第14章 女騎士にドレスを着せる野蛮な花園 02/10
ヨハンが短くなった細巻煙草を灰皿に捨てたところで、魔界の貴公子は話を続ける。
「帝国と連邦の講和で、これから大河を巻き込んだ交易が復活する――商社や輸送会社は大儲けだ。かつての僕や君の祖国のように、商機に目が眩んで権益を独占しようと企む者がいても、なんら不思議ではない」
「誰だって、金は〝身の丈〟より欲しいもんな」
「さて、鉄道橋の破壊工作によって陸路が駄目になった――しかし、商社は顧客を待たせてはならない。鉄道の代わりにどうやって品物を運ぶ?」
「……船か」
「代替手段の1つだよ――将来的には、民間飛竜の空中輸送網の拡充が、進むだろうけど。今、費用対効果の採算がとれるのは、昔からの海運が1番だ。ほら? これで線が1本に繋がったよ」
そこまで聞いたところで、ヨハンは勢いよく立った。
彼は肩のエポレットに留めた、端末水晶のハンドセットに告げる。
「ハーレークイン・シックスより、ハーレークイン全隊へ――一方通信だ。これから、海運会社を押さえに行くぞ。連中は爆破犯に協力しているだけじゃない。やつらとテロリストの根はもっと深いとこで、繋がってるらしい。プレイク、責任者を締め上げに行く。銃を頭に突きつけて〝アンケート〟をとろう」
《ブレイク、ブレイク、ブレイク――どういうことですかっ!? 大尉!》
ミリアムが、一方通信に割り込んできたものの――無理もない。
ヨハンは、
〝今回の事件は海運会社がテロを装って、大河の交易を独占するための工作だ〟と主張した。
「とにかく甲板に集合だ――シフトはさっきまでの態勢を維持。ブレイク、セブンは俺と代わって〝レイブン〟に張りつけ。シックス、アウト」
一方的に通信を閉じると、ヨハンは貴賓室を慌ただしく出た。
割り当てられた士官の1室に立ち寄って、礼服の上着を脱ぎ捨てるように放り出し――朝から着込んでいた、戦闘用装具をシャツの上から身につける。
小銃を捻りながら、の槓桿を引き――薬室の弾丸を目視した。
次に腰の拳銃を抜き、スライドを少しだけ引いて――装填を確かめる。
サイレンサーをつけるために、銃身を短く切り詰めた小銃のスリングを肩からかけて――そのまま、甲板へ続く通路に出ていく。
廊下で出会った他の部下たちに、
「全員、俺に続け」と再び命じて甲板に出ようとする。
「待ちたまえ!」
先に到着していた、シニアに合流したところで――彼は呼び止められた。
シニアと並んでいたのは、統合参謀本部の次席幕僚に名を連ねる――スヴェンソン准将だ。
主にハーレークイン小隊との連絡役を務める。
「我々は諸君に出撃許可を与えた覚えはない――そもそも、民間の海運会社に強制捜査に踏みきれるのは、警察権を有する憲兵隊の管轄だ」
スヴェンソン准将の、理路整然とした物言いに――ヨハンは頭にのぼった血が冷えていくのを感じた。
「ハーレークイン小隊が充分によくやってくれたのを、我々は知っている――橋梁爆破の件は我々に任せて、貴官たちはサムエル殿下の身辺警護に専念せよ。取り急ぎ特使閣下に対する〝警備上の連絡事項の伝達〟がうまくいって重畳だ。よくやった」
「……」
「命令だ――大尉。引き下がれ」
ヨハンは小銃から弾倉をはずして、槓桿を引き――薬室の弾を抜いた。
シニアに銃を差し出すと、彼は無言で睨みつけるように――スヴェンソン准将へ対し、敬礼した。
シメオン伯爵家はミリアムの実家だ。
帝国の中では、いにしえの10氏族に数えられ――名字に〝フォン〟の称号を与えられた、名門中の名門である。
