第13章 外交儀礼の舞台袖で踊る道化師たち 07/07
帝国と魔界を結ぶ、横断鉄道の上での銃撃戦が続く。
「野郎! よけやがったっ!?」
ヨハンは瞠目した。
彼は、小隊の指揮官でありながら――日に数百発の射撃訓練をこなす。
特級射手も兼ねる腕前の持ち主だ。
狙撃などの専門技能を除いた、純粋な射撃は――帝国陸軍でも10指に入るという自負もある。
だが敵は、その彼をもってしても――仕留められなかった。
つまり、このテロリストの戦闘能力は少なくとも自分と互角――あるいは、それを上回る。
短い攻防で、ヨハンはそう確信した。
「っの野郎! 面白くなっちゃうだろ♪ 次こそぶっ殺してやる♡」
軽口を叩いた素行不良の小隊長は、小銃のマガジンリリース・ボタンを押しつつ――手首を捻り、空弾倉を飛ばして捨てた。
ほぼ同時に、左手は新しい弾倉を差し込み――親指を伸ばして、ボルトキャッチを押すと再装填した。
戦闘中、最大の隙を生む弾倉交換は素早く行うべきだという――それを、ヨハンは2秒以下で行う。
より正確にいえば、1秒とコンマ75秒で再装填し――1秒とコンマ97秒の時点で、彼は射撃を再開した。
「ハーレークイン・ファイブへ――シックスだ。ピクチャーは? 送れ」
ヨハンは、上空を旋回する飛竜から戦況を見極めている――シニアに呼びかけた。
間もなく応答が返ってくる。
《シックスへ――ファイブです。ブラボー・チームは爆弾を発見。敵の銃火で近づけないようです。制圧射撃で掩護を継続してください》
「だったら、ラジカセのテープを回して〝場〟を盛り上げようぜ! ブレイク、バンジョウ大尉へ――外部スピーカーのアンプを最大にしてくれ! 景気よくな!」
いつもの調子を取り戻したヨハンの様子に、ベテランの飛竜は困惑を禁じ得ない。
《ハーレークイン・シックスへ――さようなことに、いかな意味が……?》
小言を漏らしつつ、バンジョウ大尉が――外部スピーカーの音量を上げる。
シニアはヨハンが持ち込んだ、私物のラジカセのスイッチを入れた。
ギターのハーモニクスを駆使した繊細なイントロから、ベースを軽快に弾くメロディとともに歌が流れる。
ラウンダバウトを周るんだ♪
巡る言葉が君をNの次元へ♪
夜明けまでいられるように♪
朝には車の音が谷間に響く♪
しゃがんで地面を掬っても♪
いつも砂を結局とりこぼす♪
答えを出してもそんなもん♪
怖がる君たちから離れない♪
何百万年だってそうするよ♪
戦場で、唐突に往年のプログレッシブ・ロックの名曲が鳴り響いた。
その、あまりにも常軌を逸した展開に――味方はおろか敵ですら虚を突かれた。
《シックスへ――こちら、ハーレークイン・ナイナー。敵の位置を送る。見える?》
ヨハンを除いて、ただ1人――動じなかったソフィアが言った。
上空を翔ぶ、妖精の少女が背後に複数の魔法陣を浮かべ――敵に向かって、無数の光線を分散させて発振している。
遮蔽物に隠れる敵までもが、目に見えて露わとなった。
「流石、メスガキちゃん♡ お前さんの真っ白なパンツとおんなじで、一目瞭然だ! おい! 撃たれるからその〝猫じゃらし〟をさっさと消せ!」
《シックスへ――移動しつつ、2秒おきに再度照射する。ナイナー、アウト》
ソフィアの機転で、敵の位置を把握したヨハンたちは――これで有利に戦える。
上空から、間断なく自分たちの現在位置を暴露される――この致命的な不利に、敵もすぐに気がついたようだ。
彼らは交戦を放棄し、煙幕を焚き――その場からの撤退を図る。
《シックスへ――上空のファイブです。敵が下がりました。前進をどうぞ》
「ブラボー・チームへ――シックスだ。爆弾を無力化しろ! 援護する!」
《シックスへ――ベイツです。シュミットが既に取り掛かっています。お待ちを》
「アルファ! 警備を配置するぞ――西に3名、東に1名だ! 残りは俺と、ブラボーの掩護! かかれ野郎ども!」
ヨハンが部下たちに、周辺の安全を確保を指示しているところで――続報が入る。
爆弾に対応中の、ブラボー・チームからだ。
