第14章 女騎士にドレスを着せる野蛮な花園 01/10
航空母艦、ギャルリー・デス・グレースは――帝国海軍連合艦隊の旗艦だ。
帝国と魔界の、歴史的な講和と――その和平協定の調印式が甲板上で執り行われている裏で、テロリストの爆弾が橋の橋脚を吹き飛ばした。
ヨハンたち、ハーレークイン小隊は爆破の阻止に奮闘したものの。
結果的に、爆弾は1つしか無力化できなかった。
「今すぐ案内しろ!」
汚れた戦闘服のまま、ヨハンは声を張って――副官の女騎士に詰め寄った。
対称的に礼装姿のミリアムは、
「しかし……」と難色を示した。
小隊長は〝このままでは帝国が悪者にされる〟と語り、当事者として――サムエルに直談判と釈明をしたいようだ。
護衛対象、魔界からやってきた親善特使――サムエルと、ヨハンたちは浅からぬ縁がある。
それを〝悪用〟し、顛末を聞かせようというのだ。
どれほど不適切な行為か、彼は理解しているのだろうか。
「構わん!」
細巻き煙草を取り出しながら、ヨハンは言った。
「大尉、まずはお召し替えを――お歴々の前を〝そのまま〟通るのは、さすがに不味いです。サムエル特使閣下とのご面会につきましては、僭越ながら小官が伝令として〝火急の御用〟を申し上げておきますので」
背後に現れたシニアの諫言に、ようやくヨハンは頷く。
「……わかった」
ヨハンはシャワーと着替えを済ませ、身支度を整えてから貴賓室に通された。
〝外国の要人との面会〟なのだから、無論――礼装して。
濃紺の礼服に小脇に携えた帽子、数々の略綬といくつかの勲章が左胸を飾る。
右の腰には拳銃、左には剣を差す。
軍の制服とは不思議なもので、たとえ中身がヨハンでも――無言でさえいれば、立派な青年将校に変貌させてしまう。
〝事件の顛末を語る〟のではなく〝警備上の連絡事項の伝達〟という理由を、シニアが先にお膳立てをしたため――面会は特別に許可された。
「……」
「ちょうど、お茶を淹れたところだ――ラズベリージャムは好きかね?」
貴賓室で迎えた魔族の貴公子は、人懐こい――親しげな口調で言った。
式典のときの、金糸の刺繍をふんだんに施した豪奢な白装束とターバンから――彼はいつもの、チャコールグレイの3つ揃いに着換えていた。
ヨハンの礼服とは異なり、私服で迎えたこと――これにも意味がある。
〝私人としてなら、話をきいてやれる〟という意思表示だ。
「……」
血のように赤いジャムを、サムエルは小さじで瓶から3度すくい――お茶にとかす。
「まあ、かけたまえ」
促されて、ようやくヨハンも彼の対面に腰をおろした。
「断っておくけど〝御託〟を聞く気はないよ? 例えば〝爆弾を仕掛けたのは、俺たち帝国じゃない。あのテロは講和締結を阻止する何者かの陰謀だ〟なんて――だって、僕は〝魔界の〟代表なんだから。公私混同は慎むべきだろう。立場を弁えるべきだ、お互いにね♪」
魔族の少年は艷やかな褐色の肌を輝かせて、微笑した。
それでいて、毅然と〝弁明〟の拒否を伝えてくるのだから――余計に不気味だろう。
その見透かしたような余裕に、ヨハンは一気に機嫌を悪くしつつ――〝攻略〟の糸口を探る。
彼なりの方法で。
「さっき、求人欄を見てたんだがな」
「うん?」
「新聞は、なんの役にも立たねえって思い知らされたぜ――便所紙の切れたときには重宝するが、ケツにインクが付くから、いっそ白紙で発行してもらいたいよな」
「あはは」
サムエルが声を立てて笑った。
「ほんと、君は〝面白い〟よ――まさに〝悪のカリカチュア〟だ。そのユーモアに免じ〝個人的〟な雑談に付き合おう」
短いやりとりで、両者は互いの手の内を探り合った。
〝求人欄を見てた〟とは〝俺の軍での立場が危うくなった〟という暗喩だった。
また〝新聞はなんの役にも立たねえ〟とは〝真相は不明のままだ〟と、サムエルも理解した。
後半の余談は〝新聞は役に立たない〟という枕詞の強調となっていた。
堅苦しい式典と外交儀礼の連続に、サムエルは退屈していたに違いない。
彼はヨハンの〝無駄口〟を大いに楽しんだ。
「お茶を飲みたまえ――冷めちゃうよ」
再び茶を勧めた理由は明白だ。
〝次は僕が話すから、君は黙って聞いてくれ〟という意思表示に違いない。
第3者から見たら、回りくどいことこの上ないやりとりだが――外国の要人と現職の軍人が、こうして密談をすること自体が不適切だ。
それを押して会話するとなれば――それなりの〝プロトコル〟が要る。
ヨハンがティーカップに何も入れずに口をつけると、魔界の貴公子は言う。
「第一報を受けた見解だけど」
そう前置きしてから、彼は続ける。
「当面、最大の問題点は不法越境になるのかな――タイミングが悪かったね。あと少し、式典が早く進めば〝合法〟だったのに。そのテロリストたちは、なかなか〝やり手〟だ。これ以上は〝裏〟をとらないと、なんともいえないが。煙草はいいのかい? 吸いたそうだ」
ヨハンが胸ポケットから細巻煙草を取り出す。
彼の視線が試すように、サムエルを射抜いた。
「構わないよ――君と僕との間柄じゃないか」
そう言って、魔族の貴公子は指先に魔力を少しだけ集めて――小さな種火を熾す。
それを飛ばすと、くわえた煙草の先に火が移った。
紫煙が立ち上り、口から静かに煙とともにヨハンが〝独り言〟を漏らす。
「そもそもなんだが」
「うん――〝敵〟の目的だね」
頷きあった2人の思考が奇妙に重なる。
「橋が」
「HVTだとして」
ヨハンの主語をサムエルが補った。
2人の視線が交錯し、言葉が弾ける。
ヨハンが、
「得をするのは」と切り出せば、
「当事国ではないね」とサムエルが間を置かずに断言した。
「帝国と魔界連邦を結ぶ鉄道がなくなって」
「誰が得をするのか、かい?」
「その辺が」
「糸口になりそうだよね」
両者が同時に沈黙を選ぶと、貴賓室に静寂が再び訪れた。
「っち!」
ヨハンは露骨に舌打ちした。
「あは♪」
対称的にサムエルは楽しげに笑い声を立てた。
「現場では何を見たんだい? ああ――言える範囲でいい」
「……」
ヨハンは当初、統合参謀本部からの情報と命令で――海運会社が購入した、郊外の屋敷を急襲した。
そこからは既に敵は撤退していたものの、現場で橋脚の図面を確保した。
それによって、標的が鉄道橋だと特定できた。
「状況証拠は既に揃ってるじゃないか」
サムエルは言った。
「……?」
「いいかい? 君たちは〝海運会社の保有する〟テロリストのアジトを押さえた――そこで、鉄道橋の図面を入手し、実際に爆破も実行された。帝国と我が連邦の陸路を、リーベルラントを挟んで結ぶ最大の鉄道橋が」