百年前の疫病で氏族のほとんどが絶え――寺院で僧正を志していた若者が、跡継ぎに指名された。
後にミリアムの祖父となる。
彼はその誠実さと実務能力を見込まれ、宮内尚書に任命され――ある秘密を背負った。
秘密とは、25年前に崩御した――先代の〝神姫〟が遺した男児の記録を抹消することだ。
つまり今上の〝神姫〟ヴィクトリアの双子の兄を、公式に〝いなかった〟という体裁を書類上で整えた。
その男児が、帝国の権力を分散させ得る危険を排除するために。
身寄りのない子を、竜王――マイアの猶子とした。
20年前。
ミリアムが誕生する3年前に〝薨去〟するまで、後任を除いて――ついにその秘密を明かすことなく。
そして、息子である――現当主のシメオン伯爵はそのことを知らない。
必然的に、彼は1人娘の上官――ヨハンが〝神姫〟ヴィクトリアの兄だという、秘密から遠ざけられた。
無論、ミリアム本人も。
数奇な巡り合わせというべきだろうか。
帝国と魔界の歴史的な講和条約の締結。
時を同じくして発生した、横断鉄道の爆破。
これによって、午後の鉱石ラジオのニュースは――話題に事欠かない。
関係当局においても情報が錯綜した。
夕方の間際に、軍は記者会見を開いたものの――爆破の事実と、それにともなう列車の転落、死傷者を伝えるだけにとどまった。
さらに、質疑応答もなく会見は強制的に打ち切られた。
ヨハンたちは、ハーキュリーズ級輸送飛竜――でシメオン伯爵邸に移動した。
ミリアムの生家でもある。
当初は延期、または中止の懸念がされた晩餐会は――魔界側というより、サムエルの強い希望で予定通り行われる仕儀となった。
これは政治的な理由もさることながら、
〝テロ攻撃に動じた様子を見せるべきではない〟という、軍部の見解とサムエルのそれが一致したため――実現した。
シメオン伯爵邸の正面に、ハーキュリーズは着陸した。
貴族の私邸に飛竜が降りるのは、竜族の邸宅以外では極めて異例だ。
「殿下、大尉――こちらです」
勝手を知ったるミリアムが先導する。
シメオン伯爵家は、帝国の中でもっとも古い家柄と格式をもつ。
中世期には、当時の神姫とも遠戚だったという。
元々、シメオン家は金融業を生業としていた。
現当主のシメオン伯爵の立ち上げた、企業向けの損害保険会社の業績が好調で――納税額ではそちらの方が上回っているらしい。
「温室を抜けた先の廊下が、父の書斎に通じています」
ヨハンは振り返って、飛竜に同乗していた狙撃手たちに言う。
「シエラ・チーム、ハインツとコワルスキーは、ヘイズたちと屋根裏にあがって来賓を監視――名簿にないやつが現れたら報告しろ。PIDは確実にな」
「了解」
「お先です、大尉」
小隊長は、それから端末水晶を取り出して――それ以外の部下たちにも指示を下す。
「全隊に告ぐ――シックスだ。3―2と7―3を維持しろ。ブレイク、ブラボーは引き続き殿下の警護、所定の位置につけ。ブレイク、ファイブとナイナー、アルファ・チームは休息を取れ。揉め事は避けろ。シックス、アウト」
《シックスへ――ファイブです。アルファ・チームとともに休憩に入ります」
シニアが命令を復唱した。
次に、ソフィアからも応答が入る。
《シックスへ――こちらナイナー。猫たちと遊んでくる。邪魔しないで》
廊下に出ると、部下たちは――それぞれに分かれて移動をはじめた。
突き当りまで進むと、扉の前に燕尾服を身に着けた――背の高い初老の男性がいた。
アッシュブロンドの髪を撫で付け、後方にまとめ――短いリボンで結んでいる。
「家令のシュワルツです」
ミリアムがいつにもまして硬い口調で言って、サムエルの前をあけた。




