第15章 婚約破棄の解決手段はショットガン 01/10
シメオン伯爵邸での晩餐会。
そこで騒動が起きた。
帝国最大の権門にして、門閥貴族の10氏族に連なる――フォン・ゼブルン侯爵家の跡取り、ルートヴィヒ公子が主役である。
彼はミリアムの婚約者だ。
望まぬ結婚を強いられたミリアムの〝婚約破棄〟を目論み、ヨハンはソフィアとサムエルと共謀して――晩餐会で公然と彼を侮辱した。
その名誉挽回を大義名分とし、ルートヴィヒはヨハンに――決闘を申し込んだ。
そこに〝間が悪く〟居合わせた、竜王マイアの調停で――決闘を公式に催すことを宣言された。
決闘の当日。
シメオン伯爵邸。
庭園の温室に面した書斎に、当主のアーサー・フォン・シメオンがいた。
ミリアムの父親は机に向かって、コーヒーが冷めるのをただ見つめる。
その向かいには、家令を務めるシュワルツが立つ。
「旦那様――お取り替えいたしましょう」
アッシュブロンドの髪を撫でつけた執事に訊かれ、ようやくシメオン氏は顔を上げた。
目が合うと、家令は言う。
「旦那様、いいえ――アーサー様に申し上げたき儀がございます。わたくしは、アーサー様と乳兄弟同然に育ち、当家には1人前にしていただいた御恩があります。僭越ながら、ミリアムお嬢様のことも、我が子のように思っております」
「そう、いつも君とミセス・スタウトの世話になっていた――妻が亡く……テレジアがいなくなってからは」
「お家のことも大事ではございます――されど、お嬢様のお幸せこそを、今1度お考えになってはいかがかと。フォン・シメオン伯爵家当主ではなく、ミリアム様のお父君のアーサー様として」
シュワルツは、あえて主君と息女の名を強調しながら言った。
〝公人〟の立場よりも個人の、人の親としての優先すべきことがあるのでは――という諫言だった。
それから執事は恭しく、主人の机からコーヒーカップを片付けた。
背後に控えていた侍女が、新しいものと交換する。
書斎の扉が控えめに叩かれた。
家令のシュワルツが大股で歩き、言伝に来た――若いフットマンと何事かやりとりをしている。
要件を聞き、彼はすぐ主人に告げる。
「旦那様――ただいま、フォン・エフライム侯爵家より、ご使者がお見えとの由にございます」
エフライム侯爵家といえば、今頃は例の〝決闘騒ぎ〟の渦中にあるはずだ。
もう、決着がついたのだろうか。
少し前。
エフライム邸。
竜王の邸宅は、屋敷というより〝城〟のような様相を呈している。
サムエルは帰国の予定を延ばした。
公式には、
〝大陸横断鉄道が爆破された真相を帝国政府から引き出すため〟と称し。
それは半分、事実ではあった。
なにしろ、講和調印式の当日に起きた――爆破テロの犯人はいまだに逮捕されず、野放しのままだ。
しかし、真の理由は別にある。
自分も関わった計略が元で始まった諍いの、
〝結末を見届けたい〟という。
つまるところ、この熾天使の翼を宿した悪魔の貴公子は――ヨハンがどうやって、ミリアムの婚約者を殺害するか。
それを楽しみにしているらしい。
「そんなに、俺があの〝バカボン〟を殺すところが見たいのか? ポップコーンと、コークの瓶を両手にして」
ヨハンは呆れて訊いた。
これにサムエルは破顔して頷く。
「もちろん――さあ、早くあの若者を殺してくれたまえ♪ 僕の目の前で!」
魔界の貴公子は屈託のない笑顔で答えた。
「それに彼の魂は、大天使サリエルの裁きのもと――次のオークションのカタログに、もう載っているからね。最低落札価格を知りたいかい? 僕たちの〝取引〟の成果だよ」
ヨハンは、先日の協力の対価として〝ルートヴィヒの殺害〟と〝彼の魂を売り渡す〟という――空手形を切っていた。
2人は、マイアの屋敷――エフライム邸のサロンにいる。
そこがヨハンに割り当てられた控室である。
「君のことだ――大口径の対戦車ライフルを使うと思っていたが〝箱〟が小さすぎるのでは?」
ヨハンは樹脂製の銃のコンテナを開ける。
その肩越しに、サムエルが覗き込んだ。
「殿下〝そこ〟は私の席――どいて」
ソフィアの不躾な要求に、
「おっと失敬――ミス・エインセル」と彼は素直に下がった。
