾倉を拳銃に装填しながら、踵を返して――サムエルを守るミリアムと合流しようとした。
「大尉!」
ミリアムの警告を受けて、ヨハンは咄嗟に振り向きざまに拳銃を向けた。
肘を曲げて、両手で銃を保持しながら――胸の前で極端に小さく構える、CARと呼ばれる独特の〝型〟で。
上着の胸ポケットに差していた手袋を、ルートヴィヒが投げつけてきたのが見えた。
「っ……」
ヨハンは胸の前で組むように構えたまま、上半身ごと体を傾けて狙いをつけ――引き金を絞った。
あえてルートヴィヒからは、狙いを外して。
それは慈悲や、この場が晩餐会であることを弁えた――大人の対応ではなく、訓練を受けた人間の機械的な反応にすぎない。
ヨハンはあの一瞬で、ルートヴィヒの両手を見て――非武装を確認し、交戦規定に厳密に従い彼を撃てなかっただけだ。
「!」
銃声がして弾丸が手袋を射抜き、その場に撃ち落とした。
ルートヴィヒは、銃撃に怯まず声を張る。
「決闘だ! かように公然と下級士官ごときに侮辱され、黙っているわけにはいかん! 正々堂々、剣によって勝負を挑んでくるがいい」
「いや――自分から手袋を投げといて〝挑んでくるがいい〟って――打ちどころ悪かった? 頭を冷やしたいなら、風穴をあけてあげようか?」
ヨハンの困惑をよそに、ルートヴィヒは――決闘の条件を強引に押し付けてくる。
「貴官がもしも勝利すれば、この場での弾劾は収めてやるに吝かではない――されど、我が身が勝利した場合、貴官はこたびの騒乱と狼藉の責を取って、軍籍と爵位を返上せよ。また、フロイライン・シメオン嬢には、自分の本当の力を証明し、婚約を正式に認めていただくものとする」
「それ――受けるメリット〝俺たち〟にないじゃん! チンプンカンプン・マジ卍っ!?」
ルートヴィヒは、絵に描いたような門閥貴族の子息だ。
自分以外の人間は、彼に有益でなければ――我慢できないらしい。




