第14章 女騎士にドレスを着せる野蛮な花園 04/10
「……」
ヨハンはシメオン氏に〝釈明〟を求めようとした。
その間に、偉丈夫の青年は――肩をぶつけながら、強引に応接間に踏み込んできた。
見かねて、ミリアムの父親が嗜める。
「ルートヴィヒ君――少し控えてもらいたいな。御覧の通り、先客がお見えでね。それから、私の娘も。君の前にいる大尉殿は我々と同じく貴族だよ。名だたる侯爵家にして、フォン・ゼブルン家名を継ぐ跡取りとして、礼節を弁えなさい」
「礼を失した件をお詫びします――伯爵閣下。ふん? では、この貧相な小兵が、フロイライン・シメオンの上官とやらか」
貴族家の青年、ルートヴィヒは――ヨハンを文字通り〝見下し〟ながら言った。
「……」
素行不良の青年将校は無言で顎をあげて、ルートヴィヒを見た。
その利き手は、相変わらず腰の銃に添えられている。
ヨハンが〝どんな人間か〟を知るミリアムが、不穏な気配を感じ取った。
「大尉――押さえてくださいっ!」
彼女は声を落として言った。
「♪」
隣に腰掛けるサムエルは、相変わらず微笑を絶やさない。
死線の渦中にいながら、ルートヴィヒは――首を傾げる。
よほどの胆力の持ち主か、あるいは理外の愚か者のどちらかだ。
「貴殿とは、どこかで会った気がするな?」
ヨハンの顔に、彼は見覚えがあるようだ。
「いいえ――初対面であります。先ほどの部下のご無礼を、代わって謝罪を申し上げましょう」
「よきにはからえ――有色人種の混じった、雑多な平民どもにしては、なかなか気骨のある者たちであった。しかし我ら10氏族のような選ばれし気高さは、彼奴らごときには永遠に身につかんが」
その物言いは〝フォン〟の称号を持たない、ヨハンへの――遠回しなあてつけに違いなかった。
「ええ――まったく」
ヨハンが口の端に歯を覗かせて、白々しく会釈した。
「……」
ミリアムは、背中に氷で出来た銃剣を――押し付けられたような気がした。
おそらく、次に〝誰か〟が不用意な言葉を発したら――この場で血が流れる。
彼は、ヨハンは暴力の行使に――人間らしい〝躊躇〟や〝容赦〟というものがない。
もしも〝仕事の邪魔〟だと判断した場合、彼はすぐに撃つ。
そして、それを止められる者はいない。
「どうやら、長居をしすぎてしまったようだ――僕たちは下がらせてもらおう」
サムエルはそう言って、応接椅子から立ち上がった。
魔族の貴公子が中座しようとすると、それにミリアムも合わせた。
ヨハンは、拳銃のグリップから手を離して――肩のエポレットに留めた、端末水晶のハンドセットに告げる。
「シックスよりブラボーへ――〝レイブン〟は移動する」
《ブラボー、了解――ラングとウィリアムズが先導します》
「では、伯爵――晩餐会で」
魔界からの使者が礼儀正しく述べ、ヨハンが先に立って――彼らは応接間を出ていこうとする。
ヨハンの習性を、魔族の貴公子は見抜いているかのような――絶妙な間合いの把握だ。
ところが、
「ミリアム、ちょっと待ちなさい」とシメオン氏が娘を呼び止めた。
彼は重ねてヨハンにも訊く。
「大尉、よろしいですかな? 親子で少し世間話などをしても」
彼女は軍務を理由に断りたかった。
しかし、ヨハンが許可を与えたために――ミリアムは応接間に残された。
「3―5だ――窓を使え」
部屋を出るときに、ヨハンは符丁で告げた。
3-5とは〝自由交戦〟を表し、この場合は転じて〝好きなときに窓から逃げろ〟という意味となった。
「……了解」
ミリアムはサムエルと上官を見送った。
しばらくして、割り当てられた客間に――ミリアムが入ってきた。
隣は続き間の来賓用の貴賓室で、サムエルの控室だ。
「で――お父っつぁんと、あの〝バカボン〟はなんだって? つーか、誰だあいつ?」
