第14章 女騎士にドレスを着せる野蛮な花園 10/10
そこに、ソフィアが割り込んだ。
「ヨハン――シエラ・チームから報告。〝6頭立ての馬車〟が到着したって」
妖精の少女は、上官にそう耳打ちした。
「うそん」
ヨハンは目を丸くした。
しかし、ソフィアは淡々と告げる。
「ほんと――〝あの人〟が来ちゃったみたい」
さきほど、ヨハンが銃口で小突いたとき――ルートヴィヒは困惑していた。
それは〝攻撃に威力がない〟ことに対してだと、彼は思っていたが。
しかし、実際には〝反撃を受けたことそのもの〟に対して――ルートヴィヒは困惑していたらしい。
聞き流していたが、この間にフォン・ゼブルン侯爵家の跡取り息子は――いつの間に調べてたのか、ヨハンの出自が怪しいこと。
そもそもスミス子爵家の嫡子ではなく、養子であり――〝紛い物〟だと招待客たちに向かって暴露した。
「かような、紛い物の貴族である、スミス大尉とやらによって、由緒正しい――我が身のような〝本物の貴族〟の名誉が傷つけられることを許容すれば、すべからく帝国が守る秩序が失われてしまおう!」
雄弁を、彼は熱い口調で振るった。
ルートヴィヒの主張は〝部分的に〟正しかった。
しかし、重要な情報が抜け落ちている。
〝誰〟がヨハンにスミス子爵家の家門を与えたのか、という。
もう1つ。
ヨハンが成人するまで〝誰〟が彼の後見人だったのか――いずれも同じ人物に集約される、という点が。
そこに。
ある人物が大広間に足を踏み入れた。
周囲からは感嘆の声が漏れる。
「おおっ」
「なんとっ……」
「あいも変わらず麗しいこと――っ!」
「かような至近でご尊顔を拝するとは!」
「恐悦でございますっ……」
帝国では〝神姫〟に次ぐ権威を恣にする、大貴族が現れ――出席者たちの列が文字通り、2つに割れた。
彼女の肩書は枚挙にいとまがない。
帝国空軍中将にして、統合参謀本部次官補。
帝都防空基地司令。
貴族院立法審議委員。
あるいはエフライム侯爵、竜族の長――竜王。
そして、帝国太傅。
〝神姫〟の守役を、2000年――96代に渡って務める超越者だ。
名を、マイア・ウンドーミエル・ケレブリーアン・フォン・エフライムと発する。
彼女こそ、ヨハンの養母である。
しかし、人間の姿をとる彼女の見た目は――10歳の童女のようだ。
「円舞なぞより、よほど興味深い趣向で盛り上がっておるのう――ところで夕餉はまだかえ?」
彼女のせいで、事態はさらに〝ややこしい〟ことになっていく。
不意に大広間に現れたマイアだが、彼女は招待を受けていたものの〝後宮に参内する〟と称して――出席を断ったという話だったのではないか。
その上、貴族の晩餐会だというのに――宮中に参内するときに身につける、朝服のまま現れた。
それもごく限られた者にしか許されない〝浅紫〟の着物で。
太傅の権威を身に着けた竜王に、ルートヴィヒが申し立てる。
「フォン・エフライム閣下――謹んで言上を仕ります。いかに、太傅たるあなた様が擁護しようとも、彼奴が偽貴族である事実は揺るぎますまい」
門閥貴族の若者は、マイアに対しても――物怖じせずに言った。
蛮勇というには、あまりある。
しかし、竜王は優雅な所作のまま――腰の帯から抜いた、扇子で微笑を隠し、
「よいよい――そなたの弁舌、いちいち尤もじゃ」と鷹揚に頷いた。
彼らのやりとりを見たソフィアが訊く。
「法的手続きに則って、あなたはスミス子爵家の家督を継いでいる――〝本物の貴族〟と何が違うの?」
ヨハンはいつもの調子で、
「そりゃ、やっぱ顔だろ? そろそろ、メスガキちゃんも俺ちゃんのことを〝男前〟って認めていいんだぞ?」と軽口を叩いた。
これに妖精の少女は冷徹に切り返す。
「面の皮が厚いって自慢?」
2人の疑問をよそに、マイアは、
「この件、妾が預かってしんぜよう――何人も文句がつけられない形で落着させれば、よかろうか」と言った。
「おお!」
「さすがは、太傅様……」
「竜王に栄光あれ」
招待客の貴族たちは、その即断を手放しで称賛した。
彼女は続ける。
「さらば、この決闘は妾が取り仕切ろう――準備もあろうから、日取りは1週間後の正午とす。ちょうど秋分じゃな。その刻限に、互いに東西に立ち位置をとれば、公平な条件で戦えよう。決闘場には、ちと〝狭い〟が我が屋敷の庭を提供してつかわす」
「おいババア! いきなりしゃしゃって、勝手に決めんな!」
ヨハンが抗議の声をあげた。
しかし、彼の養母は素早く扇子を閉じながら――鼻先にそれを突きつけた。
「妾が取り仕切るからには、真剣勝負じゃ――貴族の端くれたるもの、よもや怖気づきはすまいな? スミス大尉よ」
