第14章 女騎士にドレスを着せる野蛮な花園 05/10
晩餐会で、サムエルのパートナーをどうするか――誰が務めるか。
この点でハーレークイン小隊の幹部たちは頭を悩ませた。
そもそも立候補者が現れない。
その際に、ヨハンは冗談めかして――ミリアムに頼んだ。
だが、
「小官は殿下の近衛です――大尉がそうお命じなさいましたから」とにべもなく断られた。
どうしても候補者が決まらない場合は、竜王マイアに頼むと言って――その日の軍議は終わったはずだ。
「エフライム中将はいかがなさったのですか!?」
「いやそれが、ババアのやつ――急に〝後宮に参内する〟ってほざいて、今日は欠席になっちまって。トホホのマジぴえん」
「……」
ミリアムが唇を尖らせると、ヨハンは本気で困ってるような顔をした。
「でもほら、魔界の馬鹿王子の〝お相手〟って体裁が整うじゃん――そしたらバカボンと手を繋がなくて済むぜ?」
さらに、無理矢理にでも話題を変えるため――彼は言う。
「あ、そうだ――これ見てくれよ、これ」
衣装を収めてある、革のスーツケースから――紫色のビロード生地で包まれた小箱を取り出した。
「お前さんの〝新装備〟だぞ――けっこうな値うちものだぜ」
箱をあける。
中に収めてあったのは、拳大のダイヤモンドを中心に据えた――首飾りだった。
鎖や装飾はプラチナで造られている。
「なんですか? このガラス玉は? こんなに大きな金剛石の結晶なんて、手に入るわけないでしょう」
「大丈夫だって――本物だろこれ。鑑定書はこっちな」
鑑定書には〝最高品質〟〝2000カラット〟という――非常識な文句が並んでいた。
「それに、こいつはあの魔族のガキからの貰い物だ――身につけていけば、喜ばれるだろ?」
「……」
予想外の連続に、ミリアムは驚かされた。
カット済で、人の握り拳ほどあるダイヤモンドの価格など――ゼロの桁がいくつ並ぶか、想像もつかない。
ヨハンやミリアムの年俸が5000シリング、250ポンドと仮定して。
このダイヤモンドの値段は、1億ポンドが〝最低限〟の時価だろう。
庶民の生涯年収に換算すれば、1万人分――小国の国家予算にすら匹敵する。
金額が天文学的すぎるため、現物を前にしてなお――ミリアムには現実感が沸かない。
とはいえ、もしもこれを受け取るならば――サムエルのパートナーとして、晩餐会にドレスを纏って出席しなければならない。
しかも、それを断れば〝ルートヴィヒのパートナーになれ〟と父親に請われる。
それも公私の。
「……」
軍務、サムエルの身辺警護の延長として――これを引き受けるべきか。
「もうひと押しが要るみたいだな……」
ヨハンは彼女の逡巡を見透かしたように言った。
彼は立ち上がり、ミリアムに歩み寄って耳元に口を近づける。
副官の乙女は、父親や家令以外に――このように耳に息がかかることを許したことはなかった。
ミリアムの両肩に手を置いて、彼は目を爛々と輝かせて言う。
「ドレスを着てくれたら――お前さんの縁談をぶち壊してやる! 派手にな!」
「……」
この期に及んで、ミリアムは〝どうやって〟とは訊かなかった。
その程度には、ヨハンのことを信頼しているつもりだ。
しばらくして、彼女は別の質問をした。
「大尉はご覧になりたいのですか? 小官が、サムエル殿下のお相手を着飾って務めるところを。ドレスを着たところで、ご覧の通り無骨者に変わりありませんが……」
ヨハンは両手の親指を立てた。
「いっちょ頼む――パツキン・チャンネー・パイオツ・カイデーちゃん♡」
「もう!」
茶化されたミリアムは怒りを露わにしつつ、
「はあ」とため息をついてから言う。
〝情けない上官を仕方なく助ける〟ということにしたようだ。
「隣室で、サムエル殿下とお待ち下さい――侍女と身支度を整えます」
「いやいや、俺も着替えの手伝いをだな――背中のファスナーを上げてやるって。下ろすほうがもっと得意だけど♡ 勘違いすんなよ? エロい意味だからな!」