《大尉――ローガンです。起爆装置の無力化に成功。ブレイク、新たな問題発生。爆弾に〝Ⅱ〟と書いてあります。しかし、ここには1発しか設置されてません》
「っち……」
ヨハンは舌打ちした。
同じ頃。
ギャルリー・デス・グレースの甲板上に設えられた会場で、調印式は滞りなく執り行われていた。
そのとき、ミリアムたちは――地鳴りか遠雷のような轟音を彼方に聞いた。
出席者たちは騒然となって、煙を上げるリーベルラントの方を見た。
「諸君! 静粛にしたまえ!」
不意にサムエルが凛然とした声を張った。
僅かな魔力を用い、大気中の空気を振動――肉声を増幅させて。
「何事が起きたか、僕ごときの〝使い魔〟には知るすべなどない――けれど〝何が起きようとも両国の講和を成すべし〟と、連邦政府の総裁の命令と藩王陛下からの勅命を賜った。これこそが、今の僕たちに向き合える〝真実〟のはずだ。内務尚書閣下、どうか、こちらにお越しを願えますか?」
「は、醜態をお見せしたことを恥じ入るばかりでございます――お詫び申し上げます。公子殿下、いえ……特使閣下」
正装した内務尚書が、再びサムエルに向き合った。
騒ぎで中断した、楽隊の指揮者に軍の高官が頷いて――再び、両国の国歌の演奏がはじまった。
帝国と魔界の講和、平和協定は正式に締結された。
しかし、彼らが本土に上陸する頃――被害の甚大さが詳らかとなった。
正式に帝国の〝自治領〟となった、リーベルラントの――魔界側の橋脚が爆破されたようだ。
反対側は、現地に急行した帝国軍の小隊が――起爆装置の解体に成功したらしい。
また、帝国より進発した――貨物列車に乗り込んでいた乗務員と技術者、併せて6人の死亡が報告された。
これによって、両大国にはさまれた――リーベルラント〝元共和国〟との間に、さらなる暗雲が立ち込める。
使用された爆弾が、空軍の基地より盗難された兵器だったこと。
都合よく、帝国側の橋脚の爆破〝だけ〟が阻止されたこと。
これらに対して、魔界の連邦政府とリーベルラント自治領政府は共同で、
〝真相究明を帝国政府に強く求める〟と表明した。
また、リーベルラント領内に事前の通告や許可を取らず――帝国軍の小隊が、国際法や条約を無視して、不法越境した事実も判明する。
帝国外務省に、魔界からの正式な抗議が届くのは間違いない。
その上、不法越境に踏み切りながら――帝国陸軍の小隊は、すんでのところで、実行犯たちを取り逃がしてしまった。
外務省は統合参謀本部と陸軍省に、状況説明と釈明を求めてくるだろう。
ことは重大で、内閣の尚書――並びに軍の長官たちが責任の所在は〝自分にはない〟と〝神姫〟ヴィクトリアに上奏するのだろうか。
こうしてドミノが崩れたことで、帝国は下から上に――次第に騒ぎが大きくなっていく。
まるで狼煙のように。
ハーキュリーズ級飛竜、バンジョウ大尉のキャビンに収容されたヨハンたちは――ギャルリー・デス・グレースに向かう。
空軍から派遣された、捜索救難飛竜たちとともに。
「ご無事でなによりです――大尉」
礼服を身に着けたミリアムは、芸術家が生涯を賭して大理石から削り出した彫像のように――完璧な見た目だった。
外国要人の近衛として、彼女ほど見栄えのする人物はいないだろう。
「お前さんにしては、気の利いた嫌味だな」
そう答えながら、ヨハンは飛竜のキャビンから降りてくる。
乾いた泥や埃が服や髪を汚し、顔や手などの露出している場所には――黒ずんだ生傷がいくつもある。
いかにも前線から帰ってきた兵士といった様相だ。
「そんなつもりじゃありませんっ」
「もっと素直になれないの?」
ミリアムの弁解とソフィアの小言を無視して、ヨハンは装具から水筒を取り出し――浄水剤を溶かしたヨウ素風味の水で喉を鳴らす。
「状況は? 少尉」
ソフィアが訊いた。
彼女の方は無傷だったが、服や肌は上官と同じく汚れに塗れている。
「調印と式典はつつがなく終了――殿下には、晩餐会まで貴賓室でご休息をとっていただいております」
第13章 外交儀礼の舞台袖で踊る道化師たち
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