「……」
彼は瞬いた。
たったいま、彼女は〝真剣勝負〟を提案してきた。
これは、決闘における決着の際に――どちらかが相手を死に至らしめても、罪に問われないということだ。
言外に、
〝ミリアムを守りたければルートヴィヒを殺せ〟と告げたのと同じだ。
「互いの力量を勘案して銃器の使用は可――ただし! これに関しては、立会人や観客の安全も考慮し、一定の制限を設ける。防具に関してはこれに自由裁量を認める。よろしいかの?」
その規定は、明らかにルートヴィヒに有利だ。
彼は、特注の防弾仕様で――白金仕上げのフルプレートメイルを用意できる。
甲冑というより、それは〝強化外骨格〟というへぼき代物だ。
よほどの大口径の銃と、特殊な弾丸を用いなければ――貫通できない。
その上、
「決闘であるからには、正々堂々たる〝戦い〟に興じるものとする――したがって、罠や毒は用いてはならぬ。銃器についての制限じゃが〝線条〟つまりライフルを禁止としよう。それから、弾倉を用いた連射も禁ずる。観客の安全がためのう。無論、爆発物も禁止とする。あとは、持ち込む銃器の数を2挺までに絞るべし」
「おいおいおい……」
ヨハンは珍しく戦慄した。
「縛りプレイにも、程があるぞババアっ! 手加減しやがれ! 俺はあんたの、可愛くて賢い猶子様だろうがぁあ!」
マイアの課してきた〝条件〟の厳しさを理解したらしい。
竜王はそれを黙殺する。
「決着はいずれかの死、または〝降伏〟を申し出た際に、相手がそれを容れた時とす――勝負が付き次第、これに当事者並びに第3者が異議を申すことまかりならぬ。掟に反した者は、妾が愛刀〝桜花〟にて処す。よいな?」
ルートヴィヒの方は、すでに自分の勝利を確信して疑わない。
「異議なし! さすがはエフライム閣下――たとえかつて御身が猶子に引き取り、後見を務められた者でも、貴族の誇りに傷をつければ、お裁きにご容赦はないということですな! 不肖の身なれど、まことに感服の至りでございます」
「うむ――そなたはまっこと愛いのう。まさしく、気高き10氏族に連なる範である。なれば、来る秋分には口舌の刃に優るとも劣らぬ冴えを、妾に披露したもう。して、スミス大尉。そなたの返答やいかに?」
ヨハンは背後に控えるミリアムを一瞥した。
「……」
露骨に大きく嘆息して、
「わかった――真剣勝負だな」と答えてから、床に撃ち落とした手袋を拾った。
こうして〝なぜか〟ヨハンとルートヴィヒは、衆人環視のもとで――決闘の約束を交わしてしまった。
しかし、マイアの提示した真剣勝負――これによって〝何が起きるのか〟を理解していた人は、この場には片手で数えられるほどしかいない。
その夜。
大広間の壁際で椅子に腰掛けたヨハンは、マイアになぜ遅参したのかと尋ねた。
肝心の竜王は、愛する〝猶子〟との再会を喜び――ヨハンの膝の上から離れない。
「あーん♡ あーむ♪」
先ほどから、雛鳥のように口をあけては――我が子が小さじですくった、プリンを運ばせる。
完全に親子の立場が逆転していた。
口溶けのいい菓子を嚥下しつつ、妖艶なバニラとカラメルの香りが漂う――甘い息のまま唇を耳元に近づける。
「まったく、坊やは精進が足りんのう――ほれ、見やれ」
マイアは片腕を首にまわし密着しつつ、もう片方の手で開いた扇子で指した。
その先。
そこでは、他の招待客たちとともに――サロンで歓談している、サムエルとミリアムがいた。
「シメオン伯家のお嬢ちゃんが、晴れ着を纏うのを見とうてな――先に〝後宮に参内する〟と申せば、それが叶おう。最後にもよい座興に立ち会え、なかなかに愉しかったぞよ」
「これだもん――あんたの退屈しのぎで命をかける、こっちの身にもなれ!」
「なにより、こうして――坊やのお膝に、抱っこして欲しかったからのう♡ 褒美に、今宵は同衾してしんぜよう。朝餉の前には湯浴みも一緒にしようぞ! 光栄じゃろう? 喜ぶがよい」
その傲岸な物言いに、ヨハンは渋い顔をする。
「チェンジ」
帝都の性風俗店で用いられる〝合言葉〟で彼は答えた。
「坊やは照れ屋さんじゃて♡」
「黙れ! このロリババア!」
第14章 女騎士にドレスを着せる野蛮な花園
プレイリスト
Eurythmics - Sweet Dreams
補足(蛇足)
ヨハンがミリアムに贈ったネックレスの時価は最低1億ポンド=約3兆円
1シリング=1200~1500円
1ポンド=20シリング
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