「まさか大尉――本当にお忘れでしたかっ?」
ミリアムは瞠目とともに、驚きを露わにした。
「だって、俺は社交界デビューしたことないもん――10歳で幼年学校に入っちまったし、スミス家は家門も領地もない〝名ばかり〟子爵だぜ?」
「いいえ――そうではありません。最初の任務の際に、緩衝地帯で彼を救出したではありませんかっ!?」
「あ――ああ! あの〝ルートビア〟か!」
ヨハンはようやく思い出した。
ハーレークイン小隊が発足した最初の任務。
彼らは、白金級の冒険者と称賛される――冒険者組合協会の英雄を救出した。
その〝英雄〟が、先ほどのルートヴィヒという青年だ。
「それで、なんで今ごろになって――絡んできたんだ?」
さきほどのルートヴィヒが、自分の婚約者候補筆頭として父親に紹介された。
副官の乙女はそう語った。
また、今夜の晩餐会では、ゲストの1人として――列席する、彼のパートナーを務めるように頼まれたとも。
これには過去の、ある事情が絡んでいた。
その件には触れず、ミリアムは――ただ〝婚約者候補〟だと語った。
シメオン氏は、娘が屋敷に戻ってくる機会を待っていたようだ。
「あー、やっぱそういう話か――参ったな、どうも」
「そうです! 父上はいつもそうやって、強引に話を進めるのです――それで、これまで屋敷に帰るのは避けていたのですが」
「なかなかの辣腕だな――お前さんのお父っつぁん〝も〟」
普段ならば、彼の最後の不穏な語尾を――聞き逃すミリアムではないのだが。
このときは平常心を欠いていた。
「まさか、任務中にこんな重大な話を持ってくるとは――思いもしませんでした」
彼女は話していくうちに、上気した顔の温度を下げるため――ヨハンの前にあったコップを取り上げて、レモネードをいっきに飲んだ。
「あの、それ――俺ちゃんが口つけたやつなんだけど? ま、いいや」
興奮した女騎士はさらに言葉を続ける。
「それに、ドレスの用意など、今からではとても間に合いません――古いものならありますが、仕立直しも難しいでしょうし。そう申して、断ります。任務に支障は来しませんっ」
「そりゃ安心だ♪ でもなあ――うん、見せちまったほうが早いや」
ヨハンは椅子から立って、灰皿に細巻き煙草を捨てる。
彼はベッドの上に置いてある、革のトランクに近づいた。
その背中に向かって、ミリアムはきわめて珍しいが――愚痴をこぼす。
先程まで、気苦労と緊張を強いられていたため――〝少し〟だけ信頼している、ヨハンの前で隙をみせたのだろうか。
「そもそも、わたくしはまだ17歳です――百年前ならばいざしらず、今の時代にこの歳で結婚など、早すぎると思いませんかっ? それに帝国陸軍の士官は既婚女性の在籍を許していませんから、退役を余儀なくされてしまいます。それでは、今まで何のために苦労と努力を重ねてきたか……大尉、聞いてますっ!?」
ヨハンが革のトランクを開け、背中を向けたまま立っていることに――ようやくミリアムが気づいた。
「いやぁ――実はドレスがもうあるんだ♪ ここに」
そこには晩餐会に赴く、深窓の令嬢に必要なものが全て揃っていた。
「は?」
上官が振り返りながら、緑のベロアと黒のサテンで織られた――イブニングドレスを広げてみせる。
たった今、ミリアムが遠回しに〝着たくない〟と告げた――晩餐会用のドレスを。
3週間前。
この任務を受領したときに、ヨハンは念のため――帝都のデパートメントで注文したという。
革のスーツケースには、丈の長い手袋――扇子や宝飾品をはじめとして、コルセットまで用意してあった。
既製品ではあったが、全てがハイブランドの最高級品で――サイズはミリアムの体型と完璧に一致する。
「いったい、どういうことですっ!? 何を企んでいらっしゃるのですか!」
ミリアムは前のめりで、上官に詰問した。