「い・い・か・ら・待っててくださいっ」
ミリアムはそう言って、ヨハンの背中を強引に押しながら――上官を追い出す。
扉が閉まると、ノブから錠前の下りる音までした。
「おいっ!? どんだけ信用ないんだ!」
《ご自分の胸に手を当てて、ふだんの不埒な言動の数々を思い出しなさいませ!》
「ふざけんな! 目の前にスケベな身体をした女騎士がいるのに、なにが悲しくて自分の胸を触らなきゃ、ならねえんだっ!?」
《だからこそです!》
「俺ちゃんのパフパフを返せ!」
《大尉のじゃありません!》
扉を挟んで騒ぐ、2人の男女に――隣室にいたサムエルが、ヨハンの背中へ向かって言う。
「君たちのプラトニックと、このお茶――どちらが甘いかな?」
彼は、ラズベリーのジャムを大量に溶かした紅茶を――行儀よく飲んで寛いでいる。
サムエル、第3者からすれば2人のやりとりは――蜂蜜や水飴に等しいとからかったのだ。
ヨハンは無言で腰から拳銃を抜いて、振り返るより早く彼に狙いをつけた。
「こんど無駄口を叩いたら――その口に塩を詰めて縫い合わせるぞ?」
「ゾンビの儀式は魔族に効かないよ――僕たち〝使徒〟の最大の弱点は、無辜の人々が純粋で無垢な心で祈ることだ。愛を込めてね」
「それできる人間がいるわけねぇだろ――坊主がなんで手を合わせるか知ってるか? 非課税の泡銭を隠すためだぜ?」
銃で片手が塞がったまま、ヨハンはもう片方の手で――器用に細巻き煙草を取り出す。
サムエルが指を鳴らして、その先端に火を灯した。
その動作1つで〝僕は君に味方をする〟と彼は言外に伝えてきた。
「……」
「……」
2人の視線が交錯し、ようやくヨハンは銃を腰に収めた。
彼は煙を味わいながら声を落として続ける。
「こういう野暮は趣味じゃねえが――最高に有能で最強にスケベな身体をした女騎士を、あんな〝バカボン〟に取られてたまるか。邪魔するためなら、悪魔と取引するぜ?」
ヨハンの不穏な物言いに、サムエルは目を輝かせた。
「では、悪魔らしく悪巧みをしよう――さあ、君の望みを言いたまえ♪」
魔族の貴公子は、喜々として客間の椅子から立ちあがった。
「あの野郎が絡んできたときの〝手品〟を仕込む――手を貸せ」
「取引の対価として、最後は目の前であの若者を殺してくれるかい?」
「乗った♡ 指切りゲンマン♪」
「彼のような、尊大で己の心に〝鏡〟を持たない若者の魂は、市場で高値がつく――大天使サリエルも、きっと喜んでオークションを開催してくれるだろう。知ってるかい? 天使たちも僕ら悪魔と同じく、人間の魂の〝味〟に目がないんだ」
ヨハンはそれから、休憩中のソフィアを呼び出した。
シメオン邸に飼われている、猫たちとの饗宴を邪魔され――妖精の少女は不機嫌だ。
「なに?」
ヨハンは事情を話して、協力を頼んだ。
「ふーん」
「おい、なんでそんなやる気ないんだ? たしかに、こいつは〝任務外〟だけど――もしかして、猫かっ!? 猫畜生どもと遊べなくなったからか! 我儘にもほどがあるぞ、メスガキ妖精ちゃん!」
「別に?」
ソフィアがいつにもまして、素っ気ない。
やむを得ず、サムエルが間に入って訊く。
「何か懸念があるのかね? ミス・エインセル」
「状況と〝婚約破棄大作戦〟に異論はない」
「だったらなんだよ! あ、アレだろ〝アンネの日〟かっ!?」
氷でできたルビーの瞳が、ヨハンを射抜いた。
その視線に気がついて、
「2人きりにしようか?」と魔族の貴公子は気を利かせた。
しかし、妖精の少女は首を振る。
「いい」
彼女は、どうも怒っている様子だ。
珍しいというよりも〝初めて〟ではないだろうか。
彼女の人生の中で、初めての〝怒り〟ではないか。
ソフィアは言う。
「どうして他の〝大人たち〟みたいに、ミリアム少尉を都合よく利用するの? なんでそれで、平気でいられるの? 原因はあなたなのに」