「ん」
魔族の少年から、妖精の少女は場所を横取りして――ヨハンの肩に立った。
コンテナの中身をヨハンが語る。
「ババアが決めた〝クソ縛りプレイ〟のせいでな――対戦車ライフルどころか、ライフル自体、つまり旋条のある銃器は禁止なんだ。オマケに単発銃しか持ち込めない、念の入りようだ。こいつらの〝マグ〟には、中に詰め物をしてある」
「ふむ」
「ふーん?」
その説明に、魔族の王子と妖精の少女は――揃って同じ方向に首をかしげた。
このたびの決闘において。
マイアは日時と場所以外にも、いくつかの規則を〝掟〟として定めた。
〝観客の安全がため〟と称し、銃を得意とするヨハンに――明らかに不利となる、制限の数々を。
・進行と裁定は竜王が執り行う
・貴族の名誉を守ることを第一義とし、堂々たる正面決戦せよ
・決着は戦闘不能、降伏の申し出と相手がそれを受諾した場合――または相手の死
・決着の後、当事者ならびに第3者が――これに異議を申し立てること、まかりならぬ
・ライフルの使用は禁ずる(自動小銃、狙撃銃、軽機関銃など〝線条〟が施された銃)
・弾倉に頼る連発は戒める(散弾銃のチューブマガジン、リボルバーも弾倉とみなす)
・持ち込める銃器の数は2挺、個人が運用可能な大きさまで可なり
・爆発物の使用は、観客が安全を担保するため禁ずる
・拳銃の線条は例外的に許可するが、弾倉への装弾は同じく禁ずる
・防具、装具に関しては各々の自由裁量を認めるものとす
・掟を破った者は理由の如何を問わず、竜王が愛刀〝桜花〟にて処す
・異議を申し立てたくば、1匹のトカゲを武力で屈服させるがいい
署名:帝国太傅 マイア・ウンドーミエル・ケレブリーアン・フォン・エフライム
御名御璽:96代〝神姫〟 ヴィクトリア
布告が〝正式な公文書〟であることの証拠が、いくつか散見される。
第1は当然ながら、玉璽と〝神姫〟の署名があること。
さらに、マイアの名の前に1字――ヴィクトリアの名の前に2字の〝闕字〟が挿入された点。
律令制の初期に定められた、伝統ではある。
しかし、それらの風習はもはや一般教養からは遠く――宮内省に務める者か、史学教授でもなければ修めていないものだろう。
古式と定式に倣い、万事を仰々しく飾るのをよしとする――竜族の習性と、マイアの悪癖がいかんなく発揮された。
それにしても、苛烈な規定だ。
端的に言えば、あらゆる銃火器を得意とする――ヨハンには、単発の銃を使うことが強いられた。
観客の安全を守るため、銃火器に対してある程度の制限を定めるのは――やむを得ない。
問題は最後にある。
防具の自由裁量の件だ。
ヨハンと異なり、対戦相手のルートヴィヒは――完全防弾仕様の特注品のフルプレートメイルを愛用している。
それもただの防弾鎧ではない。
その実態は、空気圧を用いた人口筋肉と機械式の筋力増幅機構が備わり――動力源として、未知のアーティファクトを内蔵した〝強化外骨格〟なのだ。
「縛りプレイにも程があるぞババア!」
決闘の〝掟〟を定められた場で、ヨハンは吠えた。
無論、異議は通らずルールは覆らない。
ルートヴィヒは、自らの勝利を確信にかえて言った。
「さすがはエフライム閣下――貴族の誇りに傷をつければ、お裁きにご容赦はないということですな!」
このマイアが決めた〝試練〟には、裏の理由がある。
発端はヨハンたちが共謀し、ルートヴィヒを嘲弄――貴族の名誉を汚したことだ。
目的はミリアムの〝婚約破棄〟であり、彼女の自立と自由を守るためとはいえ。
したがって、
〝意図的に貴族ルートヴィヒに有利な条件を整え、その上でヨハンが勝たねば――外部からの異論が噴出する〟という配慮だ。
もう1つの、マイアからの言外のメッセージはこうだ。
「ミリアムを守りたくば、この〝掟〟の下で相手を殺せ――妾の愛しき御子よ」
こうしてヨハンは、普段の彼が最も得意とする――卑怯、姑息、奇策、反則という最大の武器を封じられてしまった。
はたして、彼に〝正々堂々たる決闘〟ができるのか。
「絶対無理」
誰よりも彼を深く理解する、妖精の少女――ソフィアが断言した